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第2話 T社 1/700 ウォーターラインシリーズ 駆逐艦「吹雪」

「いらっしゃいませ」

笑顔を浮かべて、大きくもないが小さくもない、実にちょうどいい感じの大きさで声をかけられる。

店内は、それほど大きくはなく、壁には天井近くまで模型の箱が並んでいる。実に圧倒的だ。

入り口のすぐ傍にはカウンターがあり、そこにはここの店主なのかバイトなのかはわからないが女性がにこやかな笑顔を浮かべてたっていた。

カウンターはショーウィンドウみたいになっており、いろんなツールやアイテムが並んでおり、そのカウンターの横には塗料のコーナーかある。

有名どころのメーカーの瓶詰めの塗料がザーッと並ぶ様はなかなかすごいものだ。

そしてスプレー関係はその横に並べられている。

「初めてですよね?」

物珍しそうに店内を見ていた僕に女性が声をかけてくる。

「は、はい。看板が目に入って……」

「あ、あの前の壁につけてある看板ですか?」

「ええ。久しぶりにこの辺うろうろしてたら見つけて。なんか懐かしいなと……」

「懐かしい?以前ここに来られていたお客様ですか?」

少し首をかしげながら聞いてくる彼女。

大きな目には興味津々といった色が見える。

かなり好奇心が強いのかもしれない。

僕は慌ててそうではないことを伝える。

「いや、そういう意味ではなくて、中学生のころまでは結構作ってたんですけどそれ以降ご無沙汰だったんで……」

「ああ。そういう意味ですね」

納得したのかこくこくと顔を動かしている。

そしてなんか腕を組んで考え込んでいる。

しかし、なんか小動物的を連想させる動きでずっと見ていて飽きない人だ。

「そういえばお客様は昔どんなのを作っていたんですか?」

「どんなのって?」

「ジャンルです」

「ジャンル?」

聞き返すとえっへんと言う感じで説明を始める。

「まず大きく分けて、スケールモデルとキャラクターモデルとあるんです。スケールモデルと言うのは、実際に実在するものを模型にしたものです。戦車や戦艦、戦闘機や車。面白いところでは建築物、甲冑なんかもありますね。そうそう動物もこっちに含まれます。次にキャラクターモデルっていうのはゲームやアニメなんかに出てくる架空のものを模型にしたものです。もっとも、最近は、実在するものをアニメやゲームに出していますから、ごちゃごちゃになることもありますね。まぁ、でもキャラクターものは必ず原作のマンガやゲーム、アニメのタイトルが入ってますから、大丈夫だと思います。で、この2つをさらに分けていくと……」

そこまで一気に早口で説明して、彼女はハッとした表情になる。

「す、すみません。つい夢中になって……」

こっちは大人しそうな感じの彼女が身を乗り出すように説明しだした様子に圧倒されてしまっていた。

「あ、ああ。大丈夫だよ。そういえば、昔はそんなことは考えずに好きなものを作っていたな……」

「どんなのですか?」

小さな子供が少しワクワクしているような表情で聞いてくる様子に苦笑しつつ答える。

「そうだな。当時流行っていたアニメのやつとか、後は家の目の前が海で、空と海が大好きだったから飛行機と船をよく作っていたかな」

そんなことを話しつつ、昔の記憶が少しずつ戻ってくる。

ああ、そうだ……。そうだった。

「ウォーターラインシリーズが好きだったなぁ。第二次世界大戦のやつ中心に集めていたっけ……。空母なんかに別売りの艦載機セット買ってきて甲板いっぱいに塗装した艦載機並べたり……」

「いいですねぇ……。私もウォーターラインシリーズは大好きです。喫水線より上のディスプレモデルだからこそ、飾る時にかっこいいんですよね」

「そうそう。船底がついているやつは、飾る時に台が必要だけど、ウォーターラインシリーズなら青い紙を下に敷くだけで雰囲気違ってくるし…」

「そうなんですよね。そうだっ……」

そう言うと彼女はカウンターにおいてある雑誌を1冊開いてみせる。

そこにはリアルに作られた海の台座に波を立てて進む戦艦の姿があった。

「おおおっ。すごいっ……」

思わず引き込まれてしまいそうに見入ってしまう。

「今は昔と違ってこういう感じにするのもそんなに難しくないですよ。専用の材料とかもありますし……」

そう言って写真の次のページに載っている製作記事を見せる。

そこには簡単なディスプレイベースの作り方が書いてある。

確かに専用の資材とかがあるようだ。

昔では考えられないなぁ。

昔は手の入るもので一生懸命にやってたことを思い出す。

紙粘土で波を作ったりして水彩絵の具で色を塗ったりとか……。

やばい。なんかむずむずしてきた。

そう、心の奥に沈みこんでいた製作意欲ってやつを思い出してきたのだ。

今、どれだけ作れるかわからないけど、せっかくだし久々に作ってみるか……。

そんな気持ちになって彼女に聞く。

「ウォーターラインシリーズってどの辺にあります?」

僕の言葉に、嬉しそうな笑顔を浮かべると彼女はぴょんという感じてカウンターから出て「こっちですよ」とプラモデルが並ぶ一角に案内してくれる。

実に楽しそうだ。

棚には大体近い感じのサイズの箱がぎっしりと並んでおり、その隙間に一回り小さな箱のやつがきちんと並んでいる。

かなり丁寧に並べてあるのだろう。

サイズやメーカーによってきちんと分けられている様は並んでいるのを崩すのがもったいないと思わせるほどだ。

すーっとどんなのがあるのか上から順に見ていく。

戦艦、空母、重巡洋艦、軽巡洋艦、駆逐艦……。

それだけではない。補給艦やタグボートなんかの補助艦やクレーンやディスプレ用の港のセットなんかもある。

そんな中、一隻の駆逐艦の名前を見つけて思わず棚から出す。


『駆逐艦 吹雪』


思わず中を開けてみる。

懐かしいなぁ。昔作ったものとほとんど構成は変わらないようだ。

まぁ、古いキットだけにバリや歪み、ディテールの甘さなんかもあるが、何やら追加パーツがついている。

「ああ、T社の吹雪ですね。結構古いキットだけど、当時は部品点数が少なくて組みやすいキットって言うことで、手を入れれば入れるだけいい感じになるっておじいちゃんが言ってました。それに今のは追加でパーツがついてるからそっちを使うと作りやすいし見栄えがいいですよ」

横から覗き込むような感じで箱を確認するとそう説明してくれる。

ああ、追加の分はそういうことか……。

そういえば、当時僕もいろいろやってたっけ。

ランナーを火にあぶって伸ばしてアンテナなんかを補強したり、釣り糸で空中線を付けてみたり……。

久々に作るのはこれにしようかな。

古いだけに少し難易度高そうだけど……。

でも、昔を思い出して作りたい気持ちの方がとても強い。

そんなことを思いつつ、価格を確認する。


{メーカー希望価格1296円(税込)}


えっと、昔買った時は500円もしなかった気がするんだけど……。

思わず持ったまま固まってしまった。

彼女はその様子を苦笑して見ている。

「ウォーターラインシリーズはかなり定価の変動が激しいんです。この吹雪も出た当時は、確か200円くらいと聞いています」

それだけ物価が上がったということだろうか。

しかし、買ったときの3倍近い価格になっているとは思いもしなかった。

「まぁ、年月がすぎるとどうしても物価が上がりますし、プラスチックの材料の石油の値段も上がってますからね」

残念そうな顔で彼女がそう補足する。

確かにガソリン代もどんどん高くなっているしなぁ……。

仕方ないのかもしれない。

そう思ったが、以前のように気軽に数をそろえてみたいという気持ちもあったのでちと残念だ。

「どうしますか?」

覗き込むような感じで聞いてくる彼女に答える。

「これ買っていきます。後、ニッパーと接着剤、それに塗料と薄め液、それと……」

「筆も忘れちゃ駄目ですよ」

「あ、そうだった……。後必要なのはありますか?」

「そうですね。ヤスリとかあると便利ですよ」

「じゃあそれも……」

結構な出費だけど、まぁ、いいか。

そう思ってカウンターに向かう。

彼女は、「えーっと、これがいいかしら……」なんて感じで筆とかを見繕っている。

その様子は実に楽しそうだ。

その様子を見ながら、僕はまだ彼女の名前も知らないことを思い出した。

どうせなら店員さんとか呼ぶよりも名前で呼んでみたいと思ったからだ。

「すみません。よかったら名前を教えてもらえませんか?」

恐る恐る聞く僕に、きょとんとした表情で少し首をかしげた後、笑顔を浮かべて名前を教えてくれた。


「私は、星野つぐみ。ここ、星野模型店の店長してます。よろしくね」


まさか店長だとは思わなかった。

でも、あれだけの知識を持っているなら十分勤まるんじゃないかと思う。

だから僕は、「いい名前ですね。また来ますからよろしくお願いしますね、星野店長」と返事を返したのだった。

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