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第22話 宇宙軍士官はモンスタートレインをする


 ――瀬田谷ダンジョン三階層


 タタタタッと通路を小柄なショートの茶髪美少女が軽快に走る。


「ふっふっふーん♪」


 鼻歌混じりでほとんど息を切らしていない。だが、陸上のメダリストさえ青くなりそうな猛スピード。それなのに時折チラッチラッと肩越しに後ろを確認する余裕さえある。とても人間業とは思えない。


 それもそのはず、彼女は厳密には人ではない。


 航行支援用次世代型AIエージェントアリアドネ姉妹シリーズNo.8個体名『ユイ』。遺伝子操作で作られた生体ユニットAIドールアイドルである。しかも、ユイは戦闘特化型に改修チューニングされており、身体能力は一般の人間より遥かに高い。


「あらら、見えなくなっちゃった」


 あまりの速度にユイを追いかけていたモンスターを置いてけぼりにしまったらしい。


「仕方ないなぁ」


 ユイは立ち止まってクルッと振り向き、右手を上げて左手を口に当て息を大きく吸い込んだ。


「おーい、ここだよー早くおいでー」


 そして、右手を振りながら通路の奥へ向かって大声を張り上げた。すると「ヴォッヴォッ!」「ブッヒー!」と怒りの篭った鳴き声が通路の奥より木霊する。それと共に通路の闇の中から浮かぶ複数のシルエット。


 いずれも全長2メートルはある巨体。腹はぼってりと出ているが、腕も脚の丸太のように大きく筋肉で隆起している。


 だが、特筆すべきはその頭部であろう。


 血走っている目は意外にもつぶらで、両の耳は薄い楕円形、何より上向きの鼻は大きく平たで剥き出しの二つの穴からブヒッブヒッと音が漏れ出ている。それはまるで豚の顔。


 豚顔の二足歩行、豚人族『オーク』と呼ばれるモンスター。


 ひい、ふう、みい……全部で五体。いや、闇の中から「ブギャ、ブギャ」と聞こえてくるので、まだ多数のオークが追いかけてきているのだろう。


 オークが追いかけてきているのが分かるとユイはクスッと笑ってきびすを返した。


「そんじゃあ、また鬼ごっこの再開だね♪」


 今度はスキップでも踏むかのように走り出し、時々クルッと後ろ向きでトントンと飛び跳ねる。


「ほーい、こっちこっち♪」

「ブッヒー!」


 まるで遊んでいるかのよう。バカにされたと感じたのか、オーク達は「ブギーッ!」と雄叫びを上げてユイを追いかけてくる。


「鬼さん、じゃなかった豚さんこちら♪」


 オークがついて来ているのを確認しながらユイは加減して走る。そのままオーク達を引き連れてユイは開けた場所に出た。続いて二十頭を超えるオークが侵入してきてもなお余裕のある大きな広場。


「そっちも順調だったみたいだね」


 四方に通路が続いており、ユイが入ってきたのとは別の通路からアルトが飛び出してきた。その背後から大小様々なゴブリンが無数に続いてくる。


 アルトが二層で相手したゴブリン闘士グラップラーや剣や槍で武装したゴブリン戦士ファイター、ゴブリン勇士ブレイヴなど三層だけではなく本来なら四層以下にいるはずの強者までいる。


 中央でアルトとユイが背中合わせで自分達を囲むモンスターを見回す。


「これだけいるとさすがに壮観だな」


 アルト達が集めたのはモンスターは三層ではあり得ない強者ばかり。それが広場にひしめき合って中心のアルトとユイにじりじりと少しずつ迫ってくる。


「さすがに手狭になったよね」

「なぁに、すぐに広くなるさ」


 口の端を僅かに上げてニヤッと笑ったアルトは腰のポーチから片手大のメタリックな球体を取り出す。


「こいつで一掃するからな」


 それを合図にしたかのように、グオォォォッとモンスター達が咆哮を上げて襲いかかってきた。五十をゆうに超える強力な軍勢が迫ってくる。


 だが、アルトもユイも怖気づく様子はない。それどころか余裕の笑みを浮かべていた。


「ほいっと」


 アルトは手に持つ球体を真上に軽く投げ上げる。金属製の球体はゆっくり頭上まで上昇するとパッとまばゆいばかりの光を放った。


「グギャッ!?」


 発光した球体から四方八方へ無数の光弾がばら撒かれ、モンスター達を貫いていく。一瞬にして多数のモンスターが薙ぎ払われた。


 ――光子手榴弾フォトングレネード


 対エネミー用に開発された広範囲殺傷兵器だ。手榴弾を中心に篭めたエネルギー量に合わせて数十から数千発の光子弾丸フォトンバレットを周囲へ撃ち出す。


 その威力は今の広場の惨状を見れば一目瞭然。


 ほとんどのモンスターが光子弾に撃ち抜かれ、穴だらけとなったむくろを晒している。あまりに凄惨な光景。生き残ったのはオークが三体、ゴブリン勇士が一体とゴブリン戦士が二体だけ。


 その生き残りもアルトとユイが手にする光子拳銃フォトンブラスターから射出された光子弾に撃ち抜かれて絶命した。


「やっぱ、光子手榴弾フォトングレネードは集団戦に絶大な威力を発揮するな」

「まあエネミーに対してだけなんだけどね」


 光子兵器フォトンウェポンは通常兵器としても使えるが、エネルギー効率が悪過ぎる。ところが、通常兵器の通用しないエネミーに対しては効率的な武器だ。


 その理由はシスの説明にあった神の素粒子テトラグラマトン――魔粒子マノンによって説明がつく。


 体内に取り込まれた魔粒子は体を覆い、物理攻撃への鎧と化すのだ。この全身を覆う魔粒子の膜をアルト達は便宜上魔力鎧マナアーマーと呼んでいる。


 魔粒子の内包量が増えれば増えるほど魔力鎧は物理エネルギーに対して強固となり、これが原因で物理攻撃の効果が低くなっているのだ。


「物理エネルギーに対し絶大な防御力を誇る魔力鎧も、光子フォトンは素通りしてしまうなんてな」


 しかし、その魔粒子の鎧も何故か光子を防げない。それが光子兵器フォトンウェポンがモンスター達に有効な理由であった。


「ボク達は魔粒子を扱えないからね。光子兵器だけが頼りだよ」


 光子兵器を持たない冒険者が通常兵器より劣るはずの武器でモンスターを屠れる理由はもっと単純だ。


 魔力鎧はより大きな魔粒子をぶつけられれば容易に破壊されてしまうからである。つまり、ダンジョンでの攻撃力や防御力とは魔粒子の大小で決まってくるのだ。


「まさかナノマシンが魔粒子と反発しあってしまうなんてなぁ」


 まだ解析中で原因は判然としていないが、幾つかの実験の結果からナノマシンと魔粒子は相容れない事が判明した。それが原因でアルト達は魔粒子を体内に取り込めない。


「だけどナノマシンは身体強化だけでなく、ボクらの様々なサポートをしてくれるからね。これを捨てる選択肢はあり得ないよ」


 スキルや魔法にちょっと憧れていたアルトにとって少々残念な話ではある。だが、現状ではどう考えてもナノマシンの方が優先される。


「問題は深層にいる強力なモンスターに俺達の力がどこまで通用するかだな」

「瀬田谷のトップクラス冒険者が不在なせいで下層の戦闘データが取れないんだよねぇ」


 現在、瀬田谷ダンジョンは十階層まで開放されている。


 しかしながら、瀬田谷ダンジョンで活動しているトップ冒険者達が軒並み遠征しており、下層で活動している者がいない。その為、シスも正確な戦力分析ができないでいる。


「まっ、今のとこ余裕だし、最下層のモンスターも案外ヨユーかもよ」

「そうだと良いけどな」


 ユイの楽観の通りなら何の問題もない。だが、もし勝てない相手が出現したら、レベルアップできずこれ以上強くなれないアルト達にとって絶望的な状況となる。


「やはり、早急にナミ達を回復させたいな」


 アルト自身の戦力アップができないなら、他の手段として考えられるのは仲間の増強。ナミ達が戦線復帰できればかなり心強い。


「俺の力じゃ限界がくるかもしれないし」

「えー、アルトも十分強いと思うけどなぁ」

「俺なんて本職に比べれば大した事はないさ」


 ユイは目を丸くした。アルトは士官学校出身であるから確かに白兵戦のエキスパートではない。それでも戦闘特化した生体ユニットのユイよりもずっと強いのだ。


「アルトって海兵隊にも引けを取らないって思ってたよ」

「それはいくらなんでも無いさ」


 アルトは海兵隊の友人達の強さを思い出して苦笑いした。


「それに、ナミは海兵隊の対エネミー特殊部隊だぜ。白兵戦のエリート中のエリートなんだ。俺なんかじゃ手も足も出ないよ」

「リエン准尉ってめちゃめちゃ強いの!?」


 自分のモデルになったマスターの想い人。華奢でアイドルみたいに愛らしい容貌でありながら、実は超人だったらしい。


「ふーん、アルトってば強い女の子が好きなんだ」

「いや、別にそういうわけじゃなくって、好きになった子がたまたま自分より強かっただけだよ」

「アルトってさ、もしかしてマゾ?」

「なんでそうなるのさ!?」


 リエン准尉と付き合うなら痴話ゲンカできないなぁとか、アルトがナミに組み敷かれる姿を妄想してニマニマ笑った。


「そっかー、尻に敷かれたい派なんだぁ」

「ちょっと、変な風評被害はやめてよね」


 己の尊厳の為、アルトは猛抗議した。しかし、ユイの耳には全く届いていない。


「ほら、今日の分の稼ぎや戦闘データは十分だから帰るよ」


 そそくさと魔石を回収して逃げるように引き上げるアルト。その背中を追いながらユイはむふっと意味ありげに口の端を上げた。


「これはボクにもまだまだチャンスがありそうだね」

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