「明細書を見せていただいたところ、当面の軍資金はダンジョンから得られる収入だけで問題はなさそうです」
淡々と現状報告するシス。
いつもの無表情のはずだが、心なしか機嫌が良さそうに見える。
「換金率の悪いと言われている浅い階層で、これだけ稼がれるとはさすがマスターです」
アルトを持ち上げたりと、先ほどまでの情緒不安定が嘘のようである。
実はシスの正式なマスターとなると約束をして、アルトは彼女のご機嫌を取ったのだ。
AIドールにも耐久年数がある。新型も次々に出るので型落ちは廃棄処分となるのが運命だ。だが、それでも軍属である彼女達はとても有能で優秀である。それに一緒に戦場にいれば情も沸こうというもの。彼女達の廃棄処分が忍びなくなる者も少なくない。
その為、ほとんどの
アルトは名付け親だし、AIドールにも優しくマスターとして申し分ない。しかも、若くして中尉になっており、将来有望ときている。シスはホクホクだった。
「むぅ、シスばっかズルい〜」
ユイからジトッとした目を向けられ、アルトは顔を背けた。ユイのマスターになったら一生イジられるのは目に見えている。それだけは絶対阻止だ。
「ユイがあんまりマスターをイジメるからいけないんですよ」
「くッ、アルトがシスのマスターになってくれたのはボクのお陰じゃないか」
「それとこれとは話が別です」
「シスの裏切り者ぉ」
シスが味方になってくれて助かったとアルトはホッと胸を撫で下ろした。これでユイを牽制できるなら、シスとのマスター契約も悪くなかったなとアルトは内心でほくそ笑んだ。
「これから俺達がこの地で活動する為の資金を調達する手段は構築できた」
「イエスマスター、しかしながら重症のクルーの治療やアリアドネの修理にはまだまだ資金も物資も不足しています」
アルト達は地球で安穏と暮らす事が目的ではない。何よりまず瀕死の重症を負っているナミ達を救わねばならない。そして、最終的にはアリアドネを修復し、元の時代へ帰還する手段を探さねばならない。
「やっぱり効率的に資金と物資を調達するにはダンジョン深部を目指す必要があるかな?」
「うん、エネミーの動向も気になるしね」
それに地球にいると思われるエネミーも放置はできない。このままでは過去の地球が滅ぼされるかもしれないのだ。未来へ帰る手段を見つけても、エネミーを殲滅しなければ帰還はできない。
「ダンジョンがエネミーの手によるものなら、最深部にヤツらがいる可能性は高いってボクは思うんだ」
「それには俺も同感だな」
ユイの意見にアルトは頷いて同意した。
「それから、俺はダンジョンを破壊しようかとも考えている」
「ダンジョンで言ってた事だね。ボクは反対はしないよ」
「私もマスターの考えに賛同いたします」
ダンジョン資源は現代の地球にとって必要だろう。しかし、未来から来たアルト達は知っている。このままでは人類に明日はないと。
「ですが、容易ではないと思われますが?」
「最悪、アリアドネを修理した後、艦砲射撃で破壊って手もあるけど……」
「アルト、それは悪手だよ」
「だよなぁ」
破壊だけなら容易だが、そんな雑な手段ではエネミーを取り逃がす危険性もある。しかも、アルト達を警戒してより狡猾に立ち回ってこられれば、人員の少ないアルト達には打つ手がない。
「何か良い方法はないかな?」
「私から提案できる最善の方法はダンジョン内にある四次元時空形成機関の奪取です」
四次元時空の空間軸を伸展させているダンジョンが自然のものであるはずがない。ならば必ず
「それをボクらで奪っちゃえばダンジョンが消失するって寸法だね」
「シスの提案は理解できたけど……奪取じゃなくて破壊の方が手っ取り早くないか?」
「奪取が不可能な場合はそれでも構いませんが、出来れば無傷で手に入れて頂けると助かります」
アルトは少し考え込んだ。どうしてシスがそこまでダンジョンのシステムに固執するのか?
「そうか、アリアドネの航行機関の修理に使える可能性があるからか」
「はい、その公算は非常に高いと推測されます」
ぽんっと手を打つアルトに表情を変えずシスが頷いた。
「その他にも、技術体系を解明すれば黒幕の正体を知る手掛かりにもなりますので」
「ボク達は勝手にエネミーが犯人だって思ってるけど、ボクら同様未来から来た人類って事も考えられるよね」
今までアルトはダンジョンの裏にはエネミーがいると決めつけていた。なんならタイムスリップも奴らが仕組んだ事で、アルト達はそれに巻き込まれただけなのではないかとさえ思っている。
「なるほど、俺はちょっと視野が狭くなっていたな」
だが、決めつけは良くない。思い込みでの行動は推測が間違えていた時、取り返しのつかない事態に陥ってしまうケースだってある。
シスの助言にアルトは素直に感謝した。今度は心の中で。
「分かった。シスの意見を採用して装置の奪取を目標とするよ」
「ご理解いただきありがとうございます」
「ただ、ダンジョン深部を攻略するのに、一つ懸念材料があるんだよね」
「懸念材料ですか?」
シスは表情を変えずに小首を傾げた。彼女の長い髪がさらりと流れる。銀色の髪がきらめき、まるで天の川のように美しい。アルトは素直に綺麗だと見惚れた。
彼女達アリアドネ
まあ、それを口にしたら、またユイに揶揄われるのは目に見えているにで言わないが。さすがに何度も同じ轍は踏まない。
「果たして俺達の力がどこまでダンジョンに通用するかなって」
「レベルやスキルなんかの事だね」
「そうだ」
ユイはアルトの危惧をすぐに察した。一緒にダンジョンへ潜った彼女もその点を不審に感じていたからである。
「どうやら俺達はレベルアップもしなければ、スキルや魔法も習得できないようなんだ」
「あれだけゴブリンどもを倒したのに、ボクらには特に変化が無いもんね」
レベルアップの条件はダンジョンに長時間滞在するか一定数以上のモンスターを討伐するかである。それらの行為を冒険者の間では経験値を貯めると呼ぶらしい。
この経験値はより深い層にいるほど、より強力なモンスターを倒すほど多く入るというのがネット情報である。
「深層ほどモンスターは強力になっていくって話だろ。それに対して、これ以上は強くなれない俺達の力がどこまで通用するやら」
「それについては調査中です。近日中にマスターとの戦力差を数値化できるかと思われます」
現在進行形で偵察用ドローンが瀬田谷ダンジョン内を調査中だ。その中にはモンスターも含まれる。
「しかし、マスターとユイがレベルアップやスキルの習得ができないというのは確定なのでしょうか?」
「俺とユイはダンジョン滞在時間こそ短いが、三階層レベルを含めてかなりの数のモンスターを倒している。愛華さんの話だと最低でもレベル2にはなっていなきゃおかしいみたいなんだ」
瀬田谷ダンジョンのような
「マスターもユイも本当にレベルは上がっていないのですね?」
「レベルアップは感覚的に分かるらしいけど俺は何も感じないんだ」
「ボクもだよ。それにスキルや魔法も覚えていないしね」
なるほどとシスは頷くとナノモニターに数枚のグラフを提示した。
「これは?」
「ダンジョンへ送ったドローンから回収したデータの一部です」
急にどうしたのかとアルトは不思議に思った。だが、すぐにシスは驚くべき事実を口にした。
「もしかしたら、ダンジョンにおける不可思議な現象の正体が解明できたかもしれません」