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第7話 宇宙軍士官は笑われる


「まずはこちらをお読み下さい」


 アルト達は来客室へと案内されると、愛華から『冒険者のすゝめ』というタイトルのパンフレットを渡された。


「それは冒険者登録の手順と手続きについての説明が記載されております」


 続いて愛華は他にもアルト達に書類を渡していく。


「瀬田谷迷宮資源特区の簡易案内図と迷宮内における注意事項が記載されております」


 本来、これら書類は窓口で渡し、後日必要な物を揃えて再度来てもらう。だが、アルト達はかなり人目を引く。あそこで説明していると騒ぎになりそうな気がして、愛華は別室に通しのだ。


「これらについては承知しています」


 アルトはパンフレットに目を通すフリをしながら頷いてみせた。実はアルトとユイはまだ文字が読めない。だが、ダンジョンに挑む為の手続きは事前に調査していた。


 もしその通りなら、冒険者同士のトラブル回避を目的としたマナーや違反事項、迷宮職と呼ばれる職業・職種、ダンジョン内で入手した資源の扱いについてなど迷宮法と呼ばれるものの簡易的説明だろう。


 チラッとシスを見れば彼女がコクリと小さく頷いた。彼女が瞬時に解読し事前情報と大差がないと合図を送ったのである。


「事前にお調べになられているのですね」

「ネットで見られる程度のものですけど」

「それでは必要書類もご持参されておられますか?」


 冒険者登録には日本国籍の者なら国民番号カードと住民票の写し、外国籍の者ならパスポート、ビザもしくは在留カードが必要となる。


 遥か未来から来たアルト達は当然そんな物を持っているはずがない——はずだった。


「こちらでよろしいですか?」


 ところがアルトは三人分の国民番号カードと住民票の写しを愛華に差し出した。


「日本国籍でしたか」

「ええ、日本には数年前から暮らしていたんですが、昨年やっと帰化申請が受理されまして」


 アルトはにっこりと笑ったが、愛華がカードをあらためている間ずとっと内心では冷や冷やしていた。アルト達には日本国籍どころか、この時代のどこの国の国籍もあるはずがない。もちろんこれらは偽造したのだ。


 シスがデジタル庁にクラッキングしてデータを改竄かいざん。アルトとユイが市役所や総務省、法務省に忍び込んで自分達の戸籍などの書類を忍ばせてきた。だが、この国の様式を正確に把握していないので、精査されればバレる可能性がある。


「どおりで日本語が達者なはずです」

「はは、まだ読み書きはまだ完全ではないんですけどね」


 だが、アルトの心配は杞憂に終わり、アルト達の身分証を確認しても愛華に何も不審な行動は見えない。


「アルト・イーデンさん、シス・アリアドネさん、ユイ・リエンさんの三名ですね」


 いったん預からせて頂きますと愛華はアルトから書類を受け取った。書類審査を経て、問題がなければアルト達は迷宮ライセンスの仮免を取得できる。


「受験費用や迷宮ライセンス交付料とかは無いのですか?」

「ええ、そこら辺は迷宮で得られる利益から賄われております」


 ダンジョンから得られる利益は大きい。それだけに政府としては一人でも多くの冒険者や鉱夫を必要としている。だが、ダンジョンは命の危険も大きい。そこで国はライセンスで冒険者を縛りながらも、取得に際してのハードルを下げていた。


「アルトさん達は迷宮は初めてなんですか?」

「はい、ですのでこの迷宮職ダンジョブはどれを選んでいいか分からなくて」


 アルトはパンフレットにチラッと視線を送る。そこには代表的なジョブのイラストと表が記載されていた。


「ああ、それは先にスキルや魔法を取得してからの話になります」


 愛華が『スキルや魔法』と口にした時、アルトの目が一瞬鋭くなった。だが、それも一瞬。アルトはすぐににこやかな笑顔を浮かべ頭を掻いた。愛華はその変化に気づかない。


「そのスキルや魔法は動画で見たんですが、どうにもピンっとこなくて」

「日常生活を送っている分には直接目にする事は滅多にありませんからね」


 クスッと笑い愛華は相槌を打った。


「スキルや魔法は基本的にダンジョンの近くでしか使用できないのです」


 理由はまだ判明していないが、スキルはダンジョンの影響下でしか発動しない。それどころか、ダンジョン内で起こるレベルアップによる能力向上ステータスも外では激減する。


 その為、アルト達はダンジョンの恩恵レベルやスキル、魔法をネット配信動画で視聴しこそすれ、まだ実物を直接見ていない。


「今日の午後から迷宮ライセンス試験がありますからご覧になられますか?」

「見学してもよろしいのですか?」

「別に構いませんよ」


 試験と言ってもダンジョンに挑むに足る能力があるかを測定するもの。特に成績を競うものではない。いわば自動車免許のようなものだ。


 愛華から説明を受けてアルトは首を傾げた。


「ですが、冒険者ランクに影響するのではないのですか?」

「えっ?」


 アルトの疑問に愛華は目をぱちくりさせた。


「あっ、そう言う……ふふふっ、あははは……」


 だが、すぐに意味が分かると、愛華はたまらず笑い出したのだった。


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