——ゴォオッ!と轟音と共に炎の柱がうねりを上げる。
——ビューッ!と大風と氷礫が周囲の草木を薙ぎ払う。
「あれが魔法です」
「これは凄い」
試験官の魔法が爆音を上げて的が四散すると入試生に混じってアルトは感嘆の声を上げた。
炎や氷、風や土が何の仕掛けもなく生み出され暴威を振るっている。もちろんアルト達なら科学の力で同様の現象を引き起こすのは可能だ。だが、目の前で起きている現象は科学の産物ではない。
「あちらではスキルの模擬演習が行われていますよ」
愛華の指し示す方へ視線を移せば、二人の試験官が剣を持って対戦していた。
「これは……剣が光った?」
急に片方の剣が輝きを放った。と思ったら光る剣を構えたままシュンッと突進した。それは常人の目には捉えること能わず。殆ど一筋の光が走ったようにしか見えない。
次の瞬間、剣と剣がぶつかり火花を散らした。
「今のは
「いやぁ、とても同じ人間の技とは思えません」
「剣速は音速を超えていますから対戦者には見えていないと思いますよ」
「まさに目にも止まらぬ早業ですね」
もっとも、ナノアシで動体視力を強化しているアルトには問題なく目で追えるスピードではある。
他にも剣を打ち合う二人の横では一人の試験官がちょうど大きな岩を剣で斬りつけていた。岩は斜めに真っ二つとなり、ずずずとずり落ちる。剣闘技の『灯篭斬り』だと愛華は説明してくれた。
「今日は受験生の為に分かりやすい攻撃系のスキルや魔法のデモンストレーションですが、他にも回復系や補助系の魔法が多数あります。スキルの方も今ご覧になられた戦技スキル以外に探知や危機察知、追跡などの探査系、肉体強化系など様々なスキルがあるんですよ」
「なるほど」
これから自分にどんな能力が宿るのか、それを考えるとアルトは胸が高鳴る。派手な攻撃系の能力でモンスターを薙ぎ倒す自分の姿が思い浮かび自然とアルトの口の端が僅かに上がった。
経験からアルトのような男の子が何を想像しているか愛華には手に取るように分かる。
「今、ご自分が凄い能力を得た姿を想像なさったでしょう?」
「あっ、いや、これはお恥ずかしい」
自分の思考を読まれてアルトは恥ずかしそうに頭を掻いた。そんなアルトの様子に心が和み愛華はクスッと笑みをこぼした。
「みなさん同じなんですよ」
「やっぱりそうなんですか」
「ええ、特別な力には憧れるものですよね」
「はい、どんな能力が使えるようになるのか楽しみです」
嬉しそうなアルトを微笑ましく思いながらも、しかし愛華の顔が僅かに曇った。
「ただ、最初に発現する能力はだいたい弱いので期待はし過ぎないで下さい」
「えっ、そうなんですか?」
「まだ理由は解明されていませんが、レベルが低いうちは強力な能力が目覚めるのは稀らしいのです」
低いレベルでは強力なスキルや魔法の使用に肉体が耐えられないからだろうというのが研究者の見解であった。
《シスはどう思う?》
アルトはナノマシンを用いた意思伝達手段――ナノパシーでシスに問いかけた。
これは言葉やジェスチャーを必要としない便利とも思える通信手段だ。しかし、通信距離が短く、その距離なら言葉を交わした方が早い。しかも、同じナノマシンを使えば傍受される可能性もある。その為、アルト達の時代では限定的な使われ方しかしていなかった。
《本当に肉体が高レベルのスキルや魔法に耐えられないのかな?》
《レベルアップによる|能力向上《ステータス》はダンジョンの外では無効との話です》
だが、この現代日本においてはアルト達以外にナノマシンを体内に入れている者はいない。だから、今のように幾らでも密談し放題である。
《つまり、肉体的な変化はありませんので、恐らく無関係かと思われます》
《だよねぇ》
《ただ、肉体構造だけでは測れない強度を得られる事を考慮すると一概に否定もできません》
《これから直に観測してデータを集めるしかないか》
《それについてはお任せ下さい》
シスは既に試験会場内に偵察用ドローンを配置しデータ収集を始めていた。可視光や
その膨大なデータからメインフレームのAIが様々な推論をぶつけ合い、近いうちにスキルや魔法が科学的に解析されるだろう。更にアルト達がダンジョンへ潜れば、より緻密なデータ収集ができる。もしかしたら魔法が科学的に再現できるようになるかもしれない。
「そう言えば、ここの職員の方もダンジョンの影響を受けているはずですが、愛華さんもスキルや魔法が使えるのですか?」
「ええ、もちろんですよ」
迷宮省の職員は常に危険と隣り合わせ。ダンジョンからモンスターが溢れ出る
「それでは愛華さんもモンスターと戦った事があるのですか?」
アルトは目を丸くした。
目の前の美女は胸こそ豊満だが、肩や手足が細く華奢である。アルトから見ると愛華は綺麗だが愛らしい女性で戦闘には不向きとしか思えない。
「いいえ、戦闘経験はありませんよ」
「ですが、モンスターを倒さないとレベルは上がらないのでしょう?」
「モンスターを倒した方が効率は良いですが、実は迷宮内に長くいるだけでもレベルは上昇するのです」
ダンジョンにいる時間だけ少しずつ何かが体内に貯まるようで、何もせずともレベルは上がるのだと愛華は説明した。その為、長い期間ダンジョン内に従事している職員ほどレベルが高い傾向にあるのだとか。
ただ、レベル上限や個人差もあるし、高レベルほど多く経験値が必要である。だから冒険者ほどには上がらないらしい。それもあって冒険者からは養殖レベルアッパーなどと揶揄されているのだとか。
「それでも駆け出し冒険者くらいなら私でも軽く一捻りなんですよ」
むんっと出来もしない力こぶを作ってみせる愛華が可愛らしくて、アルトはくすりと笑った。
「愛華さんは新人なんですからレベルはまだ低いのでしょう?」
だからよせばいいのに悪戯心がついつい湧いてしまった。
「えっ、私は新人ではありませんよ?」
「日本では十代で公務員になれるのですか?」
アルトの言っている意味が理解できず愛華は目をぱちくりさせた。
「あ、あの、私は二十七ですけど?」
「本当ですか? てっきりユイと同じくらいかと思いましたよ」
「えっ、あっ、も、もうっ、アルトさんったら冗談ばっかり」
ユイの年齢欄には十八歳とあった。さすがにそれはない。だが、若いと言われて嬉しくないはずもなく、愛華は熱くなった頬を両手で隠した。
「冗談なんかじゃありません」
「あまり歳上の女を
「愛華さんはとっても可愛いから本気でそう思ったんだけどなぁ」
「あぅあぅ……」
あまりの恥ずかしさに愛華は言葉が上手く出てこない。
愛華は同性からはカッコいい、異性からは綺麗だ美人だと愛華は言われ慣れていた。だが実は、未だかつて可愛いなどと褒められた事がない。だからアルトの殺し文句は愛華にクリーンヒットした。
「も、もうっ、アルトさんのバカ!」
羞恥心に耐えきれなくなった愛華は真っ赤になった顔を両手で覆って逃げ出したのだった。
愛華の後ろ姿を見送っていたアルトの口の端が上がる。上手くいった。これで邪魔者はいなくなった。そうアルトはほくそ笑んだのだが、すぐに後悔する事になる。
背後からもの凄い冷気が漂ってきたのだ。
アルトがバッと振り返ると、そこに立っていたのは冷たい目をしたシスとユイ。
「ナンパ男」
「ないわぁ、今のはないわぁ」
「待って、今のにはちゃんと理由があって……」
シスとユイから汚物でも見るような視線を送られてアルトは慌てた。アルトとしては別に本気で愛華を口説いていたわけではない。
「女性の心を弄ぶ不埒者」
「さすがのボクもこれは擁護できないねぇ」
だが、却って女性陣からアルトは顰蹙を買ってしまった。
「マスター、きちんと反省して下さい」
「はい、申し訳ありませんでした」
「イヒッ、しばらくこのネタでアルトを弄れそうだね」
「お願いだから許して」
不誠実な行いには相応の報いがあるものらしいとアルトは思い知ったのだった。