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第6話 T社 1/48 MMシリーズNo.88 自衛隊10式戦車

「おっ。お前さんか、最近ここに来るようになったにーちゃんってのは」

塗料を買いに店に入った時にかけられた第一声がそれである。

その後に、「いらっしゃいませ」といういつもの声がかけられたが、こころなしか少し元気がないような気がするのは気のせいだろうか。

そんな事を考えていると、カウンターの前に陣取っていた先に声をかけてきた三十代ぐらいの男性に店内に引きづりこまれてしまった。

「え?えっ?ええ?」

訳がわからずにただ流されるままにカウンターの前までつれてこられたがどういうことなのか説明して欲しい。

そんな事を思っていると、

「梶山さん、そんな強引は駄目です。いい加減にしないと怒りますよ」

珍しい怒りをにじませた感じの笑顔の店長。

ここに来てから始めてみる表情で、あれはなかなかレアな表情かもしれないと思ってしまった。

「いいじゃんかよ。お前さんも気にしてないよな。な」

責められていた男性──おそらく梶山と言う名前だろう──が、馴れ馴れしく僕の肩を叩く。

「はぁ……」

ついついそんな対応をしてしまう。

「ほれ見てみろ。にーちゃんは心が広いから気にしないとさ」

そんな僕の対応に気分よく言い切る梶山さん。

「嫌な事は嫌って言っていいんですよ」

心配そうな顔でそういう店長。

だが、そんな店長を見て「そんな訳ないよな。がははは」って梶山さんは笑っている。

「梶山さんは黙っててください。私は彼に聞いてるんです」

かなり怒っているのかいつもの笑顔がはがれかけている。

なんか怒らすと怖そう。

いや、それでもいつも見ない表情見れてうれしいんではあるんですけどね。

そんな店長の勢いに負けたのか、すねたような表情をする梶山さん。

しかし、彼もただでは負けないようで。

「なんだよ、最初に声かけそこなったからって怒るなよ」

なんて言っちゃう。

「ち、違いますっ。わたしはっ……」

あのー、店長、真っ赤になって言っても説得力が……。

まぁ、僕としては少しは好意があるとわかっただけでも十分収穫ありである。

梶山さん。グッジョブと心の中で言っておく。

だから、まぁ、この馴れ馴れしい男性の行為も許そうと思う。

「大丈夫ですよ、店長」

そう言って仲裁する事にした。

少し話をすると「まぁ、あなたがそう言うなら」ということで何とか鎮静化に成功する。

まぁ、騒ぎを起こしてた張本人がまったく自覚なくて怒りをよく抑えたって手でグッジョブなんてするものだから、思わずお前が言うなって言いたかったけれども。

それはさておき、欲しい塗料のいくつかをチョイスしてカウンターに持っていくと、今まで店内を物色していた梶山さんが近づいてきた。

「ほぉ、デザートイエローにフラットアース……。戦車でも作ってるのか?」

「いえ。戦闘機ですけど。この前、1/48のドラケン買ったんで……」

その言葉に、ぎょっとした顔をする梶山さん。

「戦車じゃないだと?!」

そのあまりの形相に思わず引いてしまう。

なんで戦車じゃないと駄目なんだ?

そう思っていると、ちょんちょんと店長が肩を指先で叩いて囁く。

「梶山さんは、戦車とか、装甲車とかの陸上のミリタリーメインで作る人なのよ」

その言葉に納得する。

ああ、自分の感覚で聞いてきたのか。

まぁ、やっぱり自分の感覚で聞いてしまうって事あるからなぁ。

でも、店長、顔が近いです。

まぁ、うれしいんだけど……。

ともかく、まずは支払いを済ませようとしたら、後ろから梶山さんに肩をがしっと掴まれた。

結構強い力だ。

思わずという感じで振り向く。

「あ、なんですか?今から支払いをするんですが……」

しかしその言葉は梶山さんの言葉にかき消される。

「君は戦車は作らないのかね?」

ずいっと顔を近づけて迫られる。

いや、中年の男にそんなに迫られても大変うれしくないので後ろに下がろうかと思ったが、後ろはカウンターで逃げられない。

なんとか身体をそらしつつ答える。

「そ、そういや、あまり作らないですね」

「そうかっ。ならっ……」

まるで某漫画の主人公のように加速装置でも付いているかのごとくある一角に行くとダッシュで戻ってくる。

その手には一つの箱があった。

黒い色がベース色の箱だ。

「1/48ならこれなんかどうだ?お勧めだ!!」

そう言って持ってきた黒い箱を渡してくるのでそれを受け取って箱を見る。


『T社 1/48 MMシリーズNo.88 自衛隊10式戦車』


その箱にはそう書いてあり、自衛隊に配備が始まった最新鋭の戦車のイラストが載っている。

「へぇ。もう出てるのか……」

普通にそう呟いて違和感を感じた。

あれ?!T社のミリタリーものって1/35がメインじゃなかったっけ?

昔、模型屋で見たときは、ほとんどが1/35だった記憶がある。

「これって……、1/48?」

「そうだ。1/48のやつだ。それなら、ドラケンと飾っても違和感ないだろう?」

確かに、同スケールなら違和感ないだろうけど、なんでこのスケールで出てるんだ?

だから思わず質問する。

「T社をはじめとする陸上のミリタリーものって1/35がメインなんじゃ……

その言葉を聞き、横で会計するのを待っていた店長が待ってましたとばかりに早口で解説を始めた。

「そうね。T社をはじめとする戦車なんかの陸上ミリタリーものは1/35が多いわね。でもね、1/35って昔は国際規格じゃなかったの。昔は、飛行機と同じで1/72とか1/48が国際規格だったの」

「へっ?1/35でいっぱい出てたじゃないか」

「まぁ、始めはT社の始めた規格だったの。電動モーターを使って動く戦車を作ったんだけど、そのサイズがちょうど1/35ぐらいだったので、その規格で発売。すると大ヒットしてね。それに気をよくしたT社はそのまま自分の規格のスケールでどんどん出していったのよ」

「ああ。だからなのか……」

思わず感心していると、店長のテンションがあがっていったのか、ますます饒舌に話し続ける。

「でね。それを見ていた他のメーカーも慌てて1/35の規格に次々と参加していったの。その結果、陸上のミリタリーもののメインは1/35ばかりになってしまったってわけ」

「へぇ。そういう流れがあるのか……。でも、これ、1/48だよ?」

「で、今まで1/35の自分の規格で儲かっていたT社だけど他のメーカーもどんどん参加しだした上に、1/35だと販売価格がどんどん高くなってしまってかなり厳しい状況になってしまったの。そこで、昔の国際規格の1/48にシフトして何とかしようとしているわけ」

そこまで説明すると、店長は「なぜ1/48をはじめたかと言う部分は、まぁ半分自分の考えだけどね」と付け加える。

その言葉に、梶山さんも「まぁそんなところだな」と合意する。

要は、売り上げが伸ばせなくなってしまったから新規開拓してやっていくという事だろう。

B社のGプラみたいに毎年のようにアニメやゲームなんかで新しいものが出るわけでもないし、スケールモデルだとどうしてもメジャーどころがある程度出るとマイナーなのは怖くて出しにくくなるよなぁ。

そういえば、模型販売をやめたりするメーカーも出てるしなぁ。

僕としては、模型製作を再会した以上、模型メーカーにはがんばって欲しいんだけど、慈善事業じゃないからなぁ。

本当、世の中、世知辛いよなぁ。

そんなことを思っていたら、梶山さんがにこりと笑う。

なんか嫌な笑いだ。

「買っていくよな?」

まるでそうするのが当たり前のように言ってくる。

あわてて、店長のほうを見ると、店長もニコニコしていらっしゃる。

くっ。なんていい笑顔なんだ。

わかりました。一緒に買って行きます。

まぁ、説明を聞いていて作ってみてもいいかもとまったく思わなかったわけではないし、違うジャンルを作ってみるのもいいかもしれない。

「ふう、わかりました。これも一緒に買って行きます……」

ため息を吐きつつ、観念してそう言うと、梶山さんが抱きついてきた。

「おおおっ。同士よっ」

やめろーっ。

本気で抵抗する。

中年男に抱きつかれる趣味はないっ!!

そんな様子をニコニコと笑顔で見ながら、「お買い上げありがとうございます」と言って店長は清算を始めた。

店長!止めてくださいっ!!

必死の形相で何とか訴えるも、店長は少し引きつったような笑顔で「仲が良くなったのはいいんですけど、ほどほどにしておいてくださいね」と言われてしまう。

勘弁してくれ!!

そんなわけで、今までプラモを積むなんてことはしたことがなかったが、初めて積んでしまったのだった。

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