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第29話 変わった老人 その1

「君かね、ここ最近話題になっているのは」

そう言って来たのは、白髪の老人だった。

白い髭に黒縁の眼鏡をかけた優しそうな人で、イメージ的には温和でいつもニコニコしている感じだ。

そんな老人にいきなり声をかけられてちょっと驚くも、視線の片隅でごめんなさいってジェスチャーしているつぐみさんの姿が入る。

古い常連さんだろうか。

なら彼女の顔を立てておこうと思い、微笑んで対応する事にした。

「ええっと、どういう風に話題になっているのかはわかりませんけど、ここのお店に最近来始めたは事実です」

「なんでも、南雲と梶山の坊主達を感心させるものを作ったそうじゃないか」

それを聞き、ますますここの古い常連さんだという確信が強くなる。

南雲さんや梶山さんを坊主扱いできる人なんて見たことも聞いた事もない。

また年齢から察するにこの店の開店からのお客さんかもしれない。

「ああ、1/48の烈風の件ですか?」

「何?あの烈風を使ってやったのか?」

あの烈風がどの烈風かは知らないが、1/48は他に烈風は出てないはずだから、FM社ので間違いないだろう。

「FM社のやつですよね?」

「そうかっ。あの野郎どもめっ。わしが以前やった事をそのままやりおったな」

少し悔しそうな顔をする老人。

どうやら、あの烈風を使った試験というのは、この老人が始めたのが最初らしい。

「まぁ、いいわ。で、どうだった?」

そう聞かれて考える。

確かに大変ではあったが、あれこれ考えて楽しかった。

だから素直に「楽しかったです」と答えた。

すると老人も笑顔を浮かべる。

「そうかそうか、楽しかったかっ。ふむふむ……」

そして途中から考え込むとしばらく沈黙があたりを包み込む。

どうしたらいいか迷っていたが、南雲さん達の知り合いならいいかと思い「写真でよければ見ますか?」と言ってしまう。

「なにっ。写真があるのかっ。すまんが見せてくれないか!!」

まるで餌に勢いよくかぶりつく鮫のように迫る勢いで答えが返ってきた。

それに圧倒されつつも、「は、はい」と返事をしてスマホから、烈風の写真を表示してみせる。

「ふむ。スマホか。ほほう、拡大までできるのか。どれどれ、なるほど……」

何やらぶつぶついいながらも老人は拡大縮小を使ってじっくりと写真を食い入るように見る。

その様子に、この人も模型製作が好きなんだなと実感してしまう。

「ふむ。これはあれかな、もし烈風がもっと早く完成したらってシュチュエーションで作ったのかね?」

どんぴしゃに当てられて僕は驚く。

「その通りです。よくわかりましたね」

「なぁに、塗装が零戦の後期の塗装パターンだしな。それにこの使用感と痛み具合は実戦で何回か使用されたと言う感じだし……」

そこで一旦言葉を止め、写真を拡大しながら翼の部分を指差す。

「なによりいいのは、この日焼け感だ。日焼けして色あせているって感じが実にいい。ただ……」

老人の顔が少し曇り、右手が上に上がって握り締めた拳の人指し指部分が唇に当たる。

「フィギュアがあればもっと臨場感や雰囲気が出せたはずだ。実にもったいない」

その言葉に、僕は写真にフィギュアがある場面を想像する。

整備士、パイロット、観測員……。

それらのいくつかのフィギュアがあるだけでがらりと良さは倍増するだろう。

だから、僕は素直に頷く。

「そうですね。確かにその通りだと思います」

僕の言葉に、老人はニタリと笑い、「わかってるじゃないか、若いの」と言ってバンバンと背中を叩く。

老人の癖してかなり力は強いらしく、かなり痛い。

ここの模型店の常連は、褒める時、背中を叩くのが当たり前なんだろうかとか思ってしまう。

だが、それでも褒められたのはうれしい。

「あ、ありがとうございます」

素直にお礼を言う。

すると眼鏡の奥の目が光ったような気がした。

職人のような目だった。

「では、なぜフィギュアを付けようとは思わなかった?」

いきなり今度はそう聞かれて言葉が出ない。

しばらく考え続ける。

そして、よく考えてみて自分なりの答えが出た。

「多分、僕はフィギュアを塗るのが苦手なんだと思います。だから、そこまで考えがいかなかった」

僕の答えに、老人は頷くと「今時間はあるか?」と言ってくる。

「ええ。まぁ、1時間程度なら……」

そう言うと、がしっと手を掴まれて引っ張られた。

かなり強い力だ。

「店長、作業室を借りるぞ」

老人はそう言って、僕を引きずるように作業室に入る。

もちろん、僕も入るしかないわけで。

「よし。特訓してやろう。ここで1時間練習だ」

「しかし、道具も塗料も、それに特訓するモノもないんじゃ……」

そう言いかけた僕に、老人はどこから取り出したのかバッグを作業室で広げる。

いろんな道具がきちんと収納された箱や塗料なとがぎっしりと詰まっていた。

「この筆を使え。塗料はこれとこれだ」

次々と道具と塗料が用意される。

そして、最後に出されたのは、練習するためのフィギュア。

『T社 1/48 WWⅡジェネラルセット』

第二次世界大戦の有名な将軍を集めてセットにしたものだ。

「でも……」

「でもはいい。金も気にするな。わしが教えたくて教えてるんだからな」

老人はそう言うと、僕を座らせると、さぁやれと急かし始めた。

本当は、次の買うキットを探すついでにつぐみさんと話でもと思ったが、まぁ仕方ない。

こうなったら、この老人に付き合うか。

僕はそう腹をくくるとキットを開けたのだった。


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