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第10話 展示会に行こう その3

「ご馳走様でした。また来ます」

そう言って僕とつぐみさんはお店を出た。

本当はじっくりと話をして作品を見てみたかったが、僕らが食事を終えるころくらいからお客がどんどん入りだした。

結構、いろんな客層が来ているようだ。

展示してある作品に興味がある人や料理の味が気に入った人、つまり、いろんな魅力がこの店にはあるということなのだろう。

確かに料理はとても美味しかったし、なによりなかなかのボリュームだった。

ごはん3杯までおかわりOKとは思いもしなかった。

それも2杯目以降は、大盛りでとお願いするとどんぶりでくるもんだからもうお腹パンパンである。

つぐみさんも食事を楽しんでいたらしく、車に乗り込む間ニコニコとしていた。

「美味しかったですね。しかし、あれはボリュームあるなぁ」

そんな僕の言葉に、「まさかどんぶりで来るとは思いもしませんでしたね」と言ってつぐみさんはくすくすと笑う。

そして、すぐに言葉を続けた。

「でも、すごく気持ちいい食べっぷりでみてて面白かったです」

「えっと、面白かった?」

「ええ。まるでリスが一生懸命自分の身体ぐらいあるくるみをかじっているのを想像しました」

うーん。何といったらいいんだろうか。

返答に困る例えである。

そんな困ったような僕の表情に、「かわいかったですよ」とつぐみさんは付け加える。

しかし、大の男にかわいかったというのはどういうものだろうか…。

うーん……。

褒められていると取るべきか、愛玩動物のようだったと取るべきか、あるいは……。

少し僕が悩んでいると、「私の作る料理もこんなに気持ちよく食べてもらったら幸せかなって少し思っちゃいました」なんてぼそぼそとつぐみさんが独り言で呟く。

多分、聞こえないと思ったんだろうがちゃんと聞こえてしまってますよ。

なんかすごくうれしいなぁ。

でも、彼女は料理はどうなんだろうか。

なんかイメージわかないんですが。

そういえば、この前のスーパーであった時も籠の中には食玩とコーヒーとお菓子ぐらいしか入ってなかったような……。

ちなみにあのあと本屋に行って互いのお勧めの本を教えあったりしたりする。

そういえば、僕は車に乗り込んで思い出したことを確認する。

「そういえば、今度本を貸すって話してましたよね」

シートベルトを締めつつ彼女の方を見ると、彼女もシートベルトを締めながら少し考え込んでいる。

「あ、ああ。この前の話ですね。ぜひ貸してください。すごく興味があります」

「わかりました。今度は忘れないように持っていきますね」

そう言って、互いに顔を見合わせる。

どうやら彼女も忘れていたようだ。

多分、あの時は二人とも気持ちが高ぶってしまっていたようで、僕だけでなく、彼女の方も忘れてしまっていたらしい。

確かにあの時は、もうドキドキのしっぱなしだったからな。

いや、もちろん、今もなんだけどね。

そんな事を思いつつ、本の話をしながら僕らは展示会の会場に向かったのだった。


「ここですね」

市民体育館の会議室を貸しきって展示会はやっているらしい。

体育館の駐車場には結構の車が止まっており、家族連れや男性が多いものの、ちらちらと僕らのようなカップル(といってもいいよね)もいる。

「へぇ、以外と女性多いんだなぁ。模型製作ってどっちかというと男性の趣味って感じなんだけど……」

「最近はそうでもないですよ。女性のモデラーさんとかもいますし、うちにも女性のお客さん来てますよ」

その言葉に驚く。

僕が来た時には見かけたことがないんだけど……。

だから聞いてみる。

「お店で会った事ないですね、女性のお客さん」

そういった瞬間、つぐみさんの目つきが怖くなる。

整った顔のバランスを崩すためにつけているような大きな黒縁眼鏡の奥で怪しい光が光ったような気がした。

「い、いや。女性客目相手に店に行ってるわけじゃないから……」

そう言ったあと、「僕には店長だけいればいいから」と無意識のうちに呟く。

言ってしまってしまったとも思ったが、多分聞こえてないから問題ないかなと彼女の顔を見るとどうも聞こえたらしい。

一気につぐみさんの顔が真っ赤になる。

多分、僕もだ。

ああ、やってしまった。

せっかくいい雰囲気だったのに。

またお互いに固まってしまった。

何やってんだ、僕は……。

「えっと、私がいればいいんですか?」

恐る恐るそう聞いてくるつぐみさん。

その表情には、不安と期待、それに知りたいという気持ちがあふれ出していた。

大きな黒縁眼鏡の奥の瞳が僕を見上げている。

僕は、その瞳を見つつうなづく。

互いに視線を交わし、見詰め合う。

鼓動がより速く、激しくなっていくような感覚に襲われる。

息が苦しい。いや、息をするのを忘れそうになってしまう。

頭に地下のぼり、クラクラするような感覚。

つぐみさんも真っ赤になりながらもじっと僕の見つめている。

その視線は何かを求めているように感じた。

多分、彼女が待っている言葉がなんなのか、それがなんとなくわかってしまう。

そんな気になってしまう。

ごくりと唾を飲み込み、そして、僕は口を開く。

「僕は、つぐみさんがいればそれでいい……。だから、つぐみさん……」

しかし、僕の言葉はそこまでだった。

「よう、何やってんだ。会場はこっちだぞっ」

出入口から現れた梶山さんの空気を読まない大きな声が雰囲気をぶち壊した。

さっきまであったものがガラガラ崩れ落ちていくように感覚に襲われる。

一気に身体中の力が抜けた。

かなり身体が緊張し、無理に力が入っていたんだろう。

一気に力が抜けて下手したら座り込んでしまいそうになる。

多分、つぐみさんもそうなんだろう。

少し身体がふらついたので慌てて支える。

「あ、ごめんなさい」

彼女はそう言ってにこりと笑う。

「全部聞けなくて残念だけと、うれしいです」

彼女はそう耳元で囁くと、身体を離した。

「何やってんだよ。身体を寄せていちゃいちゃするなら他所でやれ!」

梶山さんがそう言いつつ近づいてきた。

どうやらさっきの雰囲気の事ではなく、彼女の身体を支えた事を言っているようだ。

いや、空気読んでくれないあなたのせいで雰囲気一気に飛んでしまったんですけどね。

どうしてくれるんですかっ。

そう思ったものの、さっき呟いた彼女の言葉があるからまあ良しとすべきだろうか。

それに今言って拒否されたら多分すぐには立ち直れないと思うし、この後の展示会が地獄に変わってしまう。

だから、言わなくてよかったのかもしれない。

「よう。早かったな」

そう言いながら入口から出てきたのは南雲さんで、あちゃー、あの馬鹿空気読めよって顔をしている。

多分、今のところを見ていたらしい。

うーん。なんなんだろう。

それはそれですごく恥ずかしいんだが……。

ともかくまだ時間はあるし、まぁいいか。

そう自分に言い聞かせると、彼女の手を握る。

「つぐみさん、行きましょうか」

僕の言葉に「はい」と言って彼女は笑顔を浮かべてくれる。

さぁ、展示会を楽しもう。



「おっ、今、いい雰囲気だぞ」

スマホで電話しつつ、入口近くのガラス窓から様子を伺う。

「ほほう。どんな感じなの、南雲さん」

「なんか、見詰め合ってだな。こう甘酸っぱいっていうのか、なんというか見てて恥ずかしくなるような空間を作り出しているぞ」

「うわーっ。はっ、そうだっ。動画とってよ、動画っ」

「ばかやろう。電話しつつ動画撮れるかっ」

「あ。そうだわね……。うーん、どうしょう……」

すると大きな声が響く。

「よう、何やってんだ。会場はこっちだぞっ」

梶山の声だ。

あのバカ野郎がっ、あの雰囲気がわからないとはっ。

あのアホっ、空気読めよっ。

そんな事を思いつつ、電話先の美紀に報告する。

「ああ、もう悩まなくていいぞ」

「へっ?」

「梶山のアホが空気読まずにぶち壊しやがった」

「がっでむっ。梶山さんっ、もし二人の仲がうまくいかなかったらぶち殺してやるからっ」

「おいおい。女の子がぶち殺すなんて言うなよ」

「いや、女の子だけじゃなくて世間一般には言っちゃ駄目だと思うよ」

自分が言っておきながらそう返してくる当たり、彼女には漫才の才能でもあるのかなと思ってしまった。

まぁいいか。

梶山がぶち壊したおかげで俺も出やすくなるしな。

「じゃあ、またなんかあったら連絡するよ」

「うんっ。リアルタイムじゃなくてもいいから、その代わり動画でお願いします」

「よし。わかった。任せろ」

「期待してます。ではっ」

そう言って電話は切れた。

さて、忙しくなるぞ。

そう思いつつ、俺は入口の方に向かったのだった。

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