「えっと、待ちましたか?」
僕が駐車場に車を寄せるとつぐみさんはもう待っていた。
この前の出かけるときも気合が入っているように感じたが、今回はそれよりもさらに気合が入っているように思う。
ふわりとした感じの薄い白色の上着を羽織った少し首周りが開いた薄いピンク色のワンピース姿で、耳にはかわいい感じの小さなイヤリングと首元には細いシルバーのネックレスが彼女を飾っている。そして化粧も普段のようなナチュラルメイクではなく、ずいぶんと気合が入っている。
もっとも普段があまり化粧っ気が目立たない分、余計にそう感じるのかもしれない。
それでいてケバケバしさも感じられず、実にバランスよい感じだ。
洋服や化粧で女は化けると言うがまさに別人のようだ。
ただし、眼鏡だけは相変わらずの顔のバランスを崩すような大きな黒縁眼鏡なのでつぐみさんとすぐにわかる。
眼鏡だけ元のままってのは、その部分だけ少し浮きまくりなんだけどそれはそれで彼女らしいと思う。
「なかなか綺麗でしょう?」
いつの間にお店から出てきたのか美紀ちゃんが僕の隣に来るとニタニタ笑っている。
「ああ、すごく綺麗だ……」
本当にその通りだと思う。
じっと見ていたら見とれてしまいそうになるほどだ。
僕の言葉につぐみさんは真っ赤になったが、まんざらでもないらしい。
「まぁ、女の意地があるからねぇ」
美紀ちゃんがニタリと笑いつつ言う。
「女の意地?」
「だって、あなたが惚れたという女性と会うんでしょ?それなら負けられないじゃない」
そう言われ、ああそうかと気が付く。
もうすっかりつぐみさんに夢中だから、そんな事まで考えなかった。
「もう、美紀ちゃん余計なこと言わないのっ」
少しむくれてみせるつぐみさんだが、否定しないところを見るとその通りなのだろう。
それはつまり、僕を繋ぎ止めたいと言う女心と、対抗心という嫉妬が生んだ結果なのかもしれない。
まぁ、それはそれですごくうれしい。
だって、僕の為に思いを寄せている人が一生懸命着飾ってくれるんだから。
「なんか、うれしいな……」
ぽつりと口から言葉がこぼれる。
その言葉に満足したのだろうか。
「うちの女神様が気合入れてるんだから、あなたも気合負けしないでよね」
そう言って、美紀ちゃんがばーんっと僕の背中を叩く。
激励のつもりらしいが、すごく痛い。
「あ、ありがとう」
「さてと、じゃあ私、店番に戻るから、がんばってね」
そう言って美紀ちゃんはお店に戻っていった。
「激励なんですよ、あの子なりの……」
つぐみさんが微笑んでそう言う。
「ええ。わかってます」
僕はそう言うと、つぐみさんの方を向いて頭を下げる。
「今日はどうかよろしくお願いします」
その僕の言葉に、「わかりました。任せなさい」そう言ってつぐみさんは自分の胸を叩くのだった。
車で1時間ほど走っただろうか。
もう隣の県に入り、ちらほらとしかなかった家がどんどんと増えて、もう周りの景色は完全に街中のものになっている。
この道路をそのまま進めば都心部までもう少しだがそこまでいく必要はない。
その手前あたりでわき道に入っていく。
行き先は僕がこっちにいたときにいつも利用していた喫茶店だ。
いや、正確に言うと、僕たちが、だ。
そして着くと車を駐車場に止めてつぐみさんと二人で喫茶店に入る。
「よう久しぶりだな」
マスターは僕の事を覚えていてくれたみたいで、手を上げて挨拶をしてくる。
「どうも、ご無沙汰してます」
僕はそう言って頭を下げた後、店内を見回す。
彼らはまだ来ていないみたいだ。
「ああ、修と牧ちゃんならまだ来てないぞ」
マスターがそう教えてくれる。
「ありがとうございます。じゃあ、いつもの席で待たせてもらってもいいですか?」
「ああ。好きにするといい」
笑いながらマスターはそう言うとコーヒーを入れ始める。
「そっちのお嬢さんはコーヒー大丈夫かい?」
「あ、はい。大丈夫です」
店内をきょろきょろしていたつぐみさんだったが、いきなり声をかけられて慌ててそう答えた。
「じゃあ、うちのブレンドでいいよな」
相変わらずのマスターに、僕は苦笑する。
「ここのは店独自のブレンドだから一度飲んでみるといいと思うよ」
僕がそう言うと、「じゃあお願いします」とつぐみさんが言う。
「じゃあそこの席で待っていようか」
そう言って、一番奥のテーブルを指差す。
「わかりました」
つぐみさんは、店内をきょろきょろしながらテーブルに歩いていく。
僕も続こうと思ったら後ろからいきなりぐいっとカウンターに引き寄せられた。
もちろんマスターだ。
「おい。あれはお前の彼女か?」
耳元で囁くようにそう聞かれ、僕ははっきりと言い切る。
「ええ。僕の彼女にするつもりです」
僕の言葉に「ほほう」とマスターが笑う。
「どうやら牧ちゃんの事はあきらめたんだな」
その言葉に僕は驚く。
「えっ?どうして……」
「ばぁか。わかりやすかったぞ。まぁ、修と牧ちゃんはまったく気が付いてなかったみたいだけどな」
つまり、僕の心は、第三者から見たらバレバレだったと言う事なんだろう。
笑うしかない。
「そんなにわかりやすかったですか?」
「ああ。すごくわかりやすかったぞ」
苦笑する僕に、マスターは笑いかける。
「今日は、その件で話し合いするんだな」
さすが、大学生の時から通っていただけに、マスターには何もかもお見通しだったようだ。
だから素直に答える。
「ええ。けじめをつけるために来ました」
「そうか。お前らしいな」
マスターは短くそう言うとニヒルに口角を上げて親指を立てた。
そうだ。いつもこの人は人を励ます時は口には言わずにジェスチャーでしてたっけな。
なんか懐かしくなって昔を思い出す。
そして、つぐみさんが待っている席に行き、そこで考えてしまった。
さてどちらに座るべきだろうか。
彼らが来るまでは向かい合って座っていたほうがいいのだろうか?
それとも……。
そんな僕を見て待ちきれなかったのだろう。
僕の手を取ったつぐみさんが自分の座っている方に引っ張る。
「席変わったりするのは面倒でしょう?」
そういわれれば、確かにそうだな。
そう納得して、つぐみさんの席の隣に座った。
ふわっといい香りが鼻の奥をくすぐる。
そういえば、車の中でもこの香りがしてたっけ。
これって、つぐみさんの……。
そう思ったときだった。
喫茶店の入口の小さなベルが鳴り、男女の二人組みが店内に入ってくる。
そう、かって親友だった牧瀬修一と野々村牧子の二人が……。