「うん、説明するよ。ちゃんとね」
俺の質問に蓮は苦笑しつつ、手にしていたカレーパンを一口かじった。
さすがにその余裕の表情は目を見張るものがある。
この親友が慌てふためく時はあるんだろうか。
そんな事を思いつつ、なんとなく眺めていたわけであるんだが…。
「うん?食べるかい?」
にっこりと首を少し傾ける蓮に思わず首を横に振った。
別に親友のカレーパンを奪う気はサラサラない。
「やめておくよ」
「なんだ。欲しいのかと思ったのに」
「むしろ、驚いたというか?」
整える用のカレーパンかと思ったんだけど…。
こんな時に間食とはさすがは我が親友って所かな。
「ああ、あながちその認識であってるよ。これは僕を整える用の物だから。ちょっと、ここまで来るのに力を使いすぎたからね」
「魔力回復アイテム的な何かなのかい?」
「まあ、そういう事にしておいて欲しいな」
やはり、ワントーンをゆっくりとした蓮との会話は少し心地いい。
「お前ら、呑気すぎだろ」
陽輝君の呆れたような、ため息が馴染んでくる。
「慌てても仕方がないからね。そう思うだろ?」
「強者の休息ってやつか」
「強者だなんて…。僕には似合わないよ」
「よく言う。とりあえず、地響きは収まった。俺の足元も安定している。それはアンタがこの歪理の“核”に干渉したからだろ?」
確かに空間は正常を取り戻しつつあるように感じる。
多分だけど…。
「安定したのは量見君が整えてくれたおかげだよ。魔力電室に残された様々な想い…“告げられなかった”という蓄積された歪理をね」
「だが、それだけじゃない…だろ?」
陽輝君はどこか投げやりに言葉を紡いだ。
むしろ、俺からすると二人とも強者な感じだけどな。
会話の羅列も歴戦の戦士感満載だし…。
ますます、俺の場違い感は半場無いよ。
「俺は修復しきれなかった。“向こう側”にもう一つ、対になった歪理があったからだ。そこから引っ張られてしまった」
「向こう側?」
「桜真君が言ってただろ?魔力電室から伸びる魔力回路。そのすべてが購買部も通るってな」
「言ったかな?」
ごく当たり前のように返せば、呆れた様子の陽輝君とやっぱり笑顔の蓮がいた。
だから、その反応はなんなんだよ?
それとも安易に言葉は発するべきではないって事か?
「それって重要なのかい?」
とりあえず、そう聞き返すしかないわけで…。
「購買部の歪理はね。いわば“発信されなかった想い”が留まり続けた場所。誰かが何かを買いたいと思った願い、そして、買い損なった。または、誰かに買ってあげたい。食べたいって感じた時間。美味しいそうだな…とかも含まれるかな。とにかく、そんな小さな“想い”が、日々積み重なって出来てしまったんだよ」
たかだか、お惣菜やらコロッケパン相手に馳せる思いってそんなに強かったのか。
想像以上にお昼の争奪戦って苛烈な物だったんだな。
いや、俺も昼食抜きってなったら、それはキツイけどさぁ。
だから、まあ、歪理になるのも当然かな?
そんな感じに納得しつつ、俺はなんとなく二人の夜詠者の話を繋げていく。
「えっと、つまりは購買部が“想いの発端”で、魔力電室が“届かなかった終点”っていう認識でいいのかな?」
「そう言う事だ。微量に残されていた古い魔力回路はこの二点を図らずも繋いでしまったって所だろう。だから、異なる歪理として発生した両者は一つとなり別々の場所に出現した」
陽輝君は補足するように言う。彼にはもしかしたら、目に見えない光の筋が交錯する回路図が浮かんでいるのかもしれない。
「かつての魔力回路は通信線に魔力という名の想いをのせて、魔力電室に集まる。そして、待っている者達に送り届けられた。様々なメッセージが届くマギスマホのように…」
「じゃあ、陽輝君のスマホにメッセージが届かなかったのは…」
「魔力電室が“記憶の吹き溜まり”みたいになっていて、告白や好意の感情が途中で捕まってしまったからだ。俺だけじゃない。他の生徒たちのメッセージも同じように」
なるほど。想いを乗せた手紙が途中の郵便局で詰まったみたいな事か。
「ここはまるで、忘れさられた想いのゴミ箱みたいだな」
陽輝君は自嘲気味に言ったが、蓮は静かにかぶりを振る。
「ゴミ箱じゃないよ。ちゃんと、残ってた。届けようとして、届かなかっただけなんだよ」
その声には、微かに哀しさが滲んでいる気がするのは俺の勘違いだろうか?
「何より、君が見つけた。さすが夜詠者だね」
「お前もだろ。それに功労者なら、ここにもいる」
なぜだか、陽輝君の視線がこちらを射抜いている。
う~ん。俺は何もしてないんだけどな?
むしろ、邪魔したようにすら思う。
「あのさあ…。まだ歪理はとどまってるんだよね」
というわけで、当たり障りな事しか言えないのが俺なんだよな。
「うん。だから、やるべきことは一つ。そうだよね」
蓮はポケットから紙片を取り出し、陽輝君に手渡した。
「歪理に囚われた“未配達の想い”を、本来の受け手に返す。僕と量見君…二人でその中継をやろうよ」
「送達の代用か」
「想いは分散されて、溶けていく。それがあるべき姿…。大丈夫。僕が君を守るよ」
蓮の声はどこまでも優しい。
陽輝君は紙切れを受け取り、構えた。彼の周囲に、青い光の軌道が描かれ始める。
今度は先ほどのように崩れないよう、蓮がそばで支えるように残りのカレーパンを差し出した。
スパイスの香りが鼻を擽る。
彼らは覚悟を決めている。
なら、俺に出来る事はというと…。
ただ見守るしかないんだよな。
「ただし、注意してね。中にはすでに亡くなっている人がいたり、すでに捨てられた想いもあるはず…。すべてが今に還元されるとは限らない」
「それでも、やる価値はあるんだろ。人の想いを無かったことにするわけにはいかないからな」
蓮の言葉に、陽輝は口元を引き締めた。
二人の間に、夜詠者同士の連帯が確かにある。
そんな風に感じるのだ。
「よし、じゃあ始めようか」
紙片が舞い、数式が展開される。それらは蓮のカレーパンを包み込むように補強していく。
音もなく空間が整っていくのが分かる。
どこまでも不思議な感覚だ。
これまで存在しなかった通路が、一つ一つ修復されていくようだな。
“想いの路”が、ようやく繋がっていく。
たぶん、そんな光景なんだと思う。
「あっ!」
陽輝のマギスマホが、突然震えた。
「届いたな」
画面には、未読のまま止まっていたメッセージが一つ、また一つと開かれていく。
「“好きです”か…」
陽輝はほんのわずかに口角を上げる。
それが、喜びなのか、あるいは過ぎ去った何かへの惜別なのか。
俺には分からない。
けれど、彼の手元に帰ってきた言葉たちは、ようやくその持ち主の元へと繋がったのだろう。
その行先がどこであろうとも…。
そして、魔力電室の空気が、確かに温度を取り戻していく。