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第27話 宇宙軍士官は冒険する


 ――瀬田谷ダンジョン四階層


 地下型アビスである瀬田谷ダンジョンは、下へ下へと迷宮が伸びている。一階層下るごとに魔粒子マノンの大気中濃度が高くなり、それと共にモンスターは凶悪なものになっていく。


 単純にモンスターの戦闘力が上がるだけではない。特殊な能力や武器を所持していたりやスキル、魔法を使用してくるものも現れる。それに、同時に出現する数も増えていくのだ。


 もちろん、モンスターの種類によっても違いはあるが、おおよそ階層数イコール最大同時出現数と考えて差し支えない。


「……のはずなんだけどなぁ」

「貰ったパンフレットにはそう説明があったね」


 オークの群れを前にしてアルトは乾いた笑いを浮かべた。


 ひい、ふう、みい……少なく見積もっても二十体はいる。明らかに異常な数だ。だが、それに対しユイはあっけらかんと答えた。


「今更じゃない?」

「まあ、そうなんだけどさ」


 アルト達は初戦から多数のモンスターを相手取ってきた。それが普通だったのだが、先日の愛華達の説明によると異常事態だったらしい。


「これが愛華さんが言う迷宮氾濫スタンピードってヤツの前触れなのか」


 ――迷宮氾濫


 ダンジョンから無数のモンスターが外へ溢れ出す現象。原因は分かっていないが、急激にダンジョン内のモンスターがイナゴの大群の如く増殖する。


 前兆として発生するモンスターの数が通常よりも多く、深層部のモンスターが表層で目撃されるようになる。


 迷宮氾濫を予見すると迷宮省は予防としてモンスターの間引きを行うのだが、それでも討伐スピードをリポップの方が上回り手に負えなくなるのだとか。あり程度は規模を抑えられても、最終的には迷宮氾濫は防げないと言う話だ。


「数だけじゃない」


 見ろよとアルトは群れの後方にいるオークを指差した。他の個体より一回り大きい。


「あれは上位種って奴じゃないのか?」


 明らかに他のオークより強烈なプレッシャーを周囲へ放っている。しかも、オークの武装は棍棒が主体なのに、その個体は剣を手にしているではないか。


「奴から強者のオーラが出ている」


 これは油断ならない敵だ。そう感じたのはオーク側も同様らしい。


 ジリジリとした緊迫の睨み合いが続く。先に動いた方が負ける、そんなピリピリした空気が場を支配した。喉がひりつくように渇く。


 たらり――


 アルトの頬を嫌な汗が流れた。


「そういうのはいいから、サクサク片付けちゃおうか」


 ユイの声が一触即発の緊張感をあっさり破った。


 ポイッ!


 同時にメカニカルな球体——光子手榴弾フォトングレネードがオークの群れの真っ只中に投げ込まれる。


 ピカッ!


 まばゆい光が辺りを支配する。それが収まり視界が戻った時には、ほとんどのオークは絶命、生き残りの数体も満身創痍となっていた。


 まさに瞬殺。


「もう、なに雰囲気だしてんのさ。四階層レベルのモンスターが百体同時に出たってボクらの敵じゃないでしょ」

「うーん、なんか身も蓋もないなぁ」


 あまりにあっさり片付いてしまい、アルトは何とも言えぬチベスナ顔になってしまった。


「だけど、一体ここより下層のがいたと思うけど?」


 アルトとユイのナノモニターに先程のオーク上位種の情報が投影された。ドローンによる情報収集は六階層まで終了しており、登録されたモンスターのステータス情報を閲覧できるようになている。


「どうやらこいつはハイオークらしいね」

「二つ下層のモンスターか」

「そんなの誤差の範囲でしょ」


 本当ににべもなし。


 シスの戦力比較によれば、アルト達は六層までのモンスターに手こずる事はないと既に判明している。


「この分だと七階層以下も大した事ないんじゃない?」

「油断は禁物だ」


 非我の戦力差を分析するのは戦闘における常識。たとえ敵が強大でも事前情報があれば容易に倒せるかもしれないし、その逆に未知の相手は格下でも思わぬ攻撃に足元を掬われるかもしれない。


 戦いとは水物である。単純な戦力だけで勝負がつくのはゲームの中だけの話。


「だけど、このままじゃ迷宮氾濫で被害が大きくなる可能性があるんでしょ?」

「愛華さんの話によるとそうらしいな」


 一週間前、参軒茶屋で愛華から聞かされた瀬田谷に迫る危機——迷宮氾濫スタンピード


 本来なら、多くの高レベル冒険者がいる瀬田谷ダンジョンでは問題にならない。


 昨年も発生したらしいが、事前にモンスターを間引いていたお陰で規模は小さなものだった。その為、迷宮門の前に敷いた防衛線で防ぎ切る事が可能だった。


 ところが、今はほぼ全ての高レベル冒険者が出払っている。下層モンスターを間引けず、氾濫時に張る防衛線の戦力も足りていない。


「だから、愛華さんはできるだけモンスターを間引いて欲しいってお願いしてきたんだろ」

「だったら、もっと下層に行った方が良いんじゃない?」

「それはそうなんだが……」


 アルトは躊躇ためらった。


 ユイの指摘は正しい。それは理解できる。しかし、四階層で六階層のハイオークが出現したように、下の五階層にはどうも七階層のモンスターがウロついているらしい。


 ロビーで五、六階層を活動の中心としている中堅冒険者パーティーが苦戦を強いられているとの報告があった。ドローンから送られてくるデータで裏付けは取れている。


「まだ七階層のモンスターの戦闘データが取れてないだろ」

「そこはさ、ボクらで採取すれば良いんだよ」


 危険すぎる。ユイの提案を却下しようとアルトは即断した。


 アルトは軍人であって冒険者ではない。戦闘は極力避け、不可避の場合はできるだけ安全マージンを取る。また、戦闘になっても退路は確保し、不利になれば戦闘データを持って速やかに撤退する。それが軍人のセオリーだ。無謀と勇敢を履き違えてはいけない。


「ボクらには偵察用ドローンがあるんだよ」


 だが、逆にユイはそれほどリスキーではないと判断した。


「五階層のモンスターを駆除してから、ゆっくり一体ずつ七階層のモンスターと戦うならリスクは低いんじゃないかな?」


 アルトはリアルタイムでダンジョン内の冒険者やモンスターの位置を把握できる。これは大きなアドバンテージだ。上手く利用すれば各個撃破も容易である。


 アルトのナノモニターにユイの立案した作戦が送られてきた。五階層のマップとモンスターや冒険者の位置情報から戦闘力まで詳細なデータが表示され、退路を確保しつつ着実にモンスターを討伐する手順が示されている。


「これなら無理だった時には退却するのも簡単でしょ」

「そう……だな」


 ユイの言葉にアルトの意思がぐらりと傾いた。なんでかんだとアルトも歯応えの無い敵に飽きていたのである。


「じゃあ決まりだね」

「ああ、五階層へ行ってみよう」


 やっぱりアルトも男の子。冒険したい気持ちは抑えられなかったのである。

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