「俺、何かおかしな事を言いましたか?」
どうして笑われたのかは分からない。だが、笑われて面白いはずもない。アルトはむっと顔を
「も、申し訳ございません……ぷっ、くくっ、ふふふっ」
アルトの気分を害したと愛華は謝罪した。が、笑いを噛み殺しきれない。
「大変失礼致しました」
それでもなんとか気持ちを立て直し、愛華は一度シャンと背筋を伸ばしてから深々と頭を下げた。
「そんなデマを信じる方がまだいるとは思ってもいなかったものですから。アルトさんはずいぶん古いサイトの情報をご覧になられたのですね」
「デマ?」
「はい、冒険者ランクというのは、私どもが所属する迷宮資源開発産業省、通称『迷宮省』が新設された当初、一時期ネットを賑わしたデマなんです」
愛華の説明によるとアニメや漫画、ファンタジー小説などのサブカルの影響で冒険者には
「冒険者はそれぞれの迷宮で自分の実力に合った範囲しか活動を許されておりません」
その為にダンジョンへ挑む前に迷宮冒険計画書の提出が義務付けられている。
「定期的に実力や実績を査定され、認められるとより深い領域へと挑戦できるようになります。それが冒険者ランクとの誤解を受けたようなのです」
「なるほど、つまりより深層へ行くには実力試験を受けないといけないわけですね」
「でも、それってある意味ランクみたなものじゃない?」
頷くアルトの横でユイが小首を傾げた。
「迷宮は日本に現在十二ヶ所確認されており、その全てを我が迷宮省が管理しております。それぞれ色々なタイプの迷宮でして……」
迷宮は大別すると上階へと登っていく
「それぞれ出現するモンスターや仕掛けられている罠なども違いますので、ある迷宮で実力を認められていても、他の迷宮へ行けば通用しない事もあるのです」
「つまり、各迷宮ごとで実力審査を受けないといけないわけですね」
「はい、初めての迷宮では、どなたであっても第一階層からスタートします。まあ、各迷宮ごとにおけるランクみたいなものと言われればそうかもしれませんが」
重要なのはその迷宮での実績。もちろんレベルの高い冒険者ならばすぐに深い層へ行けるようにはなるが。
「ですが、私どもは明確に冒険者ごとのランクは設定しておりません。審査はあくまでも迷宮冒険計画書の指標とするものでしかないのです」
「一つ質問をよろしいでしょうか」
それまで黙って聞いていたシスが手を挙げた。
「審査や迷宮冒険計画書については理解致しました。ですが、それらを遵守せずに奥へと勝手に進む冒険者を止める事はできないのではありませんか?」
もっともな疑問である。審査や計画書に強制力はない。勝手に進まれればそれまでだ。
「そうですね、もちろん一定数そのような方はおられます。特に配信目的や一攫千金を狙った方に顕著です」
他にも次の層へ繋がる階段や扉の前にいるフロアボスを討伐した場合なんかもそうだ。フロアボスがいなくなれば次のフロアが解放される。いったん戻って迷宮冒険計画書を作り直して他の冒険者に先を越されてしまっては目も当てられない。
「審査も迷宮冒険計画書もあくまで迷宮へ挑む方々を守る為のシステムです」
迷宮は人類に莫大な富を
「迷宮には多くの危険が潜んでいます。モンスターはもちろんですが、数々の凶悪な罠や未知の現象など色々です」
それを承知で冒険者は迷宮に潜る。だから冒険は自己責任。しかし、だからと言って国として何もしないわけにはいかない。
「大怪我や不幸にもお亡くなりになられる方は今も後を絶ちません。それらに対応して冒険者用の保険制度が設けられております」
「つまり、迷宮冒険計画書に沿っていない行動をした場合、保険が受けられなくなるわけですね」
「その通りです。迷宮に入る際、冒険者にビーコンを渡しているのも遭難時に救出する目的だけではなく、逐一行動を監視する為でもあります」
ビーコンだけ置いて奥へと進む者もいそうだが、それをすれば遭難時に助けがあてにならなくなる。それで死んでも自分が非難を受けるだけだ。まさに自己責任である。
愛華がチラッと壁掛けの時計を見た。
「申し訳ございませんが、そろそろ持ち場に戻らねばなりません」
「色々ご教授頂きありがとうございました」
「エントランスホールへ戻れば試験会場までの案内板がありますので、お昼の後にまたお越しください」
会場までご案内しますよと愛華がにっこり笑う。厚意ではあるが、もちろんそれだけではない。愛華にはアルト達を監視する必要があった。
「ついにスキルや魔法が直に見られるのですね」
わくわくした様子の無邪気なアルトに愛華はくすりと笑った。
「この区域も既に迷宮の影響下なんですよ」
ダンジョンに入れば個人差はあるが一定期間でスキルや魔法が身に着く。
「アルトさん達もすぐに使えるようになります」
「そうですか、それは楽しみですね」
嬉しそうなアルトに、やっぱり男の子なんだなと愛華は微笑ましく感じた。
愛華は迷宮の管理側の人間である。だから、アルト達のような外国人の場合、愛華はどうしても間諜の可能性を疑わなければならない。
だけど、この様子ならアルト達が海外のスパイである線はないだろう。まだ完全に疑いが晴れたわけではないが、アルト達なら大丈夫な気がして愛華は少し安堵した。
しかし、愛華は見落としていた。部屋を退出する愛華を見送るアルトの表情がにこにこと穏和そうな一方で、その目が全く笑っておらず鋭い眼光を宿している事に。