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第35話 再会 その1

「いらっしゃい」

私がそう声をかけると、彼は少し微笑んで店に入ってくる。

普段と変わらないような感じなのだが、少し元気がないような気がする。

どうしたのだろうと少し心配して見ていると、彼はすぐにカウンターの私のところに来て真剣な表情で私を見たあと深く頭を下げた。

「つぐみさん、本当に申し訳ないけど……来週の日曜日、時間もらえないだろうか」

あまりの真剣な表情に戸惑う私。

こんな事を言う彼は初めてということもあるが、いきなりの事に頭は回っていない。

しばらく沈黙が流れたが、その沈黙を破ったのは傍にいた妹の美紀ちゃんだった。

「ふう。仕方ないわね。何があるのか知らないけどつぐねぇ貸し出すから心配しないで」

その言葉に私は驚いてやっと我に返った。

しかし、本人の許可もなく決めてしまうとは何事だと抗議の声を上げようとしたが、美紀ちゃんはすばやく私の耳元で「多分、例のけじめの件じゃないの?」と囁く。

そう言われて、まずは理由を聞くべきだと判断し、私は深呼吸をして視線を妹から彼に戻した。

「えっと……。まぁ、貸し出す、貸し出さないは私の問題だから、私が決めますけど……」

「えーっ」

文句言いたそうな美紀ちゃんを視線でけん制して黙らせると言葉を続ける。

「理由を教えてくれませんか?」

私の問いに、言い難そうだったが、彼はぽつりぽつりと理由を話してくれる。

美紀ちゃんの言うとおり、私のを連れ出すのは彼のけじめに絡んでいた。

私のおじいちゃんに模型を見せに来たあと、その夜に彼は意を決して彼の元親友に電話をしたそうだ。

ただただあの時の事を謝りたいから会ってくれないかと言ったらしいのだが、相手は怪訝そうな返事しか返ってこなかったらしい。

まぁ、あのまま済ましていても関わりあわなければほとんど問題ないし、それが一番楽だからよほどの事がない限り会って謝りたいとかは言い出さないのが普通なのだろう。

それなのに、時間がたった今になって謝りたいと言うのはおかしいと相手は思っているようなのだ。

まぁ、確かに疑われても仕方ない。

私だってその立場なら疑うだろう。

また何かやらされるのではないかと。

だから、彼は自分自身のけじめをつけるために謝らせてくれと言ったらしい。

ところが、そこから話はこじれ始める。

なら、何でけじめをつけたいんだとなってしまい、結局、私との事を喋ってしまったらしい。

「申し訳ない……」

彼がまた謝る。

「何でそこでつぐねぇの事話すかなぁ。それって関係ないじゃん」

美紀ちゃんが横からなにやら言っていたがスルーする。

私は彼の肩を優しくぽんぽんと叩き、微笑む。

「わかりました。時間を作ります。だから私を二人に合わせてください」

「頼んでおいてなんだけど、でも、何言われるか……」

私が傷つくのを心配してくれているのだろう。

言いよどむ彼に、私は答える。

「相手に誠実でありたいと言うあなたの姿勢はすごく素敵だし、出来る限り協力させてください。でもね……」

そう言って一旦言葉を切るとぐっと彼の手を握る。

「あまりにも理不尽ならその時は何倍にしても言い返しますよ。心配しないで」

それでも下を向いたままの彼の耳元に私は囁いた。

「それにね、正和さんにびしっと言ってくれたでしょ?私は私自身のものだって。あれはすごくうれしかった。だから、今度は私が私自身の意思であなたの事を手助けしたいと思ったの。だからね、手伝わせて」

彼はゆっくりと顔を上げる。

その顔には普段の笑顔があった。

「本当にごめん。でもありがとう」

その彼の笑顔を見て一安心した私は、美紀ちゃんの方を見て言う。

「と、いう訳だから、美紀ちゃん、来週の日曜日はお願いね」

私達二人のやり取りを呆れた表情で見ていた美紀ちゃんだったが、そう言われ、また貸し出すといった以上拒否権はない。

「はいはい。わかりました」

そう言ってふてくされたような表情で、商品が並んでいる棚に向う。

「掃除と整頓するから」

「ええ。お願いね」

私はそう答え、彼のほうを見た。

待ちあう時間や場所等を打ち合わせるためだ。

そんな私の耳に、「あれは尻にしかれるわねぇ」という美紀ちゃんの呟きが耳に入る。

視線が自然と美紀ちゃんの後姿に行く。

失礼な。私、こう見えても男性を立てるほうなんだから。

そう思ったが、まぁ、日曜日の事を頼まなければならない以上、今回は我慢しとこう。

自分自身にそう言い聞かせ、視線を彼に向けると、彼は苦笑していた。

あ……。私に聞こえるって事は、彼にも聞こえてるわけか。

それをすっかり忘れていた。

だから、慌てて謝る。

「ごめんなさい。うちの妹が……」

「いや、いいよ。事実だから」

「えっ?」

彼の言葉に思考が止まりかける。

私、男の人を尻に敷くタイプと思われてる?!

さーっと血の気が引く気がした。

いや、実際に引いたのかもしれない。

それに表情がこわばっていた。

多分、彼には私が思ったことがわかったのだろう。

彼が慌てて「いや、尻に敷くとかじゃなくて……」と言い出す。

「今回の事は、つぐみさんのお世話になるんだから事実それに近いなぁと思っただけだよ。だから、そう意味でいっただけだよ。普段のつぐみさんがそんな風だなんて思ってないから」

その言葉にほっとする。

「それに……」

彼は言葉を続ける。

「つぐみさんだったら、敷かれてもいいかなとも思ったけどね」

軽い口調ではあるが、彼の微笑とその言葉で、一気に私の身体の熱が急上昇してクラクラしてしまう。

ちょっとずるいと思ったが、どうやら彼も言ってみてダメージを食らったようだ。

真っ赤になって目をそらしている。

うーむ。何を言うべきか。

何か言わなければとは思うが何も思いつかない。

ああ、どうしょう。

しかし、それはそれで幸せを実感する。

私の事を思ってくれているんだと。

ただ、残念な事に、そんな時間が続くわけもなく…。

「よう新作入ったんだって?」

そんな事を言いつつ入ってきた梶山さんに破られるのであった。

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