「慌てず押さず、並んでゆっくりお進み下さい」
エントランスの扉が開かれると、大勢の人が殺到してきた。警備員の誘導に従い列を作って流れていく。
「発券機でご用命の番号を押して整理券をお取り下さい」
窓口は業務によって振り分けられる。その主な業務は
他にも迷宮遭難や特別依頼などにも対応するが、朝一でここへやって来る者の大半の目的は当然ダンジョンへの挑戦だ。
彼らはまず事前に迷宮冒険計画書を提出しなければならない。そして当日、迷宮冒険届を窓口に出してダンジョンへと入場するのだ。これはダンジョン内での相次ぐ遭難事故への対策である。
ダンジョンが発生した当初は無謀な若者が後を絶たず、かなりの者が迷宮の肥やしとなった。それを重く見た政府が迷宮職と迷宮冒険届出の制度を整備した。
そして、これらの制度には諸外国のスパイを炙り出す隠れた意味も含まれている。もっとも隠れたと言っても公然の秘密だが。
「四十七番の方、ダンジョン入口にてビーコンを受け取ってからご入場下さい」
「おう、待ちくたびれたぜ」
「六十四番の方、昨日提出された計画書に不備があります。書き直して再提出をお願いします」
「ええーッ、またかよぉ」
「八十三番の方……」
ダンジョンの冒険をするにもお役所手続きが必須な光景はなんとも滑稽である。
しかし、それでも冒険者達は夢や一攫千金、鉱夫は採掘、配信者は良い画を撮って登録者数を増やす為にダンジョンへと入場していく。
そんな喧騒に包まれた光景を横目に、愛華は各窓口で発生するトラブルやクレーム、冒険者同士のケンカなどに対処する。
これが瀬田谷ダンジョンにおける朝の日常……のはずだった。
突然、
あまりに不自然な現象。
愛華の目はその原因へと吸い込まれるように向いた。誰もが目を奪われる。圧倒的な存在感を放つ者がそこにいた。
さらりと流れる白銀の髪、新雪の如く真っ白な肌、すらりと手足は長く、出る所は出て引っ込む所は引っ込んでいる完璧なプロポーション。
誰もが息を飲み見惚れるまでに整った恐ろしいほどの美貌。事実、この場の誰もが時間が止まったように動かず彼女を見つめていた。
完全に作り物じみている。愛華も最初は人形なのではないかと疑ったくらいだ。むしろそうであって欲しい。でなければ自信を失いそうだ。
——コツッコツッコツッ……
しかし、そんな愛華の願いも虚しく、白銀の美女は愛華のいる窓口カウンターへと向かって一歩一歩ゆっくり歩いてくるではないか。
そして、未夢の座るカウンターの前で立ち止まった。
「えっと、あ、あの……」
目の前の美女に未夢は完全に飲まれ、まともに対応できない。新人なんだし止むを得ないかと愛華がサッと助けに入った。
「Good morning,how may I help you today?(おはようございます。本日はどのようなご用件でしょうか?)」
人種や国籍は不明だが、明らかに日本人ではない。愛華はもっとも当たり障りない英語で尋ねてみた。たとえ別の言語圏であっても、よっぽどのマイナー言語でなければ翻訳機で対応は可能である。
さて何語で返されるか。愛華は身構えたが、白銀の美女は不思議そうに首を傾げた。
そして、続いて彼女の口から飛び出したのは——
「この国の公用語は日本語だと思ったのですが違ったのでしょうか?」
——なんと流暢な日本語ではないか!
愛華の顔がカァッと赤くなった。
別に英語で話しかける必要はなかったのだ。普段通り日本語で対応してから、通じなかった時に翻訳機を使えば良い。とんだ赤っ恥である。愛華も意外とテンパっていたようだ。
「えっ、マジで?」
「シスが言うから言語拡張モジュールを日本語に設定したのよ」
しかも、白銀の美女に気を取られて他にも二人いるのを見落としていた。十代後半の青年と十代半ばの少女だろうか。目の前の白銀の美女ほどではないが二人とも見目が良い。特に少女の方はかなりの美少女だ。
「私の調査ミスのようです。マスター、申し訳ございません」
「もう、どうするのよ」
「まあまあ、ユイもあんまりシスを責めるなよ」
こちらの二人も日本人ではなさそうだが、日本語がネイティブ並に流暢である。
「そうは言っても今から戻って言語を習得し直すのは時間のロスじゃない?」
「だけど、コミュニケーションが取れないんじゃ仕方ないよね」
「問題ありません。アリアドネのメインフレームと直結して私がリアルタイムで通訳いたします」
「シスの情報処理能力ならいけるか?」
「お任せ下さいマスター」
何やら三人でコソコソと相談していたが、話がまとまったらしく白銀の美女が愛華達の前へと出る。
「Good morning ma'am.Today we are here to register as adventurers(おはようございます。本日、我々は冒険者登録に来ました)」
白銀の美女がペラペラと流暢な英語で話し始めたが、もちろんその必要はない。
「も、申し訳ございません。まさか日本語でお話しできるとは思ってもいなかったもので」
珍しいミスに愛華もただただ頭を下げて平謝りする他なかった。そんな愛華に白銀の美女はまたもよコテンと小首を傾げた。
「Are you able to communicate in Japanese?(日本語で会話をしてもよろしいのですか?)」
「もちろん日本語で問題ございません」
愛華の回答に白銀の美女は頷くと少年少女の方へ振り返った。
「どうやら日本語が通じるようです」
「ああ、良かったぁ。また言語を習得し直さないといけないかと思ったよ」
「言語拡張モジュール使っても数日はかかるものね」
三人は何やら意味不明な会話を続けている。しだいに、止まっていた時間が動き出したかのようにロビーに騒めきが広がっていく。
「ここで映画の撮影でもあんのか?」
「キレイどころばっかじゃん」
「愛華さんや未夢ちゃんも揃ってるから眼福すぎる」
「目がぁ、目がぁぁぁ」
「あそこだけ異空間じゃねぇのか?」
「あの男、ウラヤマケシカランな」
「そう? あの
「お前、そっちの気があるんか!……まあ、俺もちょっと好みだけど」
「お前もかよ!」
「えっ、待って、前線にいると背後から尻に視線を感じるのってまさか!?」
ただし、騒ぎの内容は全て美女達(一部少年)に終始していたが。これだけの美女達を
「さて、綺麗なお姉さん」
しかし、少年は周囲の雑音など気にした風もなく、にこやかな表情を浮かべて愛華の前に立った。
「俺達はここで冒険者になれるって聞いて来たんだけど、手続きをお願いできるかな?」
これは面倒事になりそうだと、異質な美男美女の三人組に愛華は嫌な予感に囚われたのだった。