――美鷹市民病院七階中央病棟七〇七号室
アルト達が拠点としている廃墟となった病院の一室。
ベッドが四つ並び、チェストやトイレなどの設備が廃院にしては新しすぎる以外は一見すればただの病室である。
しかし、既にシスによって部屋は魔改造されており、至る所に戦艦アリアドネから持ち込まれた兵器類や備品が隠されていた。
「マスター、お帰りなさいませ」
「ただいま、シス」
依頼を終えたアルトとユイをシスが出迎えた。彼女はダンジョンへは入らず、先に戻ってドローンから送られてきた情報の解析をしていたのである。
「シス〜、はい、お土産だよー」
ユイが小さな正六面体の箱を取り出し本人認証をする。すると箱の上にコンソールが浮かんだ。それをユイが操作すると箱から次々に色んなものが出てくる。ゴブリンの使っていた武器類や魔石、果てはゴブリンの死体まで。他にもダンジョン内の鉱石から壁を削ったものもゴロゴロと出てくる。
――『四次元空間軸拡張収納箱』通称ストレージ。
箱の中は四次元時空間となっており、空間軸が拡張されている。その為、サイコロサイズの箱の中は時間軸が固定された広大な空間となっており、理論上エネルギーが許す限り中の物を腐敗腐食させず無限に収納が可能なのである。
もっとも、空間軸を拡張するには莫大なエネルギーを必要とするので、普段は必要最低限の広さに収めている。
「ダンジョンの戦利品は持ち出し不可らしいけど……」
ダンジョン発掘品は国の財産である。また貴重な物も少なくない。中には勝手に国外へ持ち出すスパイまでいる。だからダンジョンゲートで物流課を抜けた後に、厳重なボディチェックをしてダンジョン内の物を持ち出せないようにしているのだ。
「バレなきゃいいよね」
片目をつむってキャハっと小悪魔っぽく笑うユイにアルトは苦笑いを浮かべた。
「今の時代ではこんな小さな箱に大量の収納が可能だとは夢にも思わないだろうな」
「さっそくアリアドネに送って分析してもらいます」
シスは手早く戦利品の山を
「とりあえず情報のすり合わせをしよう」
「イエスマスター、現状で判明している事をご報告いたします」
ユイの言葉と共に三人の中央に光のモニターが浮かび上がる。もちろんナノモニターであり三人以外にこの映像は見えない。
「まず
モニターには何かしらの金属でできた正六面体の物体が映し出された。正面には扉が備え付けられており、一見すればただの金属製の大きな箱である。
「ご覧の通り一辺五メートル、体積百二十五立方メートルの正体不明の金属でできた巨大な箱です」
「材質は分からなかったのか?」
「ドローンからの情報だけでは……ただ、非破壊分析による結果ではエネミーが残した例の迷宮門と類似性は高く、ほぼ同一の物ではないかと考えられます」
モニター内に映るゲートの扉が開き、映像が中へと進んでいく。そこには箱の大きさより明らかに広大な世界が広がっていた。
それは
この世界の広さに比べれば迷宮門の箱はあまりに小さい。なんとも不可思議な現象である。
「観測の結果、迷宮門の中は四次元時空間で間違ありません」
「つまり、このストレージと同じってわけか」
アルトはサイコロ大の四次元空間軸拡張収納箱を右手で弄ぶ。
「はい、ただ時間軸を固定せず、空間軸をかなり引き伸ばしているようですが」
「これで内部でシスとコンタクトできなかったのか理由が分かったよ」
「
ダンジョン内が四次元時空となっているのなら、外の世界とは隔絶されている。四次元時空ネットワーク以外で外との連絡は取れない。しかし、この時代には四次元時空ネットワークが構築されていないのだから、ダンジョンに潜ったアルトが外部にいるシスと連絡を取るのは不可能である。
同じくユイはダンジョン内で得た戦利品を転送門で送ろうとしたが、上手く作動せず断念してストレージを使用した。通常空間において時空の空間軸を歪曲させる技術の為、四次元時空内での使用ができなかったからである。
「これもエネミーのダンジョンと類似しております」
「やはり、地球にダンジョンが発生したのはエネミーの仕業と考えるべきか」
「断定はできませんが、可能性はかなり高いと思われます」
四次元時空間に関する技術体系は今の時代の地球にはない。アルト達のように人類が過去へとタイムスリップしたのでなければ、考えられるのはエネミーだけである。
「それじゃあ次はボク達の方の報告だね」
ユイが横から一枚の紙をシスへ手渡した。
「これは?」
受け取った紙を覗けば『迷宮採取明細書』とある。
「これが今回のボクらの収入なんだって」
「なるほど、マスターとユイが提出した戦利品の目録と暫定査定金額の明細書ですね」
「後ほど正式な支払い通知書が送られて、ボクらの口座に振り込まれるらしいよ」
「査定する物流課には俺達ともめた毒島の息がかかった者もいるから、きちんと明細書と支払い通知書を突合しておいた方が良いそうだ」
冴島が明細書を渡す時、アルトにそっと耳打ちして忠告してくれたのだ。
「イエスマスター、そちらに関する処理は私の方でやっておきます」
「助かるよ」
「私にはこんな事しかサポートできませんので」
「そんな事はないさ。俺にはできない事だし、シスが一緒に地球に降りてくれて本当に心強いよ」
「マ、マスター、その不意打ちはズルいです」
アルトが微笑むと、能面のように無表情のシスが僅かに頬を赤らめた。
こういったサポート業務はAIドールにとって当たり前。まさか褒められるとは露ほども予想しておらず意表を突かれてしまったのだ。
「あー、アルトがシスにまで手を出そうとしてるぅ、ギルティ〜」
「えー、普通に
「だってアルトのせいでシスの顔が真っ赤じゃん」
ユイは揶揄って軽口を叩いているだけなのだが、それだけにシスはいよいよ居た堪れなくなって本当に顔が赤くなる。
あまりの羞恥に熱くなった頬を両手で押さえ、シスが恨みがましい目をアルトに向けた。
「も、もう、マスターのバカ!」
「今の俺が悪いの!?」
「にっしっしっ、これは後でアリアに報告だね」
「それだけは止めて」
意地悪い笑みを浮かべるユイに縋りついてアルトが懇願した。
お互いに冗談を言い合うくらい気安いところもあるが、逆に弱みも握られていてアルトが頭の上がらない相手でもあるのだ。
「今の悪くないよね? シスからも何とか言ってくれない?」
「マスターなんて知りません」
シスが怒ってプイッとそっぽを向いてしまい、アルトは慌てまくる。
「アルトは誰かれ構わず愛想振り撒きすぎなんだよ」
ダメダメだなぁアルトはとユイが呆れて肩をすくめる。
「シスは情緒系がボクらの中で一番育ってないんだ。恋愛感情は子供と一緒なんだからあんまり今みたいなセリフは止めといた方が良いよ」
ボクは楽しいからいいけど、とユイがケタケタ笑った。
「ホント、アルトって揶揄いがいがあるよねぇ」
「覚えてろよ、ユイ」
「ムフッ、アルトがボクに勝てるとは思えないけど楽しみにしてるよ」
果たしてアルトは勝負をする前からユイに勝てる想像ができず、さっさと白旗を上げた。
「ごめん、謝るからアリアには黙っていてください」
「ボクは良いけどシスが許してくれるかなぁ?」
二人が揃ってシスに顔を向けると、彼女は赤くした顔でプクッと頬を膨らませアルトを睨んだ。
「私にこんな恥ずかしい思いをさせたんですから、ちゃんと責任取ってください」
「はい」
シスに責められて、アルトは小さくなって首肯した。今のはさすがにアルトに非は無い。
それが分かっていながら、どうにもAIドール達に弱いアルトであった。