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第34話 FM社 1/48 艦上攻撃機 彗星(一一型/一二型) その3

「お待たせしました」

僕が店に着くと変な老人、つぐみさんのおじいさんで、この星野模型店の初代店長だった星野悟さんがカウンターの前で待っていた。

もちろん、カウンターにはつぐみさんが心配そうな表情で立っている。

「いいや、時間通りだ。こっちが早く来て待っていただけだからな。気にせんでいい」

悟さんはそう言うと、にこりと笑った。

しかし、黒縁の眼鏡の奥の目は細められ、まさに職人のような鋭さが宿っている。

ぞくっと背筋が寒くなる。

たかが模型、されど模型だ。

作ると言う行為は、どんな事であれプロフェッショナル…つまり職人的な思考と目利きと経験が必要だ。

この人は全てを高水準で満たしている。

以前見せてもらったジオラマがいい例だ。

果たして僕の作ったものは、彼の目にどういう風に映っているのだろうか。

ごくりと唾を飲み込む。

「では……」

そう言って持ってきたダンボール箱から出そうとした時、

「ち、ちょっと待ってくれっ」

慌てて店に入ってくる二人の男性がいた。

南雲さんと梶山さんだ。

「あれ?今日は二人とも仕事じゃなかったんですか?確か、残業がどうのこうのって……」

僕がそう聞くと、

「さっさと済ましてきた。残った仕事は明日すればいい。それにこっちが気になってな」

「同じくだ。気になって仕事が手に付かなかったからな」

なんてうれしい事を言ってくれる。

しかし、その分、プレッシャーに押しつぶされそうだ。

なんだろう。この感覚は……。

ああ、思い出した。

以前の仕事で大きな会社にプレゼンした時に似てる。

あの時は、依頼が取れれば大型プロジェクトになるかもって期待されてたな。

残念ながら、受注は取れなかったけれど。

もっとも、その縁のおかげで、細かな依頼は舞い込むようになったっけ。

今頃あいつはどうしてるんだろうか…。

ふと、かって親友と呼んでいた相手の顔が頭をよぎる。

そして、その会社で知り合った女性の顔も……。

一時期は思い出すことも苦痛でしかなかったのだが、今ではこんな感じに思い出せるようになるとは思わなかった。

そんな事を考えてしまっていると、「おい。いい加減見せろよ」と催促の声が出て、僕を現実に引き戻してくれた。

「あ、すいません。少し昔の事を思い出しちゃって……」

僕は苦笑しつつ、段ボール箱から箱を取り出す。

30センチ四方の大きさで、下以外の部分は全て透明なプラスチックに覆われおり、そして下部は板で飛行場のようにベースを作っておりその上に彗星を飾っている。

もちろん、ただ飾っているだけではない。

彗星は銃弾を受けたかのように所々穴が開いて煤汚れており、車輪の右は折れ、傾いて不時着したような感じになっている。

もちろん、ベースには彗星が翼と胴体を擦りながらも何とか着陸したように傷が走っているように表現した。

そして機体に群がるかのように走りよるパイロットと整備兵。

「こいつは……」

悟さんの口から声が漏れる。

そう。この作品は以前見せてもらった悟さんのジオラマを意識して作ったものだ。

彼が出撃前なら、僕は帰還後って感じで作ってみようと思ったのがきっかけだった。

「ほほう。こりゃいい雰囲気が出てる」

梶山さんが、癖なのか顎に指を当ててうなっている。

「ああ、仲間を助けに集まっている感じが出てるじゃないか」

南雲さんも目に焼き付けるかのように見入っていた。

「機体の破損している感じがいいですね。壊れすぎず、それでなくても必死になって帰還してきたって感じがよく出てます」

カウンターから身を乗り出すかのようにしてずり落ちる大きな黒縁眼鏡を指で上げながら見ていたつぐみさんの口からも言葉が漏れた。

しかし、悟さんの口からは、最初の「こいつは……」という言葉以降、何も出てこない。

ただまるで睨みつけるかのように僕の作ったものを見ていた。

「どうでしょうか?」

恐る恐る聞いてみる。

周りの三人の視線も悟さんの方に集まった。

すると厳しい職人の目が僕を向く。

「ジオラマは初めてか?」

「はい。この前、悟さんに教えてもらったジオラマベースの作り方を実践したかったので、初めてチャレンジしました」

「そうか……」

しばしの沈黙。

悟さんの視線が僕から作品に向けられる。

そして、ゆっくりとまた僕を見た。

「言いたい事は山ほどあるが、まずはよくやったと言っておこう」

その言葉に、僕ははぁっと息を吐き出し、見守っていた周りの三人もほっとした表情を見せる。

「しかし、こういう発想で来るとは思わなかったな」

「ええ。以前見せてもらったジオラマの印象が強くて、テクニックなんて雲泥の差だし、まだまだだけど、作ってみたくなったんです」

「そうか。楽しかったか?」

その問いに、僕は笑顔で答える。

「もちろんです。大変だったけど、すごく楽しかったです」

「そうかっ」

そう言って、ばーんっと僕の背中を叩く。

すごく痛いんですけど。

でも、すごくうれしい。

なんか少しとはいえ、この人に認められたように気がするから。

「またご指導お願いします」

僕はそう言って頭を下げる。

「そうか、そうか……」

そう言ってにこっと笑う悟さん。

しかし、なぜか僕の後ろにいた南雲さんと梶山さんが引き気味になっているのに気が付いた。

「いい心がけだ」

その言葉に二人の顔色が変わり、つぐみさんが仕方ないわねという表情をした。

「あなたがおじいちゃんのスイッチ押したんですからね。がんばって……」

えっと、どういうことでしょうか?

「なら、これからじっくりと悪い点をチェックしていくからな。おい、南雲に梶山、お前らも付き合えよ」

そう言って、僕の作ったジオラマをもって作業室に歩いていく悟さん。

呆然とする僕の肩をぽんぽんと叩く南雲さん。

「いいか。今日は覚悟しろよ。おやじさんがあんなに楽しそうなのは久しぶりだ。じっくりやられるからな」

そして梶山さんも僕の手を掴み、連れて行こうとする。

「お前がスイッチ入れたんだ。逃げるなよ」

その二人の表情は、普段の感じとは違う真剣そのものという感じで、拒否できるわけもなく、もっとも拒否するつもりもなかったが僕は二人に連行されて作業室に入る。

そんな僕らを見て、「いってらっしゃーい。屍は拾うからね~」と縁起でもない事を言いつつ手をひらひらさせるつぐみさん。


しかし、1時間後、彼女の言い分は正しかった事を僕は知るのであった…。

そんな僕に南雲さんが一言。

「よく耐えた。心が折れなかったことは褒めてやるぞ」

いや、折れまくってますよ。

と言いたかったが、そんな気力はもう残っていなかった。

今度から、悟さんとの会話には気をつけなければ…。

そう心に深く、深く、刻み込む事にしたのだった。


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