「へぇ、こっちにしたんですか……」
僕のスマホを覗き込みながら星野店長が呟くように言う。
「ま、まぁね」
僕はそう言いつつスマホを少し彼女の方に寄せた。
近すぎですよ、店長……。
思わずどきりとしてしまい、声が弾んでしまった。
まぁ、店長はスマホの画像に夢中のようなので気がついてないようだけど。
「てっきり、蛇の方にされるのかなと思ってたんですけど、予想外でした」
彼女はそう言うと整った顔のバランスを崩すような大きな黒縁眼鏡が下がったのか、すーっと左手で少し押し上げながら僕を見てにこりと笑った。
彼女の言う蛇の方とは、アメリカ海兵隊第323海兵戦闘飛行隊「デスラットラーズ」のパーソナルマークの事で、エンジンカウルの部分に大きな蛇が描かれている実にアメリカらしい機体だ。
その反面、僕が作ったのはアメリカ海軍第193戦闘飛行隊『ゴーストライダーズ』のもので、パーソナルマークもコックピットの下の部分に小さく死神が描かれている。
確かに、最初は『デスラットラーズ』の方にしょうとしていたんだけどね。
気がつくと、じーっと彼女の視線がこっちを見ている。
まるで僕の心の中を必死に見抜こうとするようだ。
あははは……。
仕方ないか。
誤魔化すのをやめて白状する事にした。
「実はね、失敗したんだ、蛇のやつのデカール張るのを……」
苦笑しつつ頭をかきながら白状する。
その言葉に、「あーなるほど……」と納得いった様な表情をする店長。
「確かに慣れてないと水転写はなかなか難しいですもんねぇ……」
その言葉にますます苦笑するしかない。
昔は簡単に出来ていたから余裕だとやってみたら、デカールがべろべろになるわ、破れてぼろぼろになるわで、慌ててネットで水転写デカールシールの張り方のレクチャーを見て、マークセッターとマークソフターを購入して何とかしたのである。
「昔は水転写デカールでこんなに苦労しなかったんだけどなぁ……」
「ああ、多分、大きさが違うからだと思います」
「大きさ?」
「だって、昔は1/100とか1/72とかを作っていたんですよね」
そう言われ、ああそうだったと思い出す。
確かにシールのサイズは全然違ってくる。
そんな事を思っていると、ガラガラとガラス戸が開く。
「いらっしやいませ」
店長が入り口の方に顔を向けて笑顔を浮かべる。
「よう、つぐみちゃん。また寄らせてもらったわ」
そこには無精ひげを生やした40代の男性が立っていた。
少し汚れたシャツと作業員が掃くようなボタンがいくつもあるズボンをはいている。
「おっ、何見てるんか?」
男性はずかずかと店内に入るとカウンターの近くまで来てスマホを覗き込む。
「ほほう。ハセガワのやつやな。面白い塗り方しとるな」
「ですよね」
店長が相槌を打つ。
そんなに変な塗り方だろうか。
それにぱっと見た目でどこのやつかわかるものだろうか。
不思議そうな表情をしていたのだろう。
男性が豪快に笑い手を出してきた。
「最近よく店に顔を出すようになったにーちゃんというのはお前か。よろしくな」
「はぁ……」
勢いに押されるようについついされるまま握手をしてしまう。
「俺は、南雲索也って言うんだ。先代の店長のころからの常連ってやつだよ」
そう言われ、僕も自己紹介をする。
そしてさっき気になることを言っていたのを思い出し、聞いてみる。
「さっと、面白い塗り方って言ってましたけど、変ですか?」
そう言われ、南雲さんと店長は互いの顔を見合わせる。
そして二人して笑い出す。
なんなんだよ、僕にはさっぱりわからない。
不服そうな表情が出ていたのだろう。
南雲さんが、「すまない」と謝りつつ説明してくれる。
「お前さん、筆塗りだよな」
「ええ。いろいろ理由があるのと、プラモ作り再開したばかりだし、また家の事情でエアブラシ使えないんで……」
「それは問題ない。俺の知り合いにも筆塗りだけのやつもいるからな」
そう言って、スマホに移っている写真をトントンと指差す。
「面白い塗り方っていうのはな、デカールを張った後、エナメル系の塗料を薄めてすーっと前から後ろに流れるように全体的に塗ったって所だ」
「わかるんですか?」
「ああ、デカールの部分とかみると一発だからな」
そう、その通りなのだ。
デカールを張ってみたはいいものの、あまりにも鮮やか過ぎて違和感を覚えてしまったのだ。だから、全体的な汚しをかねて空気の流れるラインにそって全体的に何度も何度も薄く溶いたエナメルの黒で塗っている。
「いい感じじゃないか。確かに出来はすごいとまではいかないが、実に楽しんで作ってあるのがわかるぞ」
南雲さんはそう言って笑っている。
「ありがとうございます」
「まぁ、プラモ作りに正解はないからな。作る人によっていろいろ変わってくる。まったく同じキットなのに、解釈やその人の感性で違ってくる。つまり個性が出るっていうのがプラモつくりの楽しみのうちの一つだからな」
南雲さんの話を店長は頷きながら聞いていたが、思い出したかのように奥に入ると1つの箱を持ってきた。
「そういえば、南雲さん、再販かかったから注文入れてたのが来てますよ」
「おおおっ、きたかっ」
南雲さんがうれしそうに箱を受け取る。
釣られるように思わず箱を覗き込む。
飛行機のキットらしいが、表紙はマンガなんかのカラーイラストっぽいやつだ。
どこかで見たような絵柄のイラストだ。
そして、『1/48 F-8 E クルセイダー sk専用機』と機体名が書かれている。
ああ、これは…。
「懐かしいですね。A-88の漫画のやつですか?」
「おおっ、わかるか?そうだ。A-88のやつでな、1回作ったんだがまた作りたくなってな。どうやら再販かかるみたいだから頼んでいたんだよ」
「ああ、昔、1/100で作った記憶があります」
「おおっ。それはT社のやつだろう?エンブレムアルミシールとフィギュアがついているやつ」
「そうそう。それです。なつかしいなぁ。でもサイズはこんなに大きくないはずだけど……」
僕の疑問に、店長がえっへんと言う感じで解説してくれる。
もちろん、少し早口だ。
「今、H社のクリエーターワークスシリーズで1/72と1/48で出してるんですよ。限定品なので、一度買い逃すと再販待ちってのは残念ですけどね」
「へぇ。そういや、H社って昔から飛行機系が強い印象だったけど、そこのメーカーが出してるってことは……」
「ええ、キットは、普通のスケールモデルのを使っていますね。だから、結構いい感じですよ」
僕は南雲さんが持っているキットをじっと見る。
そんな僕に、南雲さんはニヤリと笑った。
「欲しくてもこれは俺のだからな」
冗談なのだが、少し欲しいと思っていたのも事実なので少しすねてみせる。
南雲さんと店長が楽しそうに笑う。
それに釣られて僕も笑った。
そして、ある程度笑いが収まると、店長が裏から新しい箱を持ってくる。
「同じのはないんだけど、こっちのなんてどうです?」
その箱には
『1/48 J35Jドラケン SK専用機 』
と書かれている。主人公が乗る機体の1つだ。
本来なら絶対に塗られる事のない砂漠の迷彩塗装。そして、特徴的なダブルデルタの独特のシルエット。
なかなかかっこいい。
ひょいとこっちの箱をみた南雲さん。
「おっ、ドラケンか。そいつ作りやすくてなかなかいいキットだぞ」
どうやら作った事があるらしい。
「どうなさいますか?」
店長がどうするか聞いてくる。
どうせ、次に作るキットを探すつもりだったし、なんか無性に作りたくなってきた。
「買わないなら、俺が買うから無理するな」
なんて南雲さんが横から茶々を入れてくる。
「ご心配なく。買って帰りますから。南雲さんこそ、そっち買わないなら、両方とも僕が買って帰りますけど」
ニタリと笑い返してそう言う。
「バカ野郎っ。これは俺が頼んでたんだっ。渡すかよ」
思わず餓鬼の言い合いみたいになってしまう。
それが面白かったのだろう。
星野店長がくすくすと笑っている。
そして、南雲さんと互いに顔を見合ってどちらかともなく笑い出した。
ああ、こんな風に話せる模型仲間っていいなぁと思いながら、僕は今日の出会いにとても満足だった。