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第25話 蒼書棟

碧見原学園の図書館は在校生である俺からしてもそれはもう立派なものである。

何せ、通称“蒼書棟そうしょとう”と呼ばれる4階建ての独立棟すべてにあらゆる本や資料が収められているのだから。聞いた話によれば、世界中の学者や研究者も頻繁に訪れるとかなんとか?

それは少し盛りすぎかもしれないが…。

要は学園内にある施設であっても外部の人々も頻繁に利用するぐらい大きいって事を言いたいのである。


そうは言っても一般科教室本棟と魔法科教室本棟のどちらからスタートしても徒歩で7分~8分もかかるとなると、忙しい男子高校生の身としてはどうしても怪訝する場所でもあったりするわけで…。

しかも、ただでさえ山の中腹に立っている校舎であるのに蒼書棟はさらに丘を上らなければならないのだ。


はあ…。運動と縁のない俺にはキツイかぎりだよ。

やれやれ。なんで、寄りにもよって図書委員なんだろうか?

委員なら他にだっていくらでも…。

文句を言っている間にも俺は静かな空気と緑が生い茂る並木道を抜けていくのである。


ちなみにその図書館の外観はアーチ型屋根かつクラシカルな煉瓦造りが印象的な超モダンスタイルである。これは広報雑誌に書かれていたキャッチコピーなので本当にそうなのかはよく分からない。後、忘れてはいけないのは館内の4階は魔法科専用スペースなので、一般科の俺は入れない。

なんでも、魔法関連の専門書がズラリと並んでいるらしい。

これは里菜さん情報。あの人、授業にはほとんど姿を見せないくせに学園のあらゆる情報には精通してるんだよな。さすが、動画部と言ったところか?


それはさておき、うっ憤とした思いに駆られていても歩いていればいつかはたどり着くわけである。

という事で踏み入れた蒼書棟の1階で杉浦から預かった本の返却を滞りなく済ませるのである。


俺って本当に図書委員なんだな。

古い記憶には図書館なんて無縁の日常を送っているため、返却方法なんて文字すら浮かばないって言うのに新しい記憶の方ではもはや、達人レベルに図書館の内部に精通しているようである。

それこそ、数多ある禁止場所すらすべて頭に叩き込まれているのだから驚きだ。

まあ、多くの学生達に語られているのは不思議の方ばかりであるが…。

例えば、一階中央に掲げられている名もなき絵画。それは静謐せいひつの間と呼ばれる隠し部屋へと通じる秘密の扉だとか囁かれている。まあ、その辺りは六不思議の話と通じる物があったりと謎を残しつつ、スルーしておく。


要は俺って凄く真面目に図書委員をやっているって事なのだ。

無駄に感動してみても、図書館なので空気は静まり返るだけで、誰も褒めてはくれない。

それを別にしても、この魔法技術全盛期に本を返却するシステムは凄くアナログな事にはツッコミたくなるのは致し方ない。何せ入口の脇にそっと備え付けられている返却口は恐ろしく重たいんだから。若干の不満は持ちつつ、俺は無事に仕事を終えて結果オーライがしたいので早々に退散しようとしていた。まばらに散らばる読書家の学生達に視線を送る事もなく、図書館の外へと足を進めていた。だが、なぜだか空気が温かくなるのを感じて思わず、動きを止めた。


目に捉えたのは大理石がはめ込まれた表玄関に佇むクリーム色の髪の青年。

陽映の君だ。


――パチンッ!


そして、彼の頬を思いっきり引っぱたく女子生徒が鳴らす音はどこまでも穏やかな時間が流れる図書館には不釣り合いだったりする。


朝よりも修羅場ってる!!

女子生徒は怒りの形相で立ち去っていく。


残された量見陽輝君は小さくため息をついていた。

そしてふと、歩き出した瞬間俺達は視線が合わさってしまうんだよな。


「すまない。騒がせてしまったみたいで…」


夕日に染まった彼の姿は優しい焚火みたいな色に変わっていく。


「いやいや。モテる人は大変だなとは思ったけど…」


俺は当たり障りのない事しか言えないわけで…。

後、妙に苦笑いになってしまうのも仕方がない。


「君は…」

「ああ、二年C組の糸森桜真。二年B組の量見陽輝君だよね」

「俺って隣のクラスの人にも覚えられてるんだ」

「そりゃあ、演劇部のスターだからね」

「大げさなんだよ。ちょっと、舞台に立ったぐらいで…」

「まあ、そうおっしゃらずに。量見君は多分、輝いていたからみんなの心に残ってるんだよ。俺のクラスメイトは陽映の君って呼んでるぐらいに推してるよ」

「それも勘弁…」

「目立つのは嫌いかい?」

「そうじゃなくて…」


陽映の君はそう言いつつ、二階へと続く螺旋階段を登ろうとしていた。


「探し物があるのかし?」

「魔力制御図を見に来たんだ」

「もしかして、古い物?」

「ああ…。どうして古い物だって分かったんだ?」

「だって、この階段は二階までしかないから。ちなみにそこにあるのはデータ化される前の古い資料ばかりだろう?だから、まあ、おのずとね。俺も手伝うよ。結構、大きな物もあるから」

「どうして?」

「ああ、まあ…。一応図書委員だからって事で…」


瑠璃色の陽映の君の瞳が大きく揺れた気がした。

さすが、舞台人。女の子たちが黄色い歓声を上げるのも分かる。


「なあ。量見君のマギスマホもしかして壊れてたりしているのかな?」

「うん?ああ、メッセージの事か」

「そう。朝、女子生徒達に詰め寄られている時に言っていただろう?届いてないって!!」

「俺は…その理由を調べに来たんだ」

「メッセージが届かない理由を?じゃあ、マギスマホの故障とかじゃないんだ」

「違う。多分…彼女達は俺にメッセージをくれたはずなんだ」

「なら、そう言ってあげればいいのに」

「信じると思う?俺が何度も届いていないって言っても聞く耳を持ってはくれない彼女達に…」

「まあ、確かに?」


陽映の君って優しい男の子なんだな。

俺ならあんなビンタ喰らわされたら、ショックで寝込んじゃうよ。

とはいえ、彼が言うように彼女達が本当にメッセージを送ったのなら、読んでもらってないと思って怒る気持ちも分かる。多分、心を込めて作った告白文なんだろうから。


「量見君って良い人なんだね。モテるのがなんだか、分かる気がするよ」

「そんな良い物じゃない。これは俺がやるべき事だからやってるだけだ。それと、陽輝でいい。量見だと康介と区別がつきにくいから」

「魔法科の一年生の?」

「ああ…」

「いとこなんだってね」

「康介こそ、学園のスターだ。若干16歳ですでに戦闘魔法師として独り立ちしてるんだから」

「う~ん。確かに量見君は凄いよね。でもさ。俺達みたいな一般科にとっては等身大の仲間がひたむきに頑張っている姿も励まされるんだよな。陽輝君の演劇とかさ」

「俺はただ、自分でない何かに憧れているだけだ」

「それでも、陽映の君の名にふさわしいから里菜さんは君にインタビューしたんじゃないかな」

「そうか。糸森くんはアイツと同じクラスだったか」

「里菜さんと知り合い?」


まあ、動画にしてるぐらいだから当然か。


「そうだな」

「ちなみに魔力制御図って学園の?」

「もちろん」

「でも、またどうして?メッセージ消失と関係あるとは思えないけど?」

「場所を知りたいんだ」

「場所?」


俺は資料室の重たい扉を開け放った。

古い本の匂いとクーラーの冷たい風が体を通り抜けていく。


「かつて使われていた魔力通信回路をな」


想いが綴られたメッセージ消失からなぜにかつて学園で使われていたシステムの痕跡を探す事に繋がるのか?凡人の俺にはよく分からない展開である。


そんな感想を持ちつつ、学園に関連した設計図の目録から魔力制御図を探し当てて見せられるのに我ながら驚くよ。本当に俺は図書委員として有能らしい。

実感が湧かないのがまあ、若干、辛いところではあるんだが…。


「これだね。巻きが重いから気を付けてね」

「ありがとう。糸森くんの方こそいい奴だ」

「俺も桜真でいいよ。同級生なんだからさ」

「そうか。助かった。後は一人で十分だ」

「ここまで来て、それはないかな。これでも図書委員だからね」


今朝、拝命したばかりだけどな。

と言ってみたところで、メッセージの行方が気になるだけの普通の男子高校生なだけなのである。


それはさておき、俺の複数ある記憶の引き出しに新しい思い出が収納される予感はおそらく当たっていそうだ。

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