目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第9話 展示会に行こう その2

入った瞬間、僕はその空間に圧倒された。

「うわーっ……」

口からそんな声が漏れてしまう。

そして僕の後ろにいたつぐみさんがくすくすと笑う。

してやったりといった顔だが、僕はそれを見ても何も言えなかった。というか言う事を忘れてしまっていた。

それほどにこの店の空間に圧倒されてしまっていたのだ。

壁と言う壁には、ガラス製のショーウィンドウのようなものが並び、そこにはいろんな模型が並んで飾られている。

多分、100個以上はあるだろうか。

また天井からは、電灯の間に、飛行機の模型が下げられており、各スケールごとにグループが出来ていた。

それは、まるで空中戦を表現するかのように、思い思いの角度を向いており、天井が白く塗られているため、まさに大空の雲間を飛んでいるようにも見える。

だから、カウンター席といくつもテーブルがあり、それに椅子が並んでいるのはまさに食堂と言う感じなのだが、飾られているものが違うだけでまったく食堂とは思えない空間になってしまっている。

「すごいっ。まるで模型店みたいだ……

その言葉はまんま僕の正直な感想だった。

ただ眺めるだけで足が止まってしまった僕の手を取ってつぐみさんがテーブルに連れて行く。

「ここでいいわよね」

そんなつぐみさんの言葉に頷くぐらいしかできず、僕はきょろきょろと周りを見渡しているばかりだ。

「さぁ、座って」

「ああ……」

生返事でそう返して椅子に座る。

すると「いらっしゃいませ」といって年配の女性がお冷を持ってきた。

周りを見渡しつつそれを受け取って口に運ぶ。

「どうすごいでしょ?」

つぐみさんがきょろきょろとしている僕を見て笑いながら聞いてくる。

「ああ。すごいね、ここ……。本当に飲食店とは思えないよ」

そこまで言ってふと思い出す。

前の話では、昼食に行く店はまだ行った事がないという話だったが、彼女はまるで実家にいるように寛いでいる。

まぁ、これだけ模型があれば、実家みたいなものかもしれないが、どうしても始めて来たという感じがしない。

だから、少し疑うように聞いてみる。

「つぐみさん……。ここ、来た事あるんじゃない?」

その言葉に、てへっと舌を出して笑う。

やっぱりだ。

彼女はここに来た事がある。

それも一回じゃない。

何回もある様子だ。

「ふふっ。驚かせたくて予定変更しましたっ。やっぱり生活に時々は刺激がないとね」

そう言うとにこりと笑ってお冷を口に運ぶ。

そのすました態度に、僕は苦笑を浮かべる。

やられた……。

でも、悔しいとは思わない。

僕のことを思ってやった事であり、十分に度肝を抜かれてしまった。

僕は両手を軽く上げて降参のポーズをする。

「参りました。本当に」

そして互いに顔を見合って笑う。

出かける時の少しギクシャクした感じはもうない。

本当なら僕が気をつけるべきだったのかもしれないが、彼女との始めてのデート(でいいんでよな)に緊張してて気が回ってなかった。

だから自然と口から感謝の言葉が出た。

「ありがとう」

そんな僕につぐみさんはにこりと笑顔を向けながら芝居かかった調子で「いえいえ」と返してくる。

そして二人でまた笑う。

実に楽しい。

「あの、お楽しみのところ申し訳ないんですが……」

なんか申し訳なさそうな表情でさっきお冷を持ってきた女性がメニューを渡す。

「あ、ああ、すみません」

そう言ってメニューを受け取ると、女性は「ご注文が決まりましたら、お呼びください」と言って離れていく。

その時にぼそりと「若いっていいわねぇ」なんて独り言を言ってちらりと見ていく。

多分、つぐみさんにも聞こえたんだろう。

彼女の顔が真っ赤になっている。

多分、僕もだ。

いかんいかん。

慌てて、メニューを開く。

「つ、つぐみさん、ここのお勧めって知ってます?」

なんとか雰囲気を変えようと聞いてみる。

「そうねぇ……」

少し考え込むつぐみさんだが彼女が答える前に後ろから答えが返ってきた。

「今日は、メンチカツがお勧めだぞ」

後ろを振り向くと、シェフ姿の五十~六十歳ぐらいの恰幅のいい男性が立っていた。

綺麗に整えられた白い髭を生やした優しそうな人で、実にシェフ姿が板についている感じだ。

「あっ。おじさん、お邪魔してます」

つぐみさんが立ち上がりぺこりと頭を下げる。

僕も慌てて立ち上がると頭を下げた。

苦笑しながら座るようにジェスチャーをすると男性はこっちに歩いてきた。

そして僕とつぐみさんを交互に見てニタリと笑う。

「なんだ?づくみちゃん、こっちの人が彼氏さんかな?」

その言葉に、つぐみさんは真っ赤になって焦ってあたふたしている。

「まだそういうわけじゃないけど……」

語尾が段々と小さくなり、視線が僕のほうを向く。

また出かける前の時と同じ事の繰り返しになってしまいそうな感じだった。

だから、今度はきちんと僕が関係をはっきりさせようと思う。

「まだ、友達です」

『まだ』と言う部分を少し強調して答える。

その言葉につぐみさんが、びっくりしたような表情をする。

今の意味がわかっただろうか。

多分、このシェフはわかったらしい。

楽しそうに笑うと、「がんばれよ」と言って僕の肩を叩く。

激励のつもりだろうか。

だから、僕は「はい」と返事を返す。

「よし、いい返事だ。注文は、メンチカツ定食でいいよな」

「はい。つぐみさんもそれでいいよね?」

こくんとうなづくつぐみさん。

「じゃあ、それを二つお願いします」

「わかった。すぐ持ってくるからな」

そう言うとシェフは厨房に戻っていった。

ふう……。

口から息を吐き出し、お冷を口に運ぶ。

そんな僕をつぐみさんはじーっと覗き込むように見ている。

「なにか不味かったかな?」

僕は少し不安になってそう聞き返すと、覗き込むのを止めてつぐみさんもお冷を口に運ぶ。

「ごめんなさいね、こんなんばっかりで……。迷惑でしょう?」

お冷を飲んでしまった後、そう言うつぐみさん。

申し訳なさそうな表情だが、そんな表情は見たくない。

だから

「迷惑なもんか。すごく光栄な役割だよ。つぐみさんの彼氏に間違えられるなんてね」

そう言ってにこりと笑う。

それで少し安心したのだろう。

ほっとした表情を浮かべて笑顔を見せてくれる。

そして、この店のことを話してくれた。

ここの店長、つまりさっきのシェフである間島俊樹さんは模型製作が趣味で、星野模型店の古くからの常連さんだったこと。

そして、元々料理を作るのが好きで、五十で仕事を辞めると調理師免許を取ってこのお店を始めたらしい。

その時に、他の店とは違う店にしたいという相談を先代の店長、つまりつぐみさんの祖父に相談したら趣味を生かしたらどうだって言われてこういう店にしたらしい。

確かに趣味を生かしたすごくいいお店だ。

多分、ここに来た人は誰でもこの店の事を忘れる事はないだろう。

それほどインパクトのあるお店だ。

そして、そういう風にしてみたらというアドバイスをしたつぐみさんの祖父もすごい人だと思う。

僕じゃとても思いつかないや、そんな事……。

そんな事を話していると、料理が運ばれてくる。

ごはんにメインの皿には、メンチカツが2枚、それにキャベツの千切りに、プチトマト。箸安めに漬物があり、後は汁物として具沢山の味噌汁が付いている。

なかなかのボリュームで、揚げたてなのかメンチカツの衣がじゅうじゅうと音を立てている。

これは大当たりといっていいレベルだ。

「おおっ、美味しそう」

「じゃあいただきましょうか」

「そうだね。いただきます」

そしてぼくとつぐみさんは少し早い昼食を始めたのだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?