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第32話 FM社 1/48 艦上攻撃機 彗星(一一型/一二型) その1

僕は家に帰り着くと早速中身を確認する。

「うーん、思ったりもバリが多いな」

バリ、すなわちプラスチックの金型からはみ出た余計な部分の事だ。

古いキットや精度が甘いキットにはよく見かける現象で、はっきりとパリだとわかればいいんだが、わかりづらい事もある。

以前組んだウォーターラインシリーズの吹雪がかなり古いキットで、金型が磨耗してバリが多いし、部品が小さくて見分けにくかった。

今回のキットの場合は、主翼部分と透明パーツ部分にバリが目立つ。

それ以外にも少しあったりするが、この二箇所が特にひどい。

ただ、主翼部分は、薄くて切り取りやすい感じだから、上下重ねてヤスリで軽くやすれば問題ないだろう。

ただ、透明パーツは少し気をつけなければならない。

透明パーツは、プラスチック的に硬い事が多く、普通に切る時でさえひび割れが入ったりする事がある。

他の部分だと塗装するので、修復したり加工したりしても何とかなるが、特にキャノピーなどの場合、割れたりすると修復は難しいだろう。

その場合、メーカーに部品取り寄せとなるが、時間がかかる上に、古いキットだと製造してなくて手に入らない事もある。

特にデカール関係は、劣化しやすく、また生産も自社ではなく他の業者に頼んでいる事がほとんどだから手に入りにくい。

ともかく、透明部分のパーツの加工は要注意だな。

あとは…。

よく言われている本体のはめ合わせを調べてみる。

本体のメインパーツを切り取り、仮合わせ、俗に言う仮組をしていく。

「これは……」

僕は噂が本当だったと確認する事になった。

本体の左右の仮の張りあわせで前方はきちんと合っているものの、後ろの方は1ミリ程度ズレがあり、かなり目立つ。

そしてセロテープで左右をとめて、次に本体後部の下の部分を仮あわせしてみると……。

「うわーっ」

思わず口からそんな言葉が漏れた。

尺が足らなくて1~2ミリの隙間はできるし、前の方は幅があっているものの後ろのほうに行けば行くほど左右張り合わせた本体よりも横幅が少しとはいえ左右ともはみ出ていた。

「これはモールド消えるのを覚悟で修正するしかないか」

次に、前方のエンジン周りの仮合わせをする。

どうやら、他の彗星のバージョンを作るためにエンジン周りを別パーツにしているようだ。

確かに、彗星は、水冷エンジンと空冷エンジンのバージョンと大きく分けて2種類があり、そのエンジン周りによって大きくシルエットが違ってくる。

だから、バージョン違いを出そうと思ったら、エンジン部分が別パーツになるのは間違ってはいない。

しかし、大きくて別のカウルになる空冷エンジンなら感じない違和感も、するっとなでらかでエンジンカウルと本体が一体化している水冷式の場合、少しの段差でも大きな違和感になる。

「ああ、やっぱり……」

思ったとおり、エンジン側と本体側で若干の段差が出きる。

また、前方の空気取り入れ口の部分も別パーツになっているが、こっちはよりがっちりと段差が出来ていた。

「こりゃ、上級者向けのキットって言われているわけだわ」

思わず、そう口から言葉が漏れる。

以前作った同じ会社の1/48烈風が実にかわいく感じてしまう。

もっとも、この彗星がFM社初期の一番始めのキットに対して、烈風はいくつかキットを出して経験を得てからのキットだから、差が出て当たり前だが。

ともかく、問題点はそんなものか。

そんな事を思いつつ、再度、キット内を確認すると、ああ、ありましたよ、フィギュアが……。

それも立ちポーズで。

おまけにバリがひどい。

うーーん、これは手間取りそうだ。

ともかく、先に簡単に接着して加工を始めて問題のない主翼やエンジン周り、それに増槽当りから始めるとするか。


「どうでしたか?」

次の日、星野模型店に塗料を買いに寄った僕につぐみさんが心配そうに聞いてきた。

「うーん。思ったよりも難易度高そうですね。結構パリも多いし、噂どおり、合いの悪い部分がちょこちょこありますね」

「ああ、やっぱりですねぇ」

思ったとおりだといわんばかりに頷くつぐみさん。

「以前、南雲さんが作られた時もかなり手間取るキットだと言ってましたから……」

「南雲さんがですか?」

「ええ。あの人は凝り性ですからねぇ…。モールドなんかもきちんと彫りなおしたり、リベットも打ち直したりでかなり加工されてましたし……」

「ああ、わかります。この前の展示会のウォッケウルフなんかすごかったですからね」

頭に以前展示会で見たウォッケウルフが浮かぶ。

かなりいろんな部分に手を入れ、パネルラインの加工に、リベットは全て手打ちという凝りに凝ったものだ。

あれは見ている人を圧倒させるものがあった。

「そうですね。後は、やはり彗星のキットがあまりないのも関係あるかもしれません」

つぐみさんが少し首をかしげてそう言う。

「というと?」

「零戦や他の日本機みたいにいろんな会社からキットが出てれば、各社によって狙いどころも違うし、難易度だって違っていて自分にあったものを見て選べるじゃないですか。でも、烈風や彗星はFM社しかででない。つまり、選択の余地はないと言う事なんです」

「ああ、だから、その機体のプラモが欲しければその会社を買うしかない。でも、難易度は高い。だから初心者には厳しい」

僕がそう言うと……。

「そうなんですよ。聞かれる事あるんですけど、お勧めしにくいんですよね」

お店としては売れた方がいいんだろうが、つぐみさんは買った人が楽しんで組んで欲しいと思っている人なので、そのギャップに苦しんでいるようだ。

大変だなぁ……。

店の売り上げをとるか、お客の満足をとるか…。

これが大型量販店や通信販売なら、選んで買った人の責任であり、不良品でない限り店や販売側は対応してくれない。

しかし、こういった模型店では、お客の相談にも乗るし、アドバイスもしてくれる。

また、相手の実力を知っていれば、その人が本当に楽しめるもののチョイスさえしてくれる。

もっとも、買うか買わないかはお客さんしだいだが、つぐみさんはお客さんとのそういう会話や対応を楽しんでいる。

お客さんに買って作って満足してもらえるのが一番の喜びだと以前彼女が言っていた事を思い出す。

変に媚もせず、それでいて突き放しもしない。

以前、営業をしていた自分としては、まさにその通りだと思ってしまった。

そんな事を思っていると、何かを思い出したのかつぐみさんはカウンターの下のほうにもぐりこみ、なにやらごそごそしだす。

「どうしたの?」

「いや、今、以前南雲さんが苦戦してた時の話したでしょ?」

「ああ」

「その時に使われて便利だったアイテムを思い出したので……」

そう言って彼女が出してきたのは、変わった形の薄い金属の板だった。

かなり柔らかいらしく、ある程度までなら曲がりそうだ。

そして定規らしく尺が刻まれているが、そのふちの部分はギザギザになっている。

「これは?」

「これはリベットゲージというんです。まぁ、一定感覚でリベット打つときとかに使う定規みたいなものです」

そう言われて納得する。

あのギザギザの凹んで部分でリベットを打っていけばいいのか…。

確かにあれは便利だろう。

特にモールドを彫りなおす時なんかは重宝するに違いない。

「ああ。すごく便利そうだね。曲線のやつもあるのか…」

「これはH社のやつですね。やっぱり飛行機のキットに強いだけに、どういうのが必要かよくわかっていると思いますよ」

「そうだね。よしこれ買っていくよ。彗星で使ってみたいし」

僕がそう言うと、ほっとしたのか少し息を吐き出した後、つぐみさんは微笑んだ。

どうやら、試験の件をかなり気にしているようだ。

「なぁに、しっかり作ってつぐみさんのおじいさんに楽しんでもらうつまりですから、つぐみさんも期待しててね」

軽くお茶目な口調でそう言うとにこりと微笑む。

すると、くすくすくすとつぐみさんも笑いながら、「じゃあ、すごく期待してますからね」と言い返す。

「いや、あまり期待され過ぎるのもプレシャーなんですけど……」

つぐみさんの言葉に、道化の仮面はあっという間に剥がされてついつい本音が出てしまう。

するとつぐみさんが笑いながら止めを刺す。

「期待しててって言ったじゃないですか。だからすごく期待してますからね」

『ね』の部分を強調され、にこりとされる。

これはもう、どうしょうもない。

「わかりました。全身全霊をもってがんばらせていただきます」

観念してそう言い返す。

そしてしばらくの沈黙、その後まるで関を切ったかのように二人で笑ったのだった。

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