変わった老人に付き合い、フィギュアの塗装練習をしていたんだけど、気が付くとあっという間に1時間がたっていた。
僕の作業が一段落したのを確認し、老人は「今日はそこまでだな」と言って作業を終わらせる。
「ふう……」
結構気合入れてやってたせいか、終わった瞬間に無意識のうちに息を吐き出していた。
「なかなかスジがいいぞ。気に入った」
老人は道具なんかを片付けながらそう言うと、「次はいつ来るんだ?」と聞いてくる。
よく考えてみたら次に作る模型も決めてないし、なによりつぐみさんに会いたいから「また明日にでも来ます」と答える。
その言葉に老人は喜び、「じゃあこの続きをやろう」と言い出した。
確かにすごく勉強にはなったし、面白い一時間だったが、目的が達成できていないのは勘弁して欲しいところだったから条件をつけることにした。
本来の目的が疎かでは意味がないですしね。
「もちろんと言いたいところですが、家で作るためのキットを選ぶ時間はください。その後だったら、今日みたいに一時間程度ならお付き合いできます」
カウンターの方をちらりと見る。ああ、作業に夢中だったから忘れていたけどつぐみさんと今日はあまり話してない…。
老人は、カウンターをちらりと見た僕を見て苦笑した。
多分、僕の考えた事は筒抜けだったに違いない。
「まぁ、いいだろう。それにしても、今日も家でも作るつもりなのか?」
その言葉に僕は頷く。
最近は10分程度の短時間でも毎日模型製作しているのが当たり前になっている。
だから、当たり前のように言う。
「ええ。短時間しか触れない時が多いですけど、毎日チョコチョコやってますよ」
僕の言葉に満足したのだろう。
実にうれしそうに老人は目を細める。
「わかった。その後ならいいんだな?」
「もちろんです。すごく面白かったからまたよろしくお願いします」
そう言って頭を下げる。
「い、いや、わしが好きでやってるんだ。そんなに頭を下げないでくれ」
照れたのか、頭をかきながら老人はそう言った。
「わかりました。じゃあ、明日も今の時間帯に」
「おう待っているぞ」
そう言って、カウンターにいるつぐみさんに頭を下げると店を出た。
つぐみさんとあまり話は出来なかったが、送り出す時のつぐみさんはすごくうれしそうだった。
それに充実した一時間だった。
厳しい指導と言ったほうがいいかもしれないが、それでも模型に対しての愛情と僕のためという思いが感じられる。
だからこその充実感だった。
これで一気に技術が上がるわけではない。
今日教えてもらった事。
指導された事を何回もやって身につけないとな。
そう思いつつ、車のハンドルを握ったのだった。
「どう?」
伺うような視線でつぐみはそう老人に話しかける。
そのつぐみの表情と言葉に老人は面白いものを見たといわんばかりの笑顔を浮かべた。
「ふむふむ。何についてかな?」
「わかってるくせに」
つぐみは拗ねた様な表情を見せる。
「すまんすまん。お前のそんな表情を見れてうれしいからな。ついついな」
その言葉に悪意はない。
あるのは、優しさだけだ。
「もう。おじいちゃんはいつもそうなんだから」
ため息を吐き出すとつぐみはカウンターに上半身を載せてだらけてみせる。
「ははは。ごめんごめん。そうだねぇ。模型の腕は並ってところか。まぁ、スジは悪くないし、何より本人が楽しんでいるからこれからぐんと伸びる可能性は高いと思うがな。それでもプロになれるかというとかなり難しいと言ったところか。あと、それと……」
そこで一旦言葉を切るとニタリと口角を上げて話を続ける。
「つぐみの彼氏としては、合格だ。それにしてもいい男を捕まえたな。以前のだれだっか、あの元許婚の……」
「四頭正和さん」
「ああ、あの四頭のせがれに比べたら、雲泥の差で彼のほうがいい。確かに金や環境なら、四頭のせがれの方が上かもしれんが、人間的には彼の方がはるかに上だ」
そう言って、思い出したように付け加える。
「こんな見知らぬ老いぼれに好きな相手の前とはいえ、いろいろ言われつつも真剣に付き合うくらいだからな」
好きな相手と言われ、つぐみの頬が赤くなる。
「まだ、正式には告白は……」
「なにを言ってる。南雲の坊主や美紀からいろいろ聞いているぞ。お前からとはいえキスまでしたそうじゃないか」
『お前からとはいえキスまでした』という言葉に、つぐみは耳まで真っ赤になる。
多分、寒い部屋にいたなら、顔からのぼる湯気が見えたかもしれない。
「お、おじいちゃんまで知ってるし~っ」
涙目でそう訴えるも、笑って誤魔化されてしまう。
「ずるいっ。いつも笑って誤魔化すっ」
そう言いつつもつぐみも苦笑するしかない。
「でも、いつきちんと彼に正体をばらすの?」
そうなのだ。
老人は、つぐみに自分の正体。
つぐみの祖父であり、この星野模型店の初代店長、星野悟であるという事を黙っているように言っておいたのだ。
彼曰く、孫の彼氏となるのなら、いろいろと彼の事を知っておかなければということらしい。
「ふむ。今度、課題を受けてもらおうと思う。それが出来たらばらそうと思っているんだが……」
「無理強いしないでよね」
つぐみがぎろりと老人――祖父を横目で見る。
その眼力に押されたのだろうか。
「お、おう。もちろんだとも」
そう答えるものの、つぐみは信用していないらしい。
「そう言いつつも、夢中になると加減忘れるんだから、おじいちゃんはっ」
そう言われてしまえば、返す言葉もない。
祖父は苦笑し、頭をかいて誤魔化すしかなかった。