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第8話 展示会に行こう その1

「お待たせしました」

僕はそう言って車を模型店の駐車場に止めると慌てて車から出た。

店長が店の外で待っていたからだ。

「いいえ。時間前ですから」

にこりと微笑んで少しずり落ちた大きな黒縁眼鏡を指で上に上げる。

普段の動きやすそうなジーパンやチノパン、それに飾りの付いていない上着という感じの服装と違い、今日はおしゃれな感じのジャケットとふわりという感じのすその広いスカートっていう組み合わせだ。小脇には小さなバックを持っている。

それに耳には控えめだがイヤリング。

今まで見たことのないおしゃれな感じでなかなか新鮮である。

じーっと僕が無言で見つめていたせいだろうか。

「え、えっと、変……ですか?」

自信なさそうにそういう店長。

やばい、無茶苦茶かわいい。

いや、そんな事を考えている暇はない。

慌てて僕は否定する。

こんなかわいい店長の姿を見せられてしまえば、ええ、しますとも。

「と、とんでもない。すごく似合ってます。すごく、すごくかわいいです」

すごくばっかり言ってるが、その僕の言葉に店長が少しほっとした表情を見せてくれたので良しとしょう。

「よかったーっ。変って言われたらどうしょうかと思いました」

そんな訳と言いかけて、そこで思い出す。

そういえば前回のスーパーであった時、名前で呼んでと言われてたっけ……。

今日はプライベートだからつぐみさんといったほうがいいだろうか。

そんな事を思いつつ、恐る恐る名前をつけて言う。

「そ、そんな訳ないじゃないですか。つ、つぐみさん、すごくいいです」

恥ずかしいのか、或いは名前で呼ばれたからなのか、或いは両方だからなのかはわからないが、かーっと顔を赤くするつぐみさん。

耳まで真っ赤だ。

多分、僕も真っ赤になってるんだろう。

しばらくお互い下を見て沈黙が流れる。

何やってるんだろう。

そうはわかっていても言葉を発することは出来ない。

しかし、それは二人とは別の声で破られた。

「何やってるんだかなぁ……。初めて付き合い始めた中学生のカップルじゃあるまいし」

その声に、ハッとなって声の方向を向く。

つぐみさんも声の方向を向いていた。

声あった方向は店の入口で、そこにはガラス戸を少し開けてこっちを呆れた表情で覗き込んでいる女の子がいる。

「もう、何言ってるのよ。美紀ちゃんっ!!彼と私はっ……」

真っ赤になって必死に否定しかけて言葉が途切れる。

つぐみさんの視線が女の子から僕に向かう。

よく考えてみれば僕とつぐみさんの関係って何なんだろう。

僕がそう思ってしまったのと同じように彼女も今そう思ってしまったに違いない。

だから、言葉なく互いに見詰め合ってしまう。

「えっと……」

「あの……」

ただ二人、言葉にならずに黙り込む。

はぁ……。

大きなため息が女の子の口から漏れる。

「いい加減、付き合っちゃえばいいのにさ。そんなにお互いに意識しあってるなら」

そう言い残して女の子は店内に戻っていく。

「え、えっと……」

そう言いかけるが今女の子が残した言葉が頭の中でぐるぐる回ってしまって言葉にならない。

彼女が僕を意識してくれている。

それはすごくうれしい事だ。

だけど、怖いとも思ってしまう。

不安だ。

僕よりもいい人がいたらどうしょう。

そんな事さえも考えてしまう。

いや、今はそんな事は考えずに、何か言わなきゃ……。

そう思うものの、何をしゃべっていいのか思いつかない。

まさに頭の中は真っ白だ。

そんな僕よりも早く回復したのは、つぐみさんの方だった。

「す、すみません、妹が余計な事を……」

そう言ってぺこりと頭を下げる。

「い、いや、だ、大丈夫です。あはははは……。そ、そうだ。ここにいつまでもいるわけにはいきませんから、車に乗って移動しませんか?」

「そ、そうですね。待ち合わせ時間ももう過ぎてるみたいだし……」

スマホを見てつぐみさんがそう言う。

「じゃあ、どうぞ乗ってください」

僕はそう言うと回り込んで愛車の助手席のドアを開けた。

「あ。すいません」

彼女はそう言って頭を下げると車に乗った。

ドアを閉めると僕も運転席の方に乗り込む。

「では、道案内お願いしていいですか?」

その僕の言葉に、つぐみさんはうれしそうに微笑んで返事をしてくれた。




大丈夫かな、あの二人はっ……。

店内に引っ込んだ後もガラス戸から二人の様子を伺う。

南雲さんや梶山さんからおねーちゃんがなんか一人のお客さんを意識しているみたいだって聞いた時は、嘘でしょう?って思ったけど……。

まさかあれほどとは思いもしなかった。

ガチガチじゃないの、あれはっ。

お店ではそんな感じはなかったんだけどなぁ。

そんな事を考えつつも、何でそうだったのかは思いつく。

多分、店内では、店長という仕事があるからそんな風にあまり見えなかったんだろう。

つまり、プライベートだとそういうのはなくなるからああなってしまうってわけか……。

うーーん。

少し考え込む。

しかし、どうしょうもないしなぁ。

でも、かわいい姉が彼氏が出来るかどうかの瀬戸際なんだ。

ここはしっかりサポートしてあげるしかあるまい。

よしっ。

まずは、電話電話っと。

確か、南雲さんの携帯電話の番号はっと。

「あ、もしもし、南雲さん?私、私よっ。えっ?俺俺詐欺ですって!!こんなかわいい声の詐欺師がいるかっ!」

そう言って、電話をかけて早々ぼけと突っ込みをかわす。

南雲さんとはそんな言葉を交わすぐらい親しい。

まぁ、父の友人で小さいころから遊んでもらっているし……。

おっと脱線しかけた。

「もう冗談はそれくらいにして、今二人出たわよ。しかし、あれ何?今時の中学生だってもっとマシだと思ったわよ。まぁ、初々しいって言えばかわいいんでしょうが、見てるこっちはねぇ……」

ため息が漏れる。電話の先からも同じようにため息が出てたから思いし同じに違いない。

「ともかく、南雲さん、後よろしくね。後、報告もよろしく!!」

そう言って通話を切る。

ふう……。

一応、手は打った。

後は姉の奮戦を祈るしかないな。

がんばれ、つぐねぇ!!




「すみません。小さい車で……」

「いえいえ。私、こういう車大好きですよ。かわいいし、何より維持費安いですし」

免許を持っていないのに、維持費が安いから好きだっていうのは、何なんだろうか。

いかんいかん。突っ込んだら怖そうだったので別の話題に変える。

「今日行くお店ってのはどんな感じのお店なんですか?」

「うふふ。個人でやってるお店なんですよ。あ、そこ右です」

「あ、はいっ」

「えーっと次を左にお願いします」

「了解です。なんか楽しみだなぁ」

「私も楽しみです」

なんかそういう感じでなんとなく道案内と少しの会話をしただけで気がつくと目的地に着いていた。

そこは古びた一軒家を改築した食堂っぽい感じのお店だ。

おしゃれと言うよりも今はなき昭和の香りがする店といった方がいいだろうか。

ともかくすごく味がある。

そして、入口の上には「お食事処浅海」と看板が付けられていた。

車を止めてドアを開け、店の方を見ているとつぐみさんも車から出て僕の方に回り込むと僕の手を引っ張る。

「ささっ。行きましょう」

「あ、はいっ、そうですね」

引っ張られるまま、僕は車に鍵をかけて二人で店内に入ったのだった。

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