「にしたって、この
いったい何を考えているのかと冴島は呆れた。さすがにこれはすぐに露見するのは目に見えている。
「会計課へ苦情を申し立てたら、原因はシステムエラーでしたで済ませて『ごめんなさい』の一言もなかったのよ」
持田の横柄な態度を思い出し愛華は憤慨した。
「これは坊や達の反応を見たってとこかねぇ」
「多分ね」
あからさまに間違えた支払書を送付し、何も言ってこなければ黙ってアルト達からむしり取っていく。気がついてもなにくわぬ顔でミスでしたで済ませる。
「恐らく、次はもっと巧妙な手口で仕掛けてくると思うわ」
「嫌らしい手でくるねぇ」
この手の事務手続きは難解である。一般人には分かりにくい部分も少なくない。からめ手で攻められると冒険者のアルトには辛いだろうと愛華も冴島も顔を暗くした。
「問題ありません」
しかし、シスは事も無げに言い切った。
「私が全て精査して誤りを見つけてみせます」
自信に満ちた言葉。シスはいつもの無表情だが、彼女の性質がだんだん理解できてきたアルトとユイにはドヤ顔にしか見えない。ただ、愛華達の目にはシスがとても頼もしく映った。
「発見した不正は写しを取った後、ミス愛華もしくはミス美羽へお持ちすればよろしいでしょうか?」
「はい、それでお願い致します」
それからシスと愛華は会計課の持田への対策を話し合う。ここら辺の事務仕事に関しては、アルト達の中ではこの二人が適任だ。
「今は泳がせておいて証拠が揃ったら……」
「ええ、私の方で彼を告発します」
さすがに多数の不正を指摘されればミスでしたでは済まされない。最悪の場合、責任問題となって懲戒免職もあり得る。
「この件に毒島は関与しているのかねぇ?」
「多分ね」
ただ、確たる証拠もなく立証するのは難しい。今までも毒島は決して表には出ず、巧みに教唆して他人を操ってきた節がある。
それにしてもアルトは不思議でならない。
「毒島はどうしてそこまで俺を目の敵にするんですか?」
アルトとしては現地の者と事を構えるつもりは毛頭ない。目的はあくまでもアリアドネの修理と戦友の治療、そしてエネミーの駆除だ。
毒島にしたって同じ人類であり、軍人のアルトにしてみれば保護対象の民間人である。多少の
それなのに毒島はどうにもアルトを排斥しようと躍起になっているように思える。
「まあ確かに、甥っ子をとっちめられたからって理由にしちゃあ、行き過ぎな感はあるねぇ」
「そこは私も不思議なんですが、毒島課長がアルトさん達に含むところがあるのは間違いないようです」
愛華が目配せをすると美羽が頷いた。
「実は、毒島課長の件でアルトさん達に伝えなければいけない事があるんです」
アルトに向き直った美羽の顔はわずかに優れない。どうやらあまり芳しくない内容のようだ。
「アルトさんはジョリーロジャーズをご存知でしょうか?」
「ジョリーロジャーズ?」
どこかで聞いたような気がしたが、アルトは思い出せず口元に手を当て考え込んだ。
「マスター、以前もめた十条の『スカルドッグ隊』が属するクランです」
「ああ、そうだったそうだった」
十条が頼みとしていたバックの組織だったとアルトもようやく思い出した。
「ジョリーロジャーズは所属する冒険者は公式発表で三十パーティー三百五十人、非冒険者職員も含めると四百人を超える瀬田谷最大のクランです」
美羽の説明によると、十条のパーティーはちょうどクランの中堅に当たるらしい。ただし、現在は所属する高レベルパーティーが出払っており、中堅層が事実上のトップとなってしまった。
「そこで十条はクランを私物化してしまったのです」
「自分より強い奴がいないのを良いことに好き放題してたってわけか」
「はい、十条はクラン内でも煙たがられていました」
どうやら十条は全く人望が無かったらしい。
「ですが、十条は他の中堅パーティーの幾つかに甘い汁を吸わせ傘下にしてしまったのです」
「今のジョリーロジャーズの勢力図は十条よりってわけか」
「ところが、アルトさん達がスカルドッグ隊を潰した事で、その勢力図が塗り変わりつつあるんです」
今までは十条の求心力でまとまっていたが、もともと十条のシンパはロクな奴らではない。クラン内の爪弾き者なのだ。十条が居なくなってバラバラになって、他のメンバーから袋叩きにあっているのだろう。
アルトやユイにはその様子が手に取るよう分かる。
「それじゃ、もうボクらにちょっかいは掛けてこないんじゃない?」
「だな、そんな内輪揉めをしてたら余裕ないだろう」
どう考えても戦力をアルト達に割くのは明らかな愚策。ただでさえ劣勢なのに、勢力争いに何の益にもならないのだから。軍人のアルトは戦略的な常識にどうしても囚われてしまう。
「いえ、その逆です」
だが、人とは理屈や理論だけで動くのではない。ましてや相手は道理の通らないチンピラである。
「彼らはアルトさんのせいで窮地に立たされたのだと逆恨みして、どうやら報復を考えているようなのです」
「おいおい、マジかよ」
「そいつらバカなの?」
「全く非論理的です」
軍人のアルトやAIのユイやシスにすれば意味不明である。そんなアルト達に「あの連中がバカなのは否定しませんが……」と美羽は苦笑い。
「ただ、どうもそれだけじゃなくて、あいつら毒島に
「ミス美羽、その情報の確度はいか程なのでしょうか?」
「ほぼ確かな情報です」
聞けば美羽の友人がジョリーロジャーズに所属しており、そこからの内部告発らしい。
「私の友達が連中の話を盗ちょ……たまたま立ち聞きしたらしく、アルトさん達を襲撃しようとしているのは間違いなさそうです」
何やら不穏な単語も聞こえたが、とにかくアルト達が狙われているのは確かなようだ。もっとも、相手は十条の手下。アルトからすれば十条クラスのが百人いても脅威にもならない。
だが、そんな事情を知らない愛華の瞳が不安そうに揺れる。
「アルトさん、十条は半グレとの付き合いもあると聞きます。ダンジョン内だけではなく、外でも注意されてください」
「愛華さん、心配してくれてありがとう」
チャンスとばかりにアルトは愛華の手を取り、「不安に押し潰されそうでしたが、あなたのお陰で勇気が出ました」と爽やかスマイルで愛華に囁く。が、すかさず「ていっ!」とユイの手刀で繋いだ手を切り離された。
「大丈夫だよ愛華。ちゃーんと対策は取ってあるから」
「ユイの言う通りです。私どもにお任せください」
「ははは、まあ俺にはこんなに頼もしい仲間がいますから」
クスッと笑いアルトは片目をつむった。
余裕綽々で笑うユイ、いつも変わらぬ無表情のシス、そして飄々としていて頼もしいアルト。そんな彼らに愛華は不思議と胸を撫で下ろした。
一般的に考えれば
アルトはまだ冒険者なりたてのはずなのに、愛華の瞳にはとても頼りになる男性に映った。
「アルトさん、最後に一つお願いがあります」
だから、愛華は瀬田谷ダンジョンに迫る危機をアルトに打ち明ける決意をした。アルトなら何とかしてくれる、そんな期待が沸いてきたから。
「現在、瀬田谷ダンジョンには異変が起きています」
「例の俺が倒したモンスターの件ですね」
アルトはすぐに察した。
「はい、下層の強力なモンスターが上層に出現するのは異常事態なんです」
果たして愛華は頷いて肯定した。
「そして、我々はその原因について心当たりがあります」
「その原因とは?」
アルトの問うと、みなの視線が自然と愛華へと集まる。愛華はいったん目を閉じた。僅かな沈黙の時間が流れる。
だが、すぐに愛華は目を開けた。その瞳の強い光が宿っている。それは彼女の決意の露われ。これは本来なら外部へ漏らしてはならない情報だから。
「