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第13話 急変

「おい、あれはどうにかならないのかよ」

店内を見て回っていた南雲は店内の奥の方で掃除をしている女性に声をかける。

その女性、星野美紀は、カウンターで遠くを見つめるような感じでぼんやりとしている女性、つまり彼女の姉であるつぐみを見てため息を吐いた。

「ああ、あれは、ねぇ……。思いっきりガチで遭遇しちゃったからなぁ……」

遭遇と言う言葉にピンと来たのだろう。

南雲が美紀の耳元でぼそぼそと喋る。

「遭遇って……、もしかして、あれか、つぐみちゃんの許婚だったという例の男か?」

その言葉に美紀はこくんと頷き、またため息を吐いた。

あれはまさに最悪のタイミングだった。

そして、あの日からすでに十日が過ぎている。

前は、二~三日に一回は来ていたというのにあれ以来、一度も彼はお店に来ない。

ぼんやりしてそうな雰囲気だが察しのいい彼の事だ。

つぐみと男性の雰囲気から二人に何かあると察したに違いなかった。

美紀的には、許婚だった男より彼の方が何十倍も姉に相応しいと思っている。

しかし、運命の糸と言うものは細く、そして縺れやすいものだ。

そして、縺れた糸は解かなければそのまま縺れ続け、結局は切れてしまう。

そういうのを美紀は友人関係で何度か見てきている。

だから、そうなって欲しくない。

特に疲れ切って泣きながら男のところから逃げ出した姉の姿を知っているだけに余計にそう思う。

あんな光景は二度と見たくない。

大好きな姉がぼろぼろになっていく様は悪夢でしかない。

心配そうな表情でじっと姉を見る美紀を見て、南雲がふうっと息を吐き出した。

「しかたねぇな。美紀ちゃん。やつの連絡先はわかるか?」

その言葉に、美紀がびっくりした表情で南雲を見る。

「いいの?」

「だから言っただろう。仕方ねぇって。本当なら周りが動かないで本人同士でけじめをつけたほうがいいんだろうが、あの二人なら多分、そのまま終わっちまうぞ」

南雲のその言葉に、美紀も同意を示す。

あの二人は、あまりにも後ろ向き過ぎる部分があるように感じたからだ。

「わかった。南雲さん、お願いしていい?」

「もちろんだ。言った以上はしっかりやるぞ。でもさ、連絡先わかるのか?」

「一度、商品取り寄せをした事があるはずだからその伝票見たらスマホの電話番号ぐらいはわかるよ」

「よしわかった。後で知らせてくれ」

南雲はそう言うと美紀の頭をぽんぽんと軽く叩き、小脇に抱えたキットを持ってカウンターに向かう。

すぐそばまで来ても気がつかない店長の様子に、こりゃかなり重症だな、早めに何かしないと不味いぞと再度実感しながら声をかける。

「店長っ、会計をお願いするよ」

その声に、びくっと反応して慌てて笑顔を浮かべる店長。

しかし普段の自然と出た笑顔ではなく、まるで無理に浮かべているといった方がしっくりくる作り物の笑顔。

まるで能面のようだ。

そしてその面の後ろに隠されている苦痛の表情が透けて見えそうだと南雲は思った。

「あ、ごめんなさい、南雲さん。えっと、今日は何を探してるんですか?」

的外れな言葉に頭が痛くなる。

「いや、もう買うやつは決めたから会計をお願いするよ」

「あ、ああ。そうですね。ごめんなさい。えっと……」

キットを手に取り値段を確認する店長。

だがなんか様子がおかしい。

南雲が違和感を感じた瞬間、ぐらりと店長の身体が揺れたかと思うとカウンターに手を着き、そのまま力が抜けていくかのように膝が折れ、その場に座り込む。

そして後ろに倒れそうになったところをカウンターに回りこんだ南雲が慌てて支えた。

「美紀ちゃんっ、すぐ来てくれっ!」

その声に奥の方で清掃していた美紀が顔を真っ青にして駆けてくる。

「つぐねぇっ!!」

悲鳴に近い声が美紀の口から漏れた。

「すぐに救急車だっ。急げっ」

南雲の言葉におろおろしていた美紀だったが慌てて電話に飛びつく。

南雲は美紀が電話をかけている間、揺らさないように店長を抱きかかえて奥にある椅子に寝かしつける。

「おいっ、つぐみちゃんっ。大丈夫かっ」

何が原因かわからないため、身体をゆすったりは出来ない。

だから耳ともで声をかける。

息はしているようだが、声に対しての反応はない。

しかし、それでも声を何度もかけ続ける。

「つぐねぇの様子はっ……」

電話をかけ終わったのだろう。

美紀が真っ青の顔で店長の傍に駆けつけ、肩に手を乗せてゆすろうとする。

「待てっ。何が原因かわからないから身体はゆするな。それとしっかり息はしてるみたいだから、声をかけ続けろ」

南雲はそう言うと立ち上がって店の入口の方に移動する。

「どこ行くの?」

普通なら、南雲が彼女らを見捨てて帰ったりしないとわかっているはずなのだが、気が動転してしまっているのだろう。

美紀が不安そうな顔で南雲を見ている。

「大丈夫だ。救急車が来たら誘導するから店の前に出るだけだ。心配するな。どこにも行かないよ」

そう言って南雲の大きな手が美紀の頭を撫でる。

「うんっ。南雲さんお願いします」

美紀はそう言って頭を下げると姉に声をかけ続ける。

そして10分ほどが過ぎただろうか。

遠くから救急車のサイレンが近づいてくるのが聞こえてきた。

サイレンの音が店の前に止まると南雲と一緒に二人の救急隊員がタンカーと一緒に入ってくる。

「身内の方は?」

「私です……」

「なら一緒に救急車にお願いします」

そう言うと、身体をゆすらないようにギャッジアップ式のタンカーに店長を乗せて固定すると救急車に乗せ始める。

「南雲さん……」

おろおろしながら美紀が泣きそうな顔でじっと南雲を見ている。

「わかってる。店の事はこっちに任せろ。後、どういう状況かはもう説明してある。だから、美紀ちゃんはつぐみちゃんに付いてやってくれ。病院に着いたら連絡を頼むぞ。すぐにそっちに向かうからな」

そう言って南雲は美紀の頭を撫でて、救急車に乗り込ませる。

「うん。南雲さん、お願いね」

そして救急車は出発した。

姉妹二人を乗せて……。

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