――『展望レストラン スカイパンプキン』
パンプキンタワー三十階にある某有名ホテルが出店しているリストランテである。
ディナーはドレスコード必須だが、ランチタイムはその限りではない。よっぽど酷くなければ服装は比較的ルーズである。
その為、お昼時は夜よりも若い恋人達や友人同士のグループが目立つ。今もそんな若者で店内が賑わっていた。
ただ、普段なら若い活力に溢れ
その原因となっているのはアルト達のグループだった。
愛華、美羽、瀬奈、シス、ユイと様々なタイプの美人ぞろいなのだから無理もない。映画かドラマのロケハンかと注目されていた。かなり目立っている。
そんな美女美少女に囲まれた唯一の男子アルトは遠い目をした。これで密談ができるのかと。
あゝ、男達の嫉妬の視線が痛い。彼らの憎しみで殺されそうだ。
「本日、アルトさん達にお越しいただいたのは、重要な情報をお伝えする為です」
そんな奇異な視線が集まる中、気にした風もなく愛華が要件を語り始めた。
「ミス愛華、このように人目を忍んで伝えなければならない
「はい、冒険者のみならず、迷宮省職員にもここでの話はオフレコでお願いします」
うん、これだけ目立って密談もないよな、シスも愛華もボケている。チラッとユイを見れば同じ感想を抱いたらしく苦笑いして頷いた。
心得たとばかりにユイはコソッと不可視の防音フィールドを形成する。これで会話は外へは漏れない。
《できれば『認識阻害フィールド』も張りたいんだが……》
《アルト、それは止めといた方が良いよ》
《だよなぁ》
――『認識阻害フィールド』
ひと言で表しているが、技術的には色々ある。
大別すれば二つ。
一つは偏光フィールド。明暗をつけたりや輪郭をぼやけさせたりして判別させにくくするもの。これに何となく意識を他へ逸らしたりするです電磁波を融合した装置もある。
もう一つは立体映像フィールド。これはフェイクの立体映像を周囲に展開して完全に個人の特定を防ぐものだ。
どちらにせよ今の様に注目を浴びている中で使用すれば、いきなり視界に変化をきたして大騒ぎだ。かえって怪しまれるというもの。
《諜報の連中はこんなケースでも使える機材を持ってるらしいんだけどなぁ》
《ボクら殴り込み専門の軍隊だよ。そんな特殊な物を求めないでよ》
アルト達は諜報機関に属しているわけではない。いかな未来の戦艦アリアドネでも、諜報関連にまで手が回らない。
《まあ、後の事はなるようにしかならないか》
《そだね》
無い物ねだりをしても仕方がない。アルトはこのまま話を進めることにした。
「それは俺達に明かしても大丈夫な内容なんですか?」
「本来なら問題となりますが、何分にもアルトさん達が深く関わっているものですから」
ふむ、とアルトは口に手を当てて考え込む。
アルトが瀬田谷ダンジョンを訪れてからまだ二週間と経っていない。その短い間で関与した事柄は三つ。
「それは毒島か十条、それとも下層のモンスターと遭遇した件ですか?」
このいずれかであろう、アルトはそう確信した。ところが、愛華は困ったように眉を寄せ少し言いにくそうにしており、アルトはおやっと首を捻った。違ったのだろうか?
「その……全部です」
「全部、ですか」
どうやら事態はアルトが思っていたより深刻なようだ。
「まずアルトさんが先日討伐したモンスターですが、それに遭遇したのは全て三階層なのですね?」
「ええ、全て三階層で倒しました」
「なるほど、ビーコンの記録とも矛盾しませんね」
アルトの返答に愛華は頷き、次いで愛華は一枚の書類を冴島に渡した。
「先日、瀬奈が鑑定してアルトさんに渡した明細書の写しだけど、内容に間違いはない?」
「オーク二十五、ゴブリン十九、ゴブリン
読み上げた数字は冴島の記憶と一致する。冴島の言質を取ると愛華は続けて書類をもう一枚差し出した。
「これは支払書のようだね。ゴブリンばかりが五十体かい」
冴島は受け取った書類にサッと目を通したが、これが何だと怪訝そうな目を愛華に向けた。
「それはシスさんが持ち込んだ支払書よ」
「はぁ!?」
つまり、その支払書は冴島が鑑定した明細書を元に作成されたものと言うことだ。
「何だいこれは? 私が計上したのとぜんぜん違うじゃないか」
「はい、それで愛華さんに相談させていただきました」
こくりと頷くシスは相変わらず無表情。金額にして十倍も少なく見積もられているのに憤慨した様子もない。
「まったくバカにするのも大概にしな」
代わりに冴島が顔を
「さすがにこれは単純なミスじゃありませんよね?」
「ええ、明らかに作為が感じられます」
この事態を重く見た愛華は服務規律違反の恐れもありながらアルト達にコンタクトを取ったのだ。
「アルトさん、ユイさん、そしてシスさん」
愛華が居住いを正すと、隣に座る美羽も慌てて背を伸ばした。
「この度はまことに申し訳ございませんでした」
愛華と美羽がアルト達に深々と頭を下げて謝罪する。それにアルトは少し困惑した。
「二人とも頭を上げてください。愛華さん達が悪いわけではないんですから」
「イエス、むしろ愛華さんにはいつも助けられております」
「そうそう、ボクらは愛華に感謝しているんだから」
アルト達の理性的な対応に愛華はほっと胸を撫で下ろした。この無法にアルト達が激怒してもおかしくなかった。
「それにしても、この処理をしたのはどこのアホウだい」
「この支払書を作ったのは会計課の持田よ」
「あの毒島の腰巾着かい」
以前、物流課にも毒島の息がかかった者がいると冴島は言っていたが、それ以外の部署にも傘下がいるらしい。
《俺は毒島って小物だとみくびっていたけど……》
どうやら瀬田谷ダンジョンにおいて毒島の影響力はアルトの想像以上に大きいようだ。
《思ってたより厄介な相手みたいだ》
《マスター、毒島を監視対象にされますか?》
《難しいな》
シスの提案は毒島にドローンを張り付けようというもの。しかし、ドローンの数にも限りがある。特に物資の不足しているアリアドネでは偵察任務にリソースを割けない。
現在、日本中のダンジョンにかなりの数のドローンを飛ばしている。これはアルト達が対エネミーを想定しているからだ。
《俺達が優先すべきはエネミーだ。嫌がらせを受けたからと、いちいち監視していたらドローンが幾らあっても足りない》
《だねぇ。毒島に従属してる職員や冒険者ってかなり多そうだし》
《了解しました。それでは毒島辰樹の監視レベルを1に設定します》
監視対象レベルは数字が大きい程、重要度が上がる。レベル1ならば対象者がアルト達に接触してきた段階で警戒するといったところだ。
《それくらいが妥当かな?》
《まっ、ボクらの敵はエネミーだし、毒島は愛華達の助力があれば対処できるっしょ》
《そう……ですね》
アルトとユイは毒島を取るに足りない相手とみなした。彼らにはエネミーというずっと厄介な強大な敵いるのだから当然である。しかし、毒島に対し楽観的な二人にシスだけは得も言えぬ胸騒ぎを覚えた。
実際、アルトは後々この判断を後悔することになる。