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第10話 宇宙軍士官は浮気者認定される


「ダンジョンに入るのにシスは反対なの?」


 アルトは意外に思った。


 現在の状況からアルト達がダンジョンへ潜るという判断は必然。シスはAIだけあって合理的な思考をする。その事を理解できないはずがない。


「必要性は承知しております」


 重傷を負ったナミ達同胞の治療の為、大破した戦艦アリアドネの修理の為、アルト達は多くの物資を必要としている。他にもアルト達が現地で活動する為の資金も必要だ。


 だから、エネミーの件を抜きにしてもダンジョンにはどのみち挑まねばならない。


「ですが、もしエネミーが裏で糸を引いているなら、アルト一人では危険ではありませんか?」


 この時代に飛ばされた状況を鑑みれば、シスはエネミーが地球に降り立っている可能性は高いと見ている。


 ナノマシン技術や対エネミー兵器など進んだ科学技術により、人類はエネミーに対して優位に立った。だがそれでも、奴らの戦闘能力は侮れない。それに、相手の戦力が分からないのだ。アルトとユイだけの戦力では心もとない。


 現在、AIドールアイドルのマスターはアルトである。自主的に動けない彼女達はアルトを失うわけにはいかない。シスとしてはアルトにあまりリスクを冒して欲しくないのだ。


「だけど、エネミーが地球にいるならやっぱり放置はできない」


 たとえ戦力の彼我の差が絶望的であっても、相容れない存在であるエネミーとの戦闘は避けて通れない。


「危険だからと避けていてもエネミーは見逃してはくれないし、何か企んでいるなら阻止しないと」

「そうそう、虎穴に入らずんば虎子を得ずだよ」


 アルトの意見にユイが軽く同意した。慎重で心配性なシスに対してユイは楽観的だ。


「ですがユイ、私達はマスターを失うわけにはいきません」

「だからボクらがいるんでしょ。アルトを守りサポートする為に」


 マスターであるアルトはAIドールであるアリアドネ達の要。


 だからシスはなるべく危険を回避して欲しいと願い、だからユイは自分達がマスターを支えるのだと主張する。同じメインフレームから生まれたAIでありながらシスとユイは性格がずいぶん違う。


 アリアドネ達はおおよそシスに近い気質であるから、ユイの少し好戦的なところは戦闘タイプになった影響かもしれない。


「ダンジョンを調査するのはマストだよ」

「それならもうアリアドネを戦闘タイプにして呼び寄せませんか?」


 最悪AIドールなら替えがきく。ダンジョンへは自分達が入れば良いとシスは主張しているのだ。


 シスは自分達AIドールを消耗品のように捉えている。そんな彼女にアルトは悲しくなった。メインフレームに縛られ人間に尽くす彼女達の姿が痛ましい。


「AIドールはしかいないんだ。これ以上アリアドネを手薄にはできないよ」

「ですが……」


 シスの瞳が不安に揺れる。アルトはウィンクして安心させるように笑った。


「それにさ、俺ちょっと楽しみなんだ」

「楽しみ……ですか?」

「ああ、ダンジョンに入れば俺にもスキルや魔法が使えるようになるらしいじゃない」


 アルトはフルダイブ型VRMMOで遊んだゲームを思い浮かべた。現実にはない魔法やスキルの力を全身で体感したものだ。ダンジョンはまさにそんなゲームの中の世界である。


「アルトも男の子だよねぇ」

「誰だってわくわくするさ」

「リエン准尉達の命がかかっているのに遊び感覚なんて不謹慎です」


 本気で怒るシスに、アルトとユイは目を合わせて肩をすくめた。どうにもシスは融通が効かない。


「だけど登録料とかが無いのは助かったよな」

「だよねぇ」


 当然だが、アルト達はこの時代の通貨を所持していない。既に電子マネーが主流になっている。シスがクラッキングして資金を作る事も考えた。


 だが、この時代の技術がどれ程のものか分からない。痕跡を辿られると厄介だ。ただでさえ国籍を力技で作っている。電子データ上では露見しないだろうが、書類を精査されると厄介だ。あまり目立つ真似はできない。


 だから、迷宮ライセンスがタダで取得できるのはアルト達にとって朗報だった。


「これで軍資金と物資を手に入れる目処が立ったよ」

「ボクらの生活基盤も早く築かないとだしね」

「いっそ午後のライセンス試験に飛び入り参加するか?」

「おっ、それ良いねぇ」

「待ってください二人とも」


 シスは慌てた。止めないとアルトとユイが今からでもダンジョンに乗り込みそうだ。


「もう少しダンジョンの情報を調べてからでないと危険です」

「まあそこら辺は愛華さんに色々と聞いてみればいいさ」


 綺麗だが、愛らしさもある歳上の美女を思い浮かべてアルトの口角が僅かに上がった。それを見逃すAIドールアイドル達ではない。


「ああ、アルトってばデレデレしてるぅ」

「なっ、デレデレなんてしてないぞ」


 アルトは慌てて否定した。しかし、ユイは止まらない。


「ふーん、愛華って美人だったもんねぇ」

「ち、違うって!」


 無表情なシスの目が氷点下を切って更に冷たくなっていき、ユイは面白そうにニマニマと笑う。


「マスターの浮気者」

「アルトって歳上のお姉さんタイプも好きなんだ」

「信じられません。リエン准尉というものがありながら」

「ふふふ、シスはナミニーチェ推しだもんねぇ」


 ワープ中の衝撃の時、シスは行動を共にしていたナミに救われた。シスが壁に激突する寸前、ナミが間に入ったのである。


 准尉であるナミは対エネミー用の特殊個体である。その戦闘力はアルトを遥かに凌ぐ。だから、自分を見捨てればナミは大怪我を負う事もなかったとシスは考えている。アルトと共に地球へ降りる危険な任務に志願したのも恩義あるナミを救う為だ。


「まあでもアルトも男だから仕方ないよねぇ」

「不潔です!」

「だから違うって!」


 シスの反応が面白くてユイはどんどん悪ノリする。アルトとしては堪ったものではない。なんせシスやユイの記憶は全てアリアドネのメインフレームに記録されてしまう。


 後日ナミを救っても、浮気性などと吹き込まれては敵わない。だから力いっぱい否定したのだった。


「本当に絶対に違うからね!」


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