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第24話 宇宙軍士官は初デートに浮かれる


 ――参軒茶屋さんげんちゃや駅『パンプキンタワー』1階ロビー


 参軒茶屋は瀬田谷せたがや区の中でも特に知名度の高い商業地区である。都心にも近く、参軒茶屋駅周辺は特に盛えて人も多い。人気の住宅街も内包しており、著名人も多く住んでいる。その為、おしゃれな街、ファッショナブルな街として認知度が高い。


 そんな賑わいを見せる街の駅に直結しているオレンジ色のビルがパンプキンタワーである。商業、オフィス、ホール高層複合ビルで、参軒茶屋のシンボルとして都急電鉄ときゅうでんてつが建造した。


 このパンプキンタワー1階ロビーはデートの待ち合わせとして有名で、今も多くの男達が恋人を今か今かと待っている。


 そんな男達の中にアルトの姿もあった。一人である。いつも行動を共にしているユイとシスの姿が見当たらない。


 アルトは二人に黙って隠れ家の美鷹市民病院から抜け出してきたからだ。当然である。シスに知られれば嫉妬の嵐に遭うのは目に見えているし、ユイに知られたらいじられるだろう。


 だいたい、あの二人が黙ってアルト一人で行かせてくれるはずもない。絶対ついてくる。冗談ではない。せっかくのデートにAIドールほかのおんなを連れて行けるものか。


 この愛華とのデートミッションは絶対に成功させねばならないのだ。


 そんなアルトの本気度は彼の服装からも窺え知れる。


 ジーンズに白シャツ、その上から夏でも着れるアッシュグレーの薄手のジャケット。ほんの少しだけめかし込んでいる。この「ほんの少し」が重要だ。決して気張ってはいけない。あくまで自然体のコーデ。


 カジュアル過ぎずフォーマル過ぎず。その塩梅あんばい肝要キモ。なんせ相手は大人の女性。お子様と侮られぬよう余裕ある態度で臨まなければいけない。


「アルトさん!」


 可愛いらしく、それでいて凛とした声。振り返れば予想通りの愛らしい美女が手を振っていた。


「お待たせいたしました」

「いえ、俺も来たばかりですよ、愛華さん」


 アルトは努めて爽やかな笑顔を作った。返ってきた愛華の笑顔はとても美しい。だが、それ以上に可愛いとアルトは思った。


 改めてじっくり愛華を見る。


 ベージュのノースリーブワンピースが清楚感もあり嫌らしくなく愛らしい。露出している真っ白な肩がとても綺麗だ。長い黒髪は編み込んで花冠ヘアにしている。大人っぽい愛華を少し幼く見せているが、それがまた似合っていてグッド。薄く施した化粧も歳下のアルトを意識しているに違いない


 確実にめかし込んでいる。それも若作りしているのは童顔のアルトの為である事は間違いない。そうに違いない。絶対そうだ。ここは男なら愛華のコーデをきっちり褒めなければ。


「愛華さんはいつも綺麗ですが、私服姿は一段と可愛いのですね」

「えっ、あっ、ありがとうございます」


 愛華は顔を少し上気させて、恥ずかしそうに前髪を弄る。そんな仕草がまた萌える。やばい、可愛い過ぎる。これからのデートが楽しみ過ぎる。


 いやが上にもアルトの期待ボルテージが高まった。もうニヤニヤが止まらない。


「それじゃあ、揃ったようなので行きましょうか」

「はっ? 皆さん?」


 一瞬にしてアルトの笑顔が凍った。


「愛華さーん、お待たせしましたー」


 その声に振り返れば、愛華の部下の新人受付嬢、姫野美羽がやって来るところだった。ミニのキュロットとオフショルにポニーテールが可愛らしい。


 それだけだったらまだよかった。


「すまない、ちょっと電車が遅れちまってね」


 小柄な美羽と並ぶは背の高い美女、冴島瀬奈。長いくせっ毛を下ろし、Tシャツとジーンズのラフな格好。まあかっこいいのだが、美人がもったいない。


 うん、ここまではまだ許容範囲。


「マスター、お一人で先に出られてどうされたのですか?」


 次に現れた絶世の美女が問題だ。


 夏の陽射しを受けてきらめく銀色の髪、茹だるような暑さも凍らせるような無表情、アルトも良く知る人物。アリアドネ姉妹シスターズNo.6『シス』。


 本日はいつもと違って、白の大き目のシャツで右肩を露出させた黒のパンツスタイルの私服姿。あまりの美貌に周囲が息を呑んで見惚れている。


 確かにいつもと違って新鮮だ。はっきり言って眼福だ。だが、アルトはそれどころではない。


「プププッ、それは聞かないであげた方がいいよ」


 茶色のショートヘアをキャップで隠し、ショートパンツとふんわりした白のブラウスを着た活発そうな美少女。シスと同じアリアドネ姉妹シスターズNo.8『ユイ』。


 全ての事情を正確に把握している彼女は、無垢な少女の外見に似合わないどす黒い笑みをニタァっと浮かべた。


 恐ろしい小悪魔の存在にアルトは思考回路がショート寸前だ。


「ど、ど、どうして!?」

「はい?」


 再起動したアルトは向き直って愛華を問い詰めた。が、愛華は意味が分からずコテンと小首を傾げた。


「今日は二人だけで会うんじゃなかったんですか?」

「ええ、最初は私もそうしようかと思っていたのですが、どうせまた聞きになるなら自分達も一緒が良いとユイさんから申し出がありまして」


 つまり、もともとデートではなく、愛華は秘密裏にアルト達に話があったらしい。そんなこったろーとは思ってたよ。内心で強がりながらもアルトはがっくり膝をついて涙を流した。


「聞いておられなかったのですか?」


 不思議そうな愛華の様子にアルトは全てを悟った。


 ハメられた!!!


 誰になど言わずもがなだ。あいつしかいない。そう、いつもいつもアルトをいじって遊ぶあの茶髪の小悪魔だ。あいつこそが全ての元凶。


「くすくす、ご愁傷様♪」


 その茶髪の小悪魔がしゃがみ込んで項垂うなだれるアルトの肩をポンッと叩いた。顔を上げたアルトの目に映ったのは、にっこり笑うショートヘアの美少女。


 アイドル級に可愛い彼女のまぶしい笑顔に、男なら誰もが顔を赤くしてドキドキと胸を高鳴らせるだろう。


「ふふふ、ボクを出し抜けるとホンキで思ってた?」


 だが、アルトはこれっぽっちもトキめかない。


 何故なら、壮絶な捕食者が獲物を捕まえた時の笑顔にしか見えなかったから。

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