「いらっしゃい」
私はそう声をかけた後、思わず「えっ?」と声を漏らした。
なぜなら、いつも一人で来る彼に連れ添いがいたからだ。
スポーツ刈りでがっちりとした体格だが、顔はどちらかというと優しげでニコニコしている感じの高校生だ。
なぜ、高校生だとわかったかは簡単である。近くにある高校の制服、俗に言う学ランを着ていたからだ。
「やぁ」
彼はそう言って店内をきょろきょろと見渡しながらこっちに来る。
「えっと、美紀ちゃんは?」
「えっ?!美紀ちゃんですか?美紀ちゃんなら短大ですけど……」
そう言った瞬間、彼についてきた学生君ががっくりとした。
それで私はピンときた。
ちょいちょいと彼を呼ぶと耳元で囁く。
「もしかして、美紀ちゃん狙いの子ですか?」
私の言葉に、彼は苦笑する。
「ああ。そうなんだよ。一人で店に入れないからって言われてね」
その言葉に私はくすくすと笑ってしまう。
多分、私に笑われているのがわかったんだろう。
学生服君が真っ赤になっている。
「つぐみさん、勘弁してあげて……」
彼が苦笑して助け舟を出す。
「ごめんなさいね。でも、美紀ちゃんの事をねぇ」
私はしみじみ彼の事を見る。
純情そうなスポーツ少年という印象だが、結構その印象のまんまかもしれない。
彼は緊張しているのか、真っ赤になりつつも私に頭を下げる。
「自分、間島徹といいます。えっと……」
何とか名前は言ったものの、後は何を言っていいのかわからなくなったらしい。
がちがちに緊張しているみたいで実に空回りが初々しい。
そんな彼を見てみいて、少し興味がわいてくる。
「ねぇ、美紀ちゃんのどこがいいの?」
「えっ、えっと、ですね」
しどろもどろな対応だが、意を決したのか目をつぶりはっきりと言う。
「一目ぼれですっ!!」
なんでも、困っていた老人に手を貸していたのを見かけたらしい。
その時の様子は、学生君いわく天使のようだったとの事。
まぁ、姉の私が言うのもなんだが、私と違って目立つ子ではある。
華があると言ったらいいだろう。
だから、姉の贔屓目で見たとしても彼みたいに一目ぼれしてもおかしくない。
しかし、今までその様な話は聞いた事もなかったなぁ。
まぁ、ずっと一緒にいるわけでもないし、妹の交友関係を詳しく知っているわけでもない。
だから、なんともいえないんだけどね。
ともかく、学生君としては美紀ちゃんの事をいろいろ知りたいらしい。
そして、よければ話でもして、最終的にはお付き合いをと考えているようだ。
だが言うべきだろうか。
私が迷っていると、彼が「実は……」と言って私のいない時に聞いた話をしてくれる。
「ああ、やっぱりねぇ」
その話を聞いて、無意識のうちに漏れたのはこの言葉だった。
美紀ちゃんは、実はかなりの甘えん坊なのだ。
だから、小さいころはお父さんっ子で、将来は父と結婚するとまで言い切っていたほどだ。
しかし、父は事故で亡くなってからはその反動が私にきたが、それはあくまでも一時的なものだと思っている。
だから、美紀ちゃんの男性の好みが年上と知ったとき、ピンときた。
ファーザーコンプレックスなのかもしれないなぁと…。
だから、出てしまったのだ。
「やっぱり?」
「ああ、あの子ね。お父さんっ子だったのよ。でも、父親を事故で亡くしてしまったから……」
私の言葉に、彼はまずい事を聞いたと思ったのか申し訳なさそうな表情になる。
「ああ、気にしないで。もう何年も前だからね」
そう言って学生君の方を見ると、学生君は燃えていた。
熱意のこもった眼差しを私に向けると「わかりましたっ。妹さんは僕ががんばって幸せにします」と言い切った。
おいおい。
一気にそこまで飛ぶ?
なんか暴走してない?
あきれ返る私。
「気が早すぎるぞ、まだ話も出来ていないのに……」
そう突っ込む彼。
なんというか、一途といえばかわいいが、言い換えれば、周りの見えていない勘違い野郎と言えなくもない。
今の時点では、私的には後者のイメージしかない。
さすがに、彼もこれはまずいと思ったのかまぁまぁと学生君を落ち着かせる。
「ともかくだ。今日は一旦帰りなさい。いつ帰ってくるかわかんないしさ」
そう言って店外に誘導する。
「そうですね。仕方ありません。また来ます」
学生君は、そう言って私達に頭を下げると店を出て行った。
「ふう」
二人して口からため息が漏れる。
「まさか、あんなだったとは……」
思わずそう口にする彼。
そして、慌てて私のほうを向くと頭を下げた。
「ごめん。ああいう人を連れてきてしまって……」
「いいえ。多分、あなたが連れてこなくてもいずれは来ていたと思います。気にしないで」
「でもなぁ。ストーカーにでもなったら……」
そう言われ、私は以前ふと思った事を思い出して苦笑する。
「そういえば、昔は相手を思って木陰から見守るって言う感じの歌や話がいっぱいありましたねぇ」
何が言いたいんだろうって顔をして彼が見ているのを確認し、私はにこりと笑って思った事を口にした。
「あれって、今で言うストーカー行為じゃないかしら?」
私の言葉に、想像したのだろう。
彼が大爆笑する。
そして、笑いながら言う。
「そ、そうだねっ。確かに、その通りだよ」
「だから、それを考えれば、あの学生君はかわいいうちだと思いますから気にしないで」
そこまで言われ、彼もさすがにもういいかと思ったのだろう。
降参といわんばかりに両手を軽く挙げて笑いながらなんとか「わかった」と言葉を返す。
ただ、一応念の為に注意しておくと言ってくれる。
私もそうしてくれると助かりますと言ってにこりと笑い返した。
しかし、美紀ちゃんに今日の事はどう話そうと思いながら。