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第11話 展示会に行こう その4

南雲さんや梶山さんに案内され、展示場で僕たちを待っていたのは二百点近くの模型やジオラマだった。

会議室二つを貸切り、そこにいくつものテーブルを並べ、その上に作品がずらり並んでいる。

そして入口でチケットを渡すと、矢印の指示に従って作品を見て行く。

各作品は、各種類やスケールに分かれて展示されているがどれも見ごたえのあるものばかりだ。

すべてがプロ級の作品ばかりではないが、それでも作り手の個性が生き生きしている。

うまいも下手もない。

それぞれが味のある作品となっていた。

僕とつぐみさんは、途中のコンビニで買ってきた差し入れの飲み物を南雲さんに渡すと、二人でゆっくりと見て回った。

作品には製作者と作品のタイトルが記入されたプレートが付けられ、どれがどの人の作品かわかるようになっている。

戦車の模型の中では、やはり梶山さんの作ったドイツ軍の88ミリ高射砲を使ったジオラマが光っていた。

泥にまみれた兵士達。煤や汚れがあるものの、部分部分は丁寧に磨かれているのだろう88ミリ高射砲。そしてそれらを纏め上げるためのベースには未開封の弾薬箱や砲弾。そして空薬きょうがいくつも転がり臨場感を出している。

さすが陸上兵器にこだわるだけあってリアルで見ごたえたっぷりだ。

そして、車、船と続いて、今度は航空機のコーナーになったときだった。

休憩を取ったのか南雲さんがこっちに来た。

「よう。今からか?」

「ええ。そうです。例のフォッケウルフがどうなったのか見せてもらいますね」

僕がそう言うと、南雲さんはニタリと笑った。

「おうよ。じっくりみるといい」

「ふふふっ。楽しみです」

僕の横にいたつぐみさんも楽しみらしく、ワクワクした表情だ。

「でも、他の作品もしっかり見てくれよな。みんながんばってるからな」

「もちろんです。実に個性的で、いい作品ばかりですよ」

そう返事をすると、矢印に従って見ていく。

飛行機のコーナーも他のコーナーと同じように1/200、1/144、1/100、1/72、1/48とスケールごとにまとめられており、進むにつれて段々と大型モデルになっていく。

そしてついに1/32のコーナーだ。

さすがに1/32クラスは出展している作品も少なく、全部で五点だったが、やはりその中でもダントツで光っていたのは南雲さんのフォッケウルフだ。

言葉にならない。

だが、なんか違和感を感じる。

南雲さんがキットを買って帰った後、僕は店長に頼んで同じキットを見せてもらったんだが、どちらかというと大きさの割には部品点数は少なく初心者にも作りやすい感じで、リベットのモールドもなくてあっさりした印象のキットだった。

しかし、今目の前にあるのは、リベットのモールドがびっしりと入り、ジュラルミン板の板の間の歪みや凹みが見られ、まさに実際に使用されていたような消耗感が漂っている。

また、汚れや塗装はげもリアルで、人が乗り込む際に足で踏む場所なんかは、完全に直下のジュラルミンが顔を出していた。

タイヤもどうやったらそうなるのかわからないくらいにゴムのように見えていたし、機体は重量感を感じさせる。

「すごい……」

自然とまた言葉が漏れる。

「そうですね……」

横で見ていたつぐみさんも言葉少なめだ。

その代わり、食い入るように見ているのがわかる。

しかし、そこで立ち止まってずっと見ているわけには行かない。

だから南雲さんの作品の次の作品に移る。

次の作品は、零式艦上戦闘機五十二型だ。

こっちの出来もかなり良かったが、また違う違和感を感じてしまう。

「あれ?」

それが口から漏れ、そんな僕の様子に気が付いたのだろう。

つぐみさんがこっちを見ている。

「どうしたんですか?」

「いや、出来がいいんだけど、違和感を感じてね」

僕の言葉に、彼女はにこりと笑う。

どうやら僕の違和感が何なのか気が付いたらしい。

だから、微笑みながら答えを言う。

「あまりにも綺麗過ぎるからって事ですね」

その通りなのだ。

南雲さんの作品が歪みや凹みなんかがある実に使用感や消耗感があふれているのに対して、こっちの零戦はパネル間もリベットもあまりにもぴったりしすぎで綺麗過ぎるほどだ。

多分、別々に見たらそこまで感じなかったに違いないが、二つが並ぶと両極端になってしまっている。

あまりにも綺麗過ぎて、リアルなほどのディティールと塗装があったとしても模型っぽさが強調されている感じだ。

「ふふっ。それはこっちの零戦はキットのままできちんと塗装はされていますがほとんど改造をしてないからなんです」

つぐみさんがそう説明してくれる。

「キットのままでここまで表現されているんだ。すごいな。南雲さんの使った元々のフォッケウルフのキットはどちらかと言うと、かなり省略されているって感じだったのに」

その僕の言葉につぐみさんがいつもの説明をしてくれる。

「それは、模型を出しているメーカーの志向が違うからなんだと思いますよ」

その言葉に僕は少し変な感じを受ける。

だって、スケールモデルっていうのは、実際にあるものを模型にするんだから、そんなに違いはないんじゃないかと思っていたからだ。

「今回の例を挙げるなら、フォッケウルフはH社で、こっちの零戦はT社ですね。H社はどちらかというと細かいところを省略したりして価格を抑えた初心者にもとっつきやすいモデルが多い気がします。そして、反対にT社は実物を購入してでも徹底的にそれに近づけるリアル思考の模型が多い傾向にありますね」

そう説明され、僕はお店で見た模型や今まで作ってきた作品のことを考える。

言われてみたらそうだよな。

同じ機種でも、価格的にはT社の方が高いし、部品点数もH社よりも多いものが多いようだ。

「なるほどねぇ……」

納得してそう言葉を漏らす。

「そういうのを製作メーカーの志向っていっていいと思います」

「なら、南雲さんはなんでT社の方を買わなかったんだろう。値段の安さにこだわったわけではないだろうし……」

そう言いつつ、キットを買っていった時のことを思い出す。

あの時、二人は何と言っていたんだっけ……。

確か、「へぇ……。かなり手を入れるつもりなんですね」って店長が言ってて、南雲さんは「まあな」って返事をしていた。

そこまで思い出し、なぜ南雲さんがH社のキットを買っていったのか理解した。

「そうか。自分でいろいろ手を入れることで、自分流のリアル感を出したかったのか……

その僕の言葉に、つぐみさんは「正解です」とニコニコ微笑んで言う。

確かにより自分らしくこだわりを持って作り上げるのなら完璧なまでに完成されたT社よりも手を入れやすいH社の方が向いている。

なるほど勉強になるなぁ。

ようは、自分のこだわりや製作方針によっていろいろチョイスしていけば、より自分らしさ、個性のある作品を作るのに役に立つという事なんだろう。

そんな事を思いつつ零戦の製作者の名前を確認する。

ふーん。

南雲秋穂さんっていうんだ。

へぇ、女性モデラーなんだ。

そこでふと思いつく。

南雲……。

南雲って。

まさかっ、もしかして……。

横のつぐみさんの顔を見る。

「つぐみさん、この作品、もしかして……」

僕の聞きたい事がわかったのだろう。

にこりと微笑むと頷く。

「ええ。南雲さんの奥さんの作品ですよ」

そして、今度は黙って僕らの後ろの方についてきていた南雲さんの方を向くとちょうど南雲さんと視線が合った。

どうやら僕らの会話を聞いていたようで、

「あ、そうだったな。家内を紹介してなかったな」

南雲さんはそう言うと、会場内を見渡し入口の案内所の方を指差した。

そこには二十後半くらいといった感じのセミロングの髪を左右に分けて背中に流したなかなか綺麗な感じの女性が立っている。

「あれだ」

「うっ。すごい美人じゃないですかっ。それに若いし……」

そう思わず呟くとつぐみさんが耳打ちする。

「彼女、今年で二十八歳位だったと思います。南雲さんにベタ惚れで、結婚して3年くらいになるけどもう周りが勘弁してくれって言うくらい熱々らしいですよ」

「つまり……、恋愛結婚?」

「そうらしいですよ。詳しくは知りませんけど……」

「うわー。でも年の差、10歳じゃすまないんじゃ……」

「すみませんね」

つぐみさんと頷きあうと南雲さんをじっと見る。

「な、なんだ?」

南雲さんが驚いたような表情で僕らを見た。

僕らは慌てて視線を流す。

「い、いえ、なんでもないです」

そう答えつつ、今度その辺の話をしっかり聞いてみたいとつぐみ

さんと頷きあうのだった。

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