「ほう、これまた凄い数だねぇ」
自分の前に積まれた魔石の山に、冴島は呆れとも感心ともつかないため息を漏らした。
ダンジョンから帰還してすぐに、アルト達が物流課で冴島に今回の
「今回も討伐だけかい?」
「そっちの方が性に合ってるんで」
ダンジョンで稼ぐ方法は幾つかあるが、最もポピュラーなのがモンスター討伐による魔石と鉱石などのダンジョン資源の採掘である。
「あんたら腕っぷしだけじゃなく見た目も良いんだから、動画配信とかしないのかい?」
昨今では動画配信が若者のトレンドになっている。アルトとユイは美男美女。特にユイはそこらのアイドルにも負けていない。冴島からすれば淡々と仕事をこなしてくれるのはありがたいが、若い二人なら花形に憧れるものじゃないかと思った。
「いやぁ、俺に露出趣味はないですよ」
「ボクも知らない人達に見られるのはちょっと」
未来の兵器をバンバン使ってる動画など流せるはずもない。バレれば騒ぎになるのは間違いないのだ。
「変わってるねぇ、あんたら」
冴島は若いのに浮ついたところの無いアルトとユイに感心した。一見するとアルトはチャラいし、ユイも軽い。ところが、その仕事ぶりはあまりにストイックだ。
「物流課のあたしとしちゃあ助かるけど、ちょっともったいない気もするねぇ」
若い時分はもっとキラキラとしたものを追い求めても良いんじゃないかと冴島は思う。もっとも、堅実に国家公務員を目指した冴島が言えた義理ではないが。
「まあ、どのみち二人ならスカウトが来ると思うけど」
「「スカウト?」」
アルトとユイが首を傾げる。こうも見事に動きをシンクロさせてる美男美女は花があって動画映えしそうだ。やっぱりスカウトは確実に来そうである。
「動画配信者の事務所からさ」
「俺、興味ないけど?」
「お前さんになくても向こうさんにはあるだろうさ」
「と言ったって、配信もしてない俺達の事なんて知りようもないじゃん」
「そうでもないよ」
説明を続けながらも冴島は魔石を鑑定する手を止めない。
「ほら、うちは受付嬢が粒揃いだろ?」
「まあそうだね」
「だから他の迷宮より瀬田谷は注目を集めやすいのさ」
「窓口だけでも絵になるもんなぁ」
アルトは華やかな窓口を思い浮かべた。愛華や新人の姫野美羽は別格だが、その他も綺麗どころがずらりと並んでいる。
「瀬田谷の職員は顔が採用基準だって揶揄されるくらいだからねぇ」
「まあ、それは思われても仕方ないでしょ。目の前にもこんな美女がいるくらいだし」
「息するように口説き文句を吐く子だねぇ」
冴島は呆れて「おだてても査定に手心は加えないよ」と
「そのせいもあってね、瀬田谷は配信者も大勢いるし露出も多いのさ」
「ああ、周囲の配信者に無断で撮られる可能性があるのか」
それはまずい。エネミーの存在を否定できない以上、アルト達は正体が露見しないようにしてきた。それに現代人にもなるべく知られないに越した事はない。
「それにうちには瀬田谷
「へぇ?」
瀬田谷三姉妹というのは瀬田谷ダンジョンを拠点としている事から周囲がつけた通り名らしい。どこのクランにも所属していない本当の姉妹のパーティで、本名は上から三神
「もの凄い美少女姉妹で冒険者のレベルも高い。しかも、三人だけで階層主を討伐するっていう偉業まで果たしていてね」
話題性に事欠かず、瀬田谷ダンジョンにまでスカウトが押し掛けて来る。もっとも、彼女達はダンジョン攻略を主軸としており、頑なに勧誘を断っているらしい。
「それじゃあ、事務所のスカウトがここまで来るんですか?」
「みんな良い子で人気者だからねぇ」
華やかで実力も実績もあって性格も良い。どうやら瀬田谷のアイドル的存在のようだ。
「へぇ、凄い子もいたもんだ」
「なに他人事みたいな顔してんだい」
冴島がどうして呆れているのか意味が分からず、アルトは不思議そうにきょとんとした。
軍人のアルトは自分に華があるとは思っていない。まだ駆け出し冒険者だし、情報操作して公表している欺瞞レベルも低い。スカウトされる要素はどこにもない。
「あなたら、もう既に三階層へ行っているだろ?」
「ええ、まあ」
アルト達からすれば早くもっと下の階へ行きたい。集めたデータからニ、三層下も余裕だと計算結果も出ている。だが、これ以上は悪目立ちしてしまうと自重した。
「冒険者になって一週間で三階層は歴代最速だよ」
が、自重になっていなかったらしい。
だいたい、アルト達は中堅冒険者の十条達を捻り上げた動画をネットに流している。初ダンジョンではゴブリン
「分ったかい? あんたら十分に悪目立ちしているのさ」
「これから気をつけるよ」
何をボケた事を言っているのかと冴島は苦笑いした。とっくに手遅れに決まっている。目端のきく者なら既にアルト達に目をつけていてもおかしくない。
「そう遠くないうちにスカウトが来ると思うから覚悟しときな」
それは困る。何か対策を講じる必要がありそうだ。帰ったらみんなでどうするか話し合おうと考えた時、窓口を仕切る可愛い歳上の女性の顔がふと脳裏に浮かんだ。
(愛華さんに相談するのも良いか)
いつもお世話になっているし、食事にでも誘ってみよう。これは毒島の件で迷惑をかけたお礼であって、決してやましい気持ちはない。完璧な理論武装だ。つらつらと内心で自分に言い訳しながら、アルトは歳上の美女を誘う算段を立てる。
なかなか楽しいデートになりそうだとアルトの口元が緩んだ。それを見逃すユイではない。ニマニマしているアルトの考えなどユイには手に取るように分かるのだ。
「それは完全ギルティだから」
背後から棘のある声で声をかけられ、アルトは心臓が飛び出るくらい驚いた。
「な、何を言ってるのかな?」
「シスに言いつけちゃうよ」
「俺は別にやましい事なんて何も……」
「アルトの考えてる事なんてボクには全部お見通しだから」
途端にキョロキョロ目を泳がせるアルト。まるで悪だくみがバレてしまった子供のようだ。その態度が全てを物語っている。
「どうせ愛華に相談するついでに、食事に誘っちゃおうとか考えてるんでしょ」
「ち、違う、俺はただ日頃お世話になっている愛華さんにお返ししようと思っただけだぞ」
「酷いよ。ボクやシスというものがありながら」
ユイがヨヨヨと泣き真似をすると冴島が笑い出した。
「おやおや、坊やはこんな可愛い娘を侍らせておいて、愛華にまで手を出すつもりなのかい?」
「聞いてよ瀬奈、アルトったらボク達をさんざん弄んでおいて、次々と女の子を取っ替え引っ替えするんだよ」
「ちょっと待って、シスもユイも俺の恋人ってわけじゃないよね?」
とんでもない風評被害だ。こんな会話が愛華に伝わったらと思うとアルトは気が気じゃない。いや、それ以上にナミが回復したら間違いなく知られてしまうだろう。
「あんまり女の子を泣かせるんじゃないよ」
「冴島さん、俺はホントに何もしていませんから」
「どうだかねぇ」
冴島はニンマリと笑った。もっとも、冴島も本気にしているわけではない。だいたいこの様子を見たらアルトの方が尻に敷かれているのは一目瞭然だ。
ひとしきりアルトを
「話は変わるんだが、アンタら本当に三階層より下へは行っていないんだね?」
「それはもちろん」
「ボク達まだ許可が下りてないもんね」
実際、アルトもユイも三階層までしか足を踏み入れていない。それより下層はドローンに偵察させており、地形やモンスターなどのデータを集めている最中だ。
彼を知り己を知れば百戦あやうからずとは二千年以上前に生きた孫子の言葉である。それは今でも変わらない。軍のオペレーションとは古来より情報戦なのだ。軍人であるアルトは勇敢と無謀の違いを
「何か不審な点でも?」
「いや、坊やが持ち込んだ魔石なんだけどね、オークやゴブリンの上位種ばかりだろ?」
オークやゴブリン
「普通なら三階層で遭遇するはずはないんだよ」
冴島は難しい顔で腕を組む。
「これはいよいよかねぇ」
「何が?」
冴島が深刻そうに考え込む理由がアルトとユイには分からない。
「そこら辺の事情は窓口の方に情報が集まるから、愛華にでも聞いてみたらどうだい?」
「なるほど、そうしてみます」
アルトはむふっと笑いを漏らした。
「アルト、いま大義名分ができたって思ったでしょ?」
「ソンナコトナイデスヨ?」
何故こうも心が読まれる?
アルトは冷や汗を流した。
「愛華はあたしの親友なんだ。あんまり泣かすような真似はしないでおくれよ」
「私がどうかしたの?」
噂をすれば何とやら。ちょうど愛華が物流課へとやって来た。
「聞いてよ愛華、アルトったらボクとシスを弄ぶんだ」
「まあ、こんなに綺麗な子達を泣かせるなんてアルトさんって悪い人ですね」
ユイの戯言に愛華は驚いた風を装いながらくすくす笑った。
「ちょっと愛華さん、本気にしないでくださいね」
「分かっていますよ」
アルトとユイのじゃれあいはいつもの事である。愛華も真に受けてはいない。
「それで愛華、物流課まで何しに来たんだい?」
「今回は瀬奈じゃなくてアルトさんに会いに来たの」
「俺にですか?」
もしやデートの誘いだろうか、とはさすがにアルトも
分かってます。仕事の話ですよね。だいたい愛華さんは童顔の自分を弟みたいにしか思ってないし。勘違いなんてしてませんから。と心の中でアルトは滂沱の涙を流した。
「アルトさんに渡す物があって」
愛華はA4サイズの封筒をアルトに差し出した。
「これは?」
「先日シスさんが迷宮採取明細書と支払い書の不突合を指摘されまして、訂正した支払い書になります」
果たして仕事の話であった。
「それはお手数をおかけしまし――た!?」
ところが、愛華から手渡された封筒の下にメモ紙がしのばせてあるのにアルトは気がついた。
「それでは私はこれで」
ぺこりと綺麗に一礼した愛華はくるりと背を向けて、振り返ることなく出て行った。周囲からは業務連絡だけしに来たようにしか見えない。
だが、コソッと渡されたメモが、愛華に他意があるのを示している。
アルトはユイ達に気取られぬようメモにサッと目を通した。几帳面な字だ。何とも愛華らしい。
(よし!)
アルトは隠れて小さくガッツポーズした。
『次の土曜日、参軒茶屋駅のパンプキンタワー1階ロビーでお待ちしております』
それは紛れもなくデートのお誘いであった。