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第31話 変わった老人 その3

彼がわしに指導を受けるようになって今日で5回目だ。

毎回、1時間程度の指導になるが、かなり濃い時間を過ごしていると思う。

もっとも、さすがに毎日というわけにはいかないが、空くとしても間は2~3日であり、またどうやら家で習った事を実践しているのだろう。

メキメキ腕を上げているのがわかる。

まだまだとはいえ、以前に比べればフィギュアの塗りは確実に進歩しているし、ジオラマベースの作り方やフィギュアのポーズ改造などこの5回の間に実にいろんな事を教えた。

高度な技術的なものはまだまだだが、基本的な部分はきちんと押さえたと思う。

だから、そろそろ次のステップに進んでも問題ないと考えた。

そしてこの日、終了時間になって道具を片付けている彼の前にわしはバッグから1つのキットを取り出し彼の前に置いた。

彼の片付ける手の動きが止まる。

かなり興味があるのだろう。

「えっと、そのキットは?」

彼はキットを見たままそう聞いてきた。

「実はな、今までがんばってきた君の成果を見てみたいと思ってな」

そう言ってキットを彼の前に置いた。

キットには『FM社 1/48 艦上攻撃機 彗星(一一型/一二型)』と印刷してある。

FM社初期のキットだけに不具合が大きい事で有名な上級者向けキットだ。

その理由となっている大きな難易点としては、本体左右の張り合わせのズレ、機体後方下部の本体とパーツのズレと大きな隙間なとがある。

これは以前製作した1/48烈風の比ではない。

ただ他の機種では他のメーカーからいろいろ出ているのだが1/48の彗星はこのキットしかない。

だから、第二次世界大戦の日本機好きな人にとっては大きな壁となっていた。

多分、そういう噂を聞いた事があるのだろう。

じっと考え込むように彼はキットを見ていた。

「出来そうかな?」

そう聞くと、彼はこっちを向いて

「出きる出来ないは関係ありません。やります!」

と言い切った。

「なぜだね。拒否する事もできるぞ」

その言葉に彼は苦笑し、理由を挙げていく。

「まず一つ目の理由としては、今まで教えてもらった事をしっかり試したいと思った事。二つ目は、上級者向けのこのキットに自分がどう対処していくかチャレンジしてみたいと思った事。三つ目としては……」

そこで彼は言葉を区切り、じっとわしを見た後、言葉を続けた。

「つぐみさんのおじいさんの試験から逃げたくない事」

彼の言葉に少し動揺はしたものの、それを見せずになんとか聞き返す。

「なぜわかった?」

その言葉にやっぱりと言う顔をして、彼はわかった理由を説明する。

「まず一つ目は、ここまで自由に店の作業室を使ったりしてもつぐみさんは何も言わない事。二つ目は南雲さんや梶山さんを坊主扱いにしている事。そして三つ目で最大の理由は……」

じっと彼がわしを見てにこりと笑う。

「つぐみさんと雰囲気が本当にそっくりです。それにこの部屋にあなたと入るといつも心配そうなつぐみさんの視線を感じますからね」

そう言って、ちらりと後ろの窓を見る。

その窓は、カウンターのすぐ傍にあり、つぐみがこっちをちらちら見ているのが目に入った。

確かにあれでは気になってしかたないとしか見えないだろう。

「こりゃ、まいったな……」

思わず苦笑すると、彼が「それですよ」と言う。

「その表情がつぐみさんにそっくりです。だから、きっと血のつながりがあるんじゃないかって思ったんですよ。そして血のつながりのある方といえば、つぐみさんの祖父しか思いつかなかったんです」

「そうかそうか」

笑いがこみ上げてきた。

試験が終わったらばらすつもりだったが、彼はよく相手を見ているようだ。

面白い男だな。

ますますこの男が気に入った。

だから、再度言葉を変えて聞く。

「ではこの試験を受けるんだな?」

「もちろんです。あなたに認めてもらいたいから…」

彼はそう言い切ると少し笑いながら言葉を続けた。

「あと、つぐみさんとのことも認めて欲しいですからね」

彼の言葉に、わしも笑いが出た。

「いいだろう。試験に合格したら、孫との交際を公認してやろう」

「その言葉でますますやる気が出てきましたよ」

彼はそう言うと、キットを受け取った。

「わかった。楽しみにしているぞ」

わしはそう言ってみたが、元々この結果で公認するしないを決めるつもりはない。

結果がどちらであれ公認するつもりだった。

それほどわしは彼を気に入っていた。

しかし、それをここで言ったら彼に失礼だし、それに彼のがんばりを見てみたい気がする。

だから、その言葉に乗ることにした。

いやはや、実に楽しい結果になったものだと思いながら。

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