「あれ?」
思わず声が出た。
なぜなら予想外の場所で予想しない人を見つけたからだ。
場所は、大型スーパーのお菓子売り場。
そこの隅っこの方に座り込んでいる。
なんなんだ?
不思議に思いつつも近づいてみる。
どうやらなにやら下の棚を夢中になって吟味中らしく、僕が近づいたのにまったく気がついていない。
まるで子供みたいだな。
ふと、海で砂遊びに夢中になっている子供の姿とダブってしまう。
いやいや、20歳を超えた女性にそれは失礼か。
でもなぁ。
実に微笑ましいと言うか、かわいいと言うか。
まぁ、そんな事を思いつつともかく声をかける事にした。
「こんなところで何してるんですか?」
びくんっと身体が反応し、彼女が恐る恐るこっち側を向く。
「何やってるんですか、星野店長」
僕の顔を見た瞬間、ほっと吐息を吐き出す星野店長。
服装こそ普段お店で見ない少しおしゃれなものではあるが、相変わらずの黒縁眼鏡がいつもの彼女を演出している。
「なんだ。びっくりさせないでくださいよ」
そう言って店長は手の持ったものを籠に入れる。
「何探してたんですか?」
籠を覗き込むと食玩が入っている。
「あ、懐かしいですね。昔、戦車の小さいやつとかありましたよね」
そんな事を言ってみていたら、一つ気になるものが入っていた。
『1/72 塗装済み組み立てキットフルアクション彗星12型 <全3種類>』
思わず手にとって見てみる。
「へぇ、塗装してある組み立てキットかぁ。しかも食玩でこんなにきちんとしたのが出てるなんて……」
パッケージの裏には、ランナーに付いたままではあるがしっかりと塗装されたランナーの写真が写っていた。
「そうなんですよ。結構グレード高くていい出来なんですよ」
少し悔しそうな店長。
しかし、せっかくの整った顔立ちを悔しそうにしてみてもひっくり返すかのようなバランスの大きな黒縁眼鏡があるおかげでコメディのような雰囲気にしか見えてない。
かわいくて微笑ましいといったら失礼なのだろうか。
「あ、ガムも付いているんですね」
誤魔化すように言うと、ますます悔しそうな顔をする店長。
「そのガムのおかげで、うちに置けないんですよ、これ……」
そうなのだ。
一応、食玩は、このガムが入っている為に食品扱いになるため、取り扱うにはいろいろ面倒らしい。
そして、彼女としては、まさかこれだけのために面倒ごとをしたいかと言うとそういうわけではないらしい。
まぁ、悔しそうなのはいいんだけど、その表情と仕草が微笑ましくて困ってしまう。
そんな事を考えいたら、今度は店長が僕の籠を覗き込む。
「へぇ、いろいろ買い込んでるんですね」
まぁ、今日は生活必需品とかを中心に買い込んでるからいろいろ買っているように見えるらしい。
「あ、このコーヒーのパック、美味しいんですか?」
店長が愛飲しているレギュラーコーヒーのドリップパックを指差す。
「ああ、結構好みかな。いつもそれ買ってるんだ」
「へぇ……」
そう返事をした後、何を思いついたのかにこりと笑って立ち上がった。
「どこにあるのか教えてください。私も買って帰ります」
「あ、ああいいけど、口に合わないときは……」
そこまで言ったところで彼女はにこりと笑顔を浮かべてさらっと恐ろしい事をいう。
「その時は、店の大掃除と在庫チェックを手伝ってくださいね」
「えっと、表だけ?」
「いいえ。裏もです」
最近になって裏の方を見せてもらったのだが、裏は表の倍以上の商品が並んでいたりする。
あれ全部を掃除して、箱を綺麗に磨いて、さらに在庫チェックまでするとなると大変な時間と労力がかかるのは目に見えている。
だが待てよ。
裏を返せば、それだけの間、彼女と一緒の時間を過ごせるという事でもあるわけか……。
うーーん。
なんか、いいかもとか思ってしまった。
もっともそんな事を考える僕に関係なく彼女が僕の手を引っ張る。
「ささ、どこにありますか、それ」
「あ、うん。こっち……」
手をつかまれたままコーヒーコーナーに案内する。
「えっと、ここにあるよ」
「あ、本当だ。気が付かなかった」
そう言って僕から手を離すと同じパックをひょいと自分の籠に入れる。
「店長、いつもはどんなの飲んでるんですか?」
少し興味があったので聞いてみた。
しかし、彼女からの返事はなく、少し睨まれてしまう。
何か不味い事を聞いたのだろうか。
「えっと……」
理由を聞こうと口を開きかけると視線を横にずらして店長が口を開く。
「あの、ここはお店じゃないから、店長はやめてください」
少し頬が赤いのは気のせいだろうか。
「あっ、はい。ではなんとお呼びしたらいいんでしょう」
間抜けにもそんな事を聞いてしまう。
星野さんって呼べばいいじゃないか。
それはわかっていたが、なぜか口からそう出てしまった。
そんな僕の言葉に少し考え込んだ後、彼女は悪戯っ子のような笑顔で答える。
「プライベートの時は、名前で呼んでください」
「えっと……」
思わず言い及んでいると、「私の名前、忘れちゃいましたか?」と悲しそうな表情をこっちを見てくる。
そんな顔しないでくださいよ。
覚えてます。
ええ、覚えてますとも。
だから、慌てて答える。
「覚えていますよ、つぐみさんっ」
その言葉に、にこりと微笑むと「よろしい」と言ってつぐみさんは棚にあるコーヒーパックの1つを取って僕の籠に入れた。
「わたしがよく買うのはそれなんですよ」
僕は籠入ったパックを手にとってみる。
なかなか通好みの銘柄のようだ。
「さてと、次はどうしましょうか?」
つぐみさんが楽しそうに聞いてくる。
「そうですね……」
そう言いながら、僕はもう少し彼女と一緒に買い物を楽しむ事にしたのだった。