「いつから査定が探索課の業務になったんだい?」
毒島からアルトの魔石を奪った人物はくせっ毛の長い髪をポニーテールにした三十前後くらいの美女だった。だが、特筆すべきはその身長だろう。ゆうに190センチは超えている。
「何をする冴島!」
顔を真っ赤にして毒島が激昂した。だが、冴島と呼ばれた大柄な女性は意にも介さず、不遜な態度で毒島を見下ろした。
「査定はうちら物流課の仕事だったと記憶してたんだがねぇ」
その指摘に毒島は顔を歪めた。
毒島の前に立ちはだかったこの女性は、瀬田谷ダンジョンの物流課主任冴島瀬奈。
飄々とした女性で、胆力も並の男以上。ダンジョン内におけるレベルも高く、モンスターとの戦闘経験もあって腕っぷしも強い。
無理を通して道理を引っ込めようとしても、力づくで道理を前面に押し出されてしまう。はっきり言って毒島が苦手とする人物だった。
「これから物流課へ持って行こうとしていたところだ」
「ならコイツは物流課のあたしが預からせてもらっても問題はないだろ?」
毒島は舌打ちしたが形勢不利と悟り、勝手にしろと吐き捨ててそそくさと退散した。その去っていく背中を冴島は冷ややかに見送った。
「ありがとう。瀬奈が来てくれて助かったわ」
「この程度、別に礼を言われる事でもないさね」
「いいえ、あのままだったら毒島課長にその魔石をすり替えられていたかもしれないの」
「この魔石をねぇ」
冴島は問題の魔石を持ち上げて眺めた。
「ほう、ずいぶんデカいじゃないか」
「討伐依頼が出ていたゴブリン
「ああ、例の二階層に出たってやつだね」
冴島はチラッとアルトとユイを見てアゴをさすった。
「もしかして、この坊や達がやったのかい?」
「ええ、そうよ。アルトさん達が初ダンジョンで討伐したの」
凄いでしょと何故か愛華がふふんと誇らしげに胸を張った。だが、冴島は素直に感心した。
「へぇ、さすが犬っころの鼻っ柱をへし折ったルーキーだね」
「犬っころ?」
どうやら冴島は自分のことを知っているらしい。だが、犬っころとは何か分からずアルトは首をひねった。
「アルトさん、スカルドッグ隊のことですよ」
「ああ、アイツらですか」
なるほど、シスが彼らとの戦闘は全館に流している。冴島はここの職員なのだからその映像を見ていてもおかしくない。それなら冴島がアルト達を知っていたのにも得心がいく。
「しっかし、いくら腕っぷしに自信があったって、いきなりゴブリン闘士討伐は無茶のし過ぎじゃないかい?」
「それは毒島課長の嫌がらせなのよ」
もともとスカルドッグ隊に一任する予定だったゴブリン闘士討伐依頼を毒島がアルトに押しつけた。その経緯について、愛華が説明すると冴島は納得したと頷いた。
「そういや犬っころのリーダーは毒島の甥っ子の十条だったねぇ」
「毒島課長ったら『中堅のスカルドッグ隊を一蹴できる実力ならこれくらいの依頼は楽なもんです』なんて言って何も知らないアルトさん達を
毒島とのやり取りを思い出し愛華がプンプン怒る。本人はいたって真剣なのだが、どうにも表情と仕草が年齢不相応に可愛いらしい。
「まあまあ、愛華さんもそんなに怒らないで。十条らの実力で討伐が可能なら、俺達で十分に対応が可能と考えるのも不思議ではないでしょう?」
「本来なら初心者冒険者は死んでいてもおかしくない依頼なんだがねぇ」
「へぇ、そうなんですか?」
「はっきり言って、こんな依頼を押しつけたあたり毒島は坊やを殺そうと企んでいたと疑われても仕方がないんだ」
「ふーん」
それで何といった感じのアルトの態度に冴島は苦笑いした。
どう考えても毒島はアルトに悪意を抱いている。冴島の心証では恐らく毒島はアルトを亡き者にしようとゴブリン闘士討伐の依頼を押し付けたに違いない。
それなのにアルトはあっけらかんと真っ正面から毒島の毒牙を粉砕してしまった。どうやらアルトはかなり規格外のルーキーらしい。毒島など歯牙にもかけない存在のようだ。
「毒島には気をつけな」
それだけにアルトの危機感の無さに冴島は危うさを覚えた。
「あのオッサン、何をしてくるか分からないよ」
「俺、なんかやっちゃいました?」
彼の甥っ子の十条を痛めつけてしまっている。だから悪感情は持たれてしまっただろう。だが、アルトとしては毒島からそこまで恨みを買うような真似をしたつもりはない。
「ゴブリン闘士の討伐依頼は毒島にとっちゃ坊やを陥れるつもりだったんだ。それを難なく達成されちゃあねぇ。坊やにとっちゃ大した事でもなかったんだろうが、毒島としちゃあ面白くないはずだよ」
「での、あの人も国家公務員なんでしょ。さすがにその程度の私怨で人を殺すようなことしますかね?」
「それくらいやりかねないと思わせるほど毒島には良くない噂が多いのさ」
冴島に断言されて、今度はアルトが困惑した。もしそれが本当なら由々しき事態である。
モンスター相手なら戦って倒せばいいだけだ。しかし、権力を持っている絡め手を使ってくるような相手から敵認定されるのは軍人のアルトとしては気が滅入る。
しかも、未来から来たアルトは過去の事象になるべく干渉はしたくない。逆に毒島は何の気兼ねもなく罠を仕掛けてくるだろう。
「物流課にも毒島と結託している輩がいるから、戦利品を換金の時はあたしを呼びな」
「それは助かります」
アルトは心底から冴島に感謝した。冴島のような現地協力者を得られるのは、この地に縁も
「じゃあさっそく換金して欲しいものがあるんだけど」
アルトはバックパックを開けた。冴島が中を覗けば大小多数の魔石がごろごろと。恐らくニ、三十は余裕で超えている。だが、数以上に冴島が目を引いたのは別にあった。
「おいおい、さっきのより大きな魔石まであるじゃないか」
「何体か同じようにデカいのがいたんだ」
もちろん他のゴブリン闘士と遭遇したのは偶然ではない。
依頼は二階層に出現したゴブリン闘士の討伐。イレギュラーゆえに誰もが一体のみと思っていたらしい。しかし、偵察用ドローンであらかじめ二階層は調査して、アルトはゴブリン闘士が数体いるのに始めから知っていた。
「全部二階層にいたのかい?」
「そうだけど……何かまずかった?」
冴島の表情が険しくなり、余計な事をしてしまったのかとアルトはひやりとした。
「いや、討伐してくれたのは助かるよ。だけど、二階層にゴブリン闘士が何体も出現したのがどうにも気になってねぇ」
「それは私も気になるけど、今は考えても仕方がないわ。後で調査依頼を出しておくから」
愛華は軽く請け負ったが、これらダンジョン調査は毒島の探索課の守備範囲だ。果たして毒島が協力してくれるかどうか。
「それじゃあ、あたしも自分の仕事をきっちりやろうかね。魔石は預からせてもらうよ。口座はもう登録しているんだろ。明日までに鑑定して明細を作って入金しておくから安心しな」
「ええ、よろしくお願いします」
アルトが次々と魔石を取り出して冴島に渡しているのを横で見ていた愛華が目を丸くして感嘆を漏らした。
「本当に凄い量ですね」
「ゴブリン闘士が五体、ただのゴブリンは数え切れないくらい倒しましたから」
偵察用ドローンで索敵しているので、モンスターのいない道を選択するのも可能である。しかし、アルトはあえて戦闘を回避せず真っ直ぐ二階層を目指した。
これは瀬田谷ダンジョンで最も弱いゴブリンで色々と試そうと考えたからである。
本当に実弾系の通常兵器は通用しないのか?
エネミーと同じく光子兵器で討伐は可能か?
アルト達が所持する兵器の数々を試したり、ナノマシンで強化されたアルトの格闘術やその他にも物理攻撃に対する耐性やエネミーとの戦闘能力の比較など、調査すべき事は多岐に渡る。
そこで、進路上の付近にいたゴブリンに手当たりしだい手持ちの武器で戦闘をしかけた。結果、とんでもない数の魔石を入手したわけである。
お陰で良いデータがたくさん取れた。何と言っても
ただ、それと同時にアルトはダンジョン攻略における致命的な問題に直面してしまった。
「これだけゴブリンとゴブリン闘士を倒したなら、アルトさん達もレベルアップしたんじゃありませんか?」
「えっ、ええ、まあ」
愛華は嬉しそうに顔を綻ばせたが、逆にアルトは軽く笑顔を浮かべながらも曖昧に返答した。
「おめでとうございます。レベルは1上がるごとに新しいスキルや魔法を覚えますから、念願のスキルを取得ですね」
「ありがとうございます」
愛華はアルトに祝福の言葉をかけた。
スキルに興味津々だったアルトなら喜ぶだろうと思ったからである。だが、それこそがアルトの懸念材料だった。
なぜなら、アルトはスキルや魔法を一つも習得できていない。それどころかレベルアップさえしていなかったのだ。