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第14話 病院 その1

「ここは……」

目を開けると白いボードで構成された天井に蛍光灯。

ゆっくりと首を動かし周りを見回す。

白い布で区切りされた狭い空間。

どうやら私はベッドに寝ているようだ。

ベッドの左側にはスタンドがあって透明なプラスチックの袋に液体が入っており、それから伸びる管が私の左手へと続いている。

ああ、点滴ってことかな。

眼鏡がないためぼんやりとしか周りの様子はわからないものの、どうやら病室のようだ。

そこで自分に何が起こったのか思い出す。

確か南雲さんの会計をしょうとしていたら、くらりと眩暈がして……。

そっからは記憶にないが、おそらくそのまま病院に運ばれてしまったようだ。

まだ少しクラクラするものの、点滴のおかげか少し楽になったような気がする。

ゆっくりと身体を起こすとベッドの右横にあるサイドテーブルに私の眼鏡が置いてあるのを見つけた。

よっと、眼鏡、眼鏡っと……。

上半身を起こしたまま手を伸ばす。

しかし、ほんの少しだが距離が足りないようです。

うーん、届きません……。

仕方ないなぁ……。

そんな事を思いつつ、少し身体を動かしてベッドの中央から右側に寄って手を伸ばす。

あ、今度は届きそうです。

後もう少しで届く……。

そう思った瞬間だった。

「つぐねぇ、気が付いたのっ!!」

美紀ちゃんのいきなりの大きな声に、私はバランスを崩しそうになって慌ててサイドのベッド柵をしっかりと握りしめる。

「美紀ちゃん、いきなり大声は不味いと思うの。だってここ病院でしょう?」

その言葉を言い終わらないうちに美紀ちゃんが私に抱きついてきた。

「心配しんだよっ、つぐねぇ」

その様子から、かなり心配していたみたい。

でも、仕方ないとも思う。

「ごめんね、美紀ちゃん。心配させて……」

抱きついてきた美紀ちゃんを抱きしめて、頭を撫でつつそう謝罪の言葉を囁くと、「その通りだよっ」と美紀ちゃんが言い返す。

「本当に心配したんだからね。私を一人にしないでよ、おねぇちゃん」

そう言って私から離れた美紀ちゃんの顔は涙で濡れていた。


「なにっ?寝不足と食欲がなくてあまり食べてなかったら倒れたって事か?」

見舞いに来た南雲さんにリンゴを切ってもらって、それを食べながら説明すると呆れられた。

いや、そんなに呆れなくてもいいじゃない。

だって、ショックだったんだもの。

まさかあんなところで正和さんが来てるなんて思わなかったから……。

いいや、それは違う。

正和さんという許婚がいたってこと、そしてその許婚から逃げてきた事をあの人に知られたくなかった。

ただ、そういうことだ。

自分の暗い過去をあの人に知られるかもしれない。

それに恐怖し、怯え、私は慌てた。

だから、あの場を誤魔化そうとした。

正和さんとあの人を会わせない為に……。

しかし、その為に行った行動はあの人を傷つけてしまった。

あんなにも優しそうな笑顔のあの人が、あの時見せた表情。

悲しみと怒り、そして後悔。

それらが交じり合った歪んだ顔。

あんな顔をさせてしまった。

すーっと目から涙が流れた。

「な、何だ?どこか痛いのか?」

私がいきなり涙を流した事を勘違いしたのか南雲さんが慌てる。

「ううん。自分のふがいなさと情けなさを思い出して……」

南雲さんは慰めるようにぽんぽんと肩を叩く。

まるで父親のように。

「なに、誰だって失敗はあるんだ。気にするな」

「でもっ……」

私の中である感情が大きくなる。

今まで抑えていたもの。

それが何気ない南雲さんの慰めの言葉で一気に膨れ上がったような気がする。

そして、「なんとかなるって」という南雲さんの言葉で爆発した。

「南雲さんに何がわかるのっ。何が『何とかなる』って言うんですかっ。時間は戻せないんです。もう取り戻せないんです。だからっ、もう駄目よっ。駄目なのっ。私は彼を傷つけた。あんなにいい人を傷つけてしまったのっ。自分の過去を知られて嫌われたくないっ、自分の汚い部分を見せたくないって言う思いが、彼を、あの人を傷つけてしまったのっ。私はっ、私はっ……」

ぼたぼたと涙が出て眼鏡を濡らし、世界はぼやけて歪んでいく。

それが私の相応しい世界だと言わんばかりに……。

はあはあはあっ。

息が荒くなり、布団をぎゅっと握り締める。

ぶるぶると体が震え、身体中の筋肉が硬直したかのようだ。

そんな私の姿をじっと南雲さんは見つめている。

慰めるわけでもなく、非難するわけでもなく、ただ冷めた目でじっと……。

「なら、やり直せばいい」

その言葉に、私は反射的に答える。

「どうやり直せばいいのっ。それに、もう彼に会わす顔がないっ」

しかし、その言葉に南雲さんは苦笑を浮かべた。

「すまん、あいつに連絡したら、すっ飛んでくるってさ」

その言葉に思考が止まる。

「へ?!」

我ながら間抜けな声を上げたと思う。

「だから、ここに来るちょっと前にな、『つぐみちゃんが倒れた』って連絡入れたら、あいつ、泡吹いたように慌ててな。すぐに来るって」

南雲さんの予想外の言葉に私は言葉が出ない。

「な、な、な……」

なんて事をしてくれたんだろうか。

私は、私は……。

心がどろどろになっていく。

安心と不安、後悔と期待、いろんな感情が混ざり合って、今の自分がどんな感情に支配されているのがはっきりしなくなっていた。

どうすればいいの?

いや、私は、本当はどうしたいの?

完全に思考がぐるぐると空回りしてしまい、何も考えられない。

そして、フリーズしてしまっている私に南雲さんはとどめの一撃を発した。

「ほら、来たみたいだぞ」

その言葉に、私は我に返る。

ガラガラという戸を開く音。

そして、ばっと勢いよく開かれたカーテン。

そしてその先には、彼が荒い息をして立っていた。

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