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第37話 再会 その3

店内に男女二人組みが入ってきて彼の表情がこわばる様子からあの二人が彼の友人だとわかった。

彼の顔は青ざめており、すーっと汗が流れている。

彼にとって彼らと会うのはとても決意のいることなのが見ててわかる。

彼らもこちらに気がついたのだろう。

少し不機嫌そうな表情でこちらに近づいてくる。

彼が立ち上がり、二人を出迎える。

私も慌てて彼と一緒に立った。

「会ってくれてありがとう」

彼はそう口にすると頭を下げた。

その様子を、男女二人はジーッと見ている。

男性は、どちらかというと俳優といわれてもおかしくないほどのイケメンだ。

しかし、スーツ姿も様になっていると言えればいいのだが、欠点を上げるとすればその身体の細さだろうか。

もう少し肉がついていれば、もっとバランスがいいのにと思う。

そして、問題の彼が好きになったという女性だが、こっちもかなりの美人だった。

艶のある真っ黒なセミロングの髪をストレートに背中に流し、切れ長の目とすーっと流れるような綺麗な形の鼻、そして意志が強そうなきりりとした口。

まぁ、気の強い感じのキャリアウーマン的美人といったらいいだろうか。

こっちもパンツルックのスーツっぽい服を着ていた。

うーーん。

こっちも気合入れてきたんだけど、かなり苦戦してます。

それが女性に対しての私の最初の感想だった。

私が二人を観察している間にも会話は進んでおり、私はそこで思考を現実に戻す。

「仕事で急がしいみたいだな。本当にすまない」

彼はそう言ってまた頭を下げる。

それをただ黙ってみていた二人だったが、視線が今度は私に向いてきた。

彼が慌てて二人に私を紹介する。

「彼女が以前電話で話して相手だよ。星野つぐみさん」

そして、今度は私に二人を紹介する。

「こっちは、牧瀬修一さんと野々村牧子さん、えっと……僕の……」

そう言いかけて言葉が止まる。

どういえばいいのか彼は迷っていた。

そして、しばしの沈黙。

私を見る男性の視線はそれほどでもないが、女性の視線が強く、少し睨みつけるかのような視線だ。

これはどう対応したらいいのかけん制しているように感じた私は、先に火蓋を切ることにした。

先手必勝である。

「こんにちわ。始めまして。今度、彼とお付き合いさせてもらうことになる星野つぐみといいます。よろしくお願いしますね」

そう言って微笑むと頭を下げる。

もちろん、『彼とお付き合いさせてもらう』という部分を強めに言うのを忘れない。

本当なら、まだ仮の告白だが、そんなことは言ってられない。

ここは戦場なのだ。

使える武器は、使わねばならない。

そんな私の気迫が伝わったのか、まず口を開いたのは女性の方、野々村さんの方だった。

「これはこれは丁寧にありがとうございます。あなたのようなかわいらしい人とは思いもしませんでしたわ。でも、彼、好み変わったのかしら…」

野々村さんもそう言って頭を下げた。

互いにジャブの応酬といったところだろうか。

彼女の表情が少し硬くなっている。

どうやら、野々村さんも戦闘モードに入ったようだ。

互いに見合った後、うふふと笑いあう。

そして、女性二人で笑う中、男性達は少し引いていた。

というか、圧倒されて固まってしまっていたといったほうがいいだろうか。

ちらりと横を見るとその様子の彼が目に入る。

もうふがいないんだからっ。

まだ前哨戦である。

それでこれでは話にならない。

多分、野々村さんも同じように思ったのだろう。

ちらりと横を見て落胆していた。

しかし、そんな異様な雰囲気はマスターによって壊される。

「はい。コーヒーお待たせ。修と牧ちゃんはいつものでいいよね」

まるで何事もなかったかのように言う。

「ええ」

「はい。それでお願いします」

牧瀬さんは呆気に取られながらもそう返事を返し、毒気を抜かれた野々村さんはふうとため息を吐くとそう答えた。

「まぁ、積もる話もあるだろうけどさ、まずは座ったら?」

去り際にそう言ってマスターはカウンターに戻っていく。

それで初めて私達は立ったままだったことに気がついた。

「じゃあ、座って話そうか……」

彼がそう言うと、

「ああ……」

「そうね」

二人はうなづくと席に座った。

私達も席に座る。

しばらくの沈黙の後、意を決したのだろう。

そして彼は立つと二人に深々と頭を下げた。

「あの時はすまなかった。本当に二人にはひどい事を言ってしまった。申し訳ない」

その様子をじっと見つめる二人。

その反応は冷めている。

「今更言われてもな……」

「そうね。今更よね……」

しかし、彼はその言葉を受け止め、ただ黙って頭を下げ続けている。

「どれだけ、俺たちが傷ついたのか、わからないだろうな」

「そうね。親友と思ってた人に裏切られて……」

そんな彼に二人は容赦ない言葉を切りつける。

確かに二人の言い分はわかる。

でも、傷ついたのは、二人だけではない。

言ってしまった彼も傷ついている。

そのやってしまった事実を受け入れられなくなって逃げ出してしまうほどに。

なのにこの人たちは自分達のことばかり……。

我慢できなくなって私は立ち上がって文句を言おうとしたが、それを察したのだろう。

彼の右手が抑えてくれと私を押しとどめる。

すごく悔しい。

自分が好きな人がこんなに言われて傷ついているというのに何も出来ないなんて。

ぎゅっと手を握り締める。

そんな私の動きが目に入ったのだろう。

野々村さんが鼻で笑いながら、私に視線を向ける。

「しかし、こんな女を好きになるなんて変わったわねぇ」

それは侮蔑の含みが混ざった言葉。

私の中で何かか弾けた。

もう我慢できない。

彼が止めようと、もう関係ない。

かかってきた火の粉は自分で何とかしなきゃいけない。

だから、文句を言おうとした。

しかし、それよりも先に彼がぼそりと言葉を発する。

「こんな女なんかとか言うな……」

その声はとても大きいものではなかったが、どんな大きな声よりその場に響き、そして重かった。

頭を下げ続けていた彼がゆっくりと顔を上げた。

そして、野々村さんを見ている。

その目に宿るのは怒りだった。

「僕の事をいろいろ言うのは構わない。それ相当の事をしたと自覚しているから」

淡々とそう言って言葉を一旦切り、まるで私をかばうように彼は右手を私の前に広げる。

「でもね。彼女を悪く言うのは許さない。彼女は関係ない。彼女は好意でここにいるんだ。それを、君は……」

怒りに震える声でそう言うと一旦息を吸い込み、そして彼は言い切った。

「それがかって好きだった女性だとしても、言っていい事と悪いことがある。それは僕とは別問題だ。彼女に悪意のある言葉で責めるなら、僕だって戦わなきゃならなくなる」

しーんと場が静まり返る。

よく見ると彼の手が震えていた。

怖いのだ。

謝るつもりだったのに、私がいるために彼はそれを放棄しても私を守ろうとしている。

何が私があなたを守るだ。

そんな事を思っていた自分に反吐が出る。

正和さんの時だって、きっかけは彼がくれた。

だから私は、自分自身をしっかり持てた。

結局、私は彼に守られている。

そう再度認識した。

私は震える彼の手をすーっと掴むと手で包み込んだ。

冷たかった。

冷水に入れていたように。

それを少しでも和らげようと私は優しく優しく包み込む。

どれほどの時間が過ぎたのだろうか。

ほんの数秒かもしれないし、数分立っているのかもしれない。

しかし、それは破られなければならない。

そのままでいい訳はないのだから。

そして、その沈黙を破ったのは牧瀬さんの笑いだった。

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