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第12話 展示会に行こう その5

「楽しかったですね」

展示会の帰り道、車の中で僕とつぐみさんは今日のことをいろいろ話し合った。

特に、南雲さんの奥さんについては、かなり盛り上がった。

まぁ、南雲さんの年なら結婚はしているとは思ったけど、十歳以上年の差で、しかもあんな美人だとは思いもしなかった。

結局、時間がなくて直接会話する事はできなかったが、なに南雲さんから根掘り葉掘り聞き出そうという事で意見がまとまった。

そして、会話が落ち着いてそろそろお店に着くかなという時につぐみさんの口からぽろりと言葉が漏れる。

「ふう、結婚、か……」

気のせいだろうか。

その言葉には憧れている様な響きはなく、まるで疲れ切って後悔しているような感じに聞こえてしまう。

男にとって結婚は墓場への片道切符とか言われているが、普通の女性にとって結婚とは人生の中でもっとも華やかな一大イベントのはずだ。

彼女にとって結婚とは、憧れではないのだろうか。

うーん。わからない……。

でも、もしかしたら僕の気のせいかもしれないし、それにここで結婚の事をいろいろ聞いてもいいんだろうかと思ってしまう。

そう思い、口から出しかけた言葉を飲み込む。

そして、車は店の駐車場に着いた。

「ふう、着きましたよ」

僕が笑ってそう言うと、つぐみさんも笑いつつ「お疲れ様でした」なんて言ってくれる。

「いえいえ。今日はお付き合いしていただきありがとうございます」

すこし大げさな口調でそう言って、執事が主人にするように右手を胸に当てて頭を下げた。

くすくすくす……。

彼女は実に楽しそうに笑っている。

そして、少し頬を赤らめて小さな声で呟くように言った。

「私、あなたと一緒に行けてすごくうれしかった。迷惑じゃなかったらまたお願いしますね」

じーっと僕を上目使いに見る顔はすごくかわいいと思った。

その様子には、僕に対しての好意がすごく感じられた。

だから押さえ込んでいたものが胸の奥からあふれ出す。

それは展示会の駐車場で言いそびれてしまった言葉。

僕の望みだ。

しかし、いいのだろうか。

迷う。

迷って迷って迷う。

そして行き着いた結果は……。

人生なんて計算式のような正解なんてない。

迷うならやるべきだ。

それに、同じ後悔なら、やらなくて後悔するよりやってしまって後悔したほうがいい。

ずきりと心の古傷か痛む。

それはやらなくてすごく後悔した過去のこと。

今でもあの時やっていればという後悔が僕の心の重石となっている。

もうあんな事はごめんだ。

よし。

決めた。やるぞ。

僕は何回か深呼吸をした。

その様子に、つぐみさんはきょとんとした表情で見ている。

しかし、深呼吸が終わった後、僕がつぐみさんを真剣な表情で見つめた瞬間、大切な事を言おうとしているのがわかったのだろう。

ごくりと唾を飲み込み、じっと僕を見ている。

心臓が一気にオーバーヒートするかのように激しく動き、カーッと血が上っていく。

何度も何度も手を握り締めては緩めを繰り返す。

すーっと汗が流れる。

つぐみさん以外の視界に入るものがぼやけたような感覚になり、今僕の目にはつぐみさんだけしか映っていない。

言うぞ。

言うぞ。

口の中に溜まった唾を飲み込んで口を開く。

「つぐみさん。実は僕は……」

そこまで言って僕は気がつく。

つぐみさんの顔が真っ青になっている事を……。

まるで亡霊でも見るようにうつろな視線。唇がわなわなと振るえ、額には汗が流れる。

どう考えてもおかしい。

展示会の駐車場では、こんな感じにならなかったのに…。

思わずつぐみさんの肩を揺さぶる。

「つぐみさんっ、つぐみさんっ、どうしたの?」

そんな僕の言葉に、つぐみさんの口から言葉が漏れた。

「まさ……かず……さん」

それは知らない男の名前だ。

そして、僕は気がつく。

彼女の視線が、僕ではなく、僕の後ろ側に注がれている事を……。

僕が後ろを振り返ると、店の入口に一人の男が立っていた。

年は二十後半といったところだろうか。髪をオールバックのように後ろに流し、紺色のスーツを着こなしている。まるで青年実業家のようにも見える。そして、かなりのイケメンであり、女性なら思わず視線を向けてしまうほどだろう。

どういうことだ?

ぼくは混乱し、強くつぐみさんの肩を揺さぶる。

それでやっと我に返ったのだろう。

「あ、ありがとう。ごめんなさい……」

僕に止める暇も与えずに慌てて彼女は車から降り、その男の方に駆けていく。

その表情は、今まで僕が見たことのない食らいつくような必死さと焦りが見えた。

その様子に僕は悟った。

ああ、そういうことか……。

彼女にとって、僕よりも、彼の方が大事なんだと……。

そして、考えてみれば付き合っている人がいるかいないか聞いてなかった事を思い出す。

なんだ。

結局は僕の空回りだったのか。

あははは……。

乾いた笑いが自然と口から漏れた。

まただ。

また……。

そこで僕はもう考える事を止めた。

もう、どうでもいいか。

僕は車のキーを回して車を動かす。

何やら彼女がこっちの方を向いて言っているようだが、もうどうだっていい。

さっきまで目で追っていた対象を目に入らないようにする。

そうしなければ、どうにかなってしまいそうだ。

ココにいたくない。

さっさと離れたい。

心の中でそう囁くものがある。

その言葉は間違いなく僕の本心だろう。

僕は、何もかも振り切るようにその場を離れた。

心がすごく重かった。

思考を止めてしまいたかった。

何も考えたくなかった。

しかし、考えないようにしても残るものがある。

そう、たった一つの結果。

つまり、僕は振られてしまったという事だ。

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