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第39話 再会 その5

誤解が解けてしまえばその後は早かった。

元々仲が良くて親友と言い切れる仲だったのだ。

すぐに以前のようになるだろう。

いやもしかしたら以前よりも強い結びつきになるに違いない。

私は、二人と楽しそうに話す彼を見てそう思った。

そのあと2時間近く話をした。

もちろん、私も参加したが、彼らは、かれと私の馴れ初めを聞きたがった。

すごく恥ずかしかったが、彼が照れながら話していく。

私も横で話を聞きながら、時々相槌を打ったり、慌てて修正したりと自分達のことながら実に楽しく話せたと思う。

そして、その話をしながら思ったこと。

それは、彼がどれだけ私に惚れこんでいるかという事だった。

自慢ではないが、かなりあきれ返るほど惚気ている。

本人はそんな気はないのだが、横から聞いていれば一目瞭然で、二人には散々冷やかされた。

でも私は素直に笑って受け入れていた。

それは、二人がいかに彼を心配しているか、それに私に彼をお願いしたいかを感じ取ることが出来たからだ。

だから、私は頷き、そして笑った。

安心したのだろう。

野々村さんは、ほっとした表情で「さっきはごめんなさいね。本当にあなたのような人でよかったわ」と言った。

そして、今度は悪戯っ子のような表情になり「でもなんか悔しいなぁ。私にあれだけ惚れていた人が取られちゃうのは……」と言い切る。

その言葉に、私もニタリとした微笑みを浮かべて言葉を返した。

「うふふふっ、彼、私にベタ惚れみたいですからね。残念ですけどもう返しません」

そして、互いに見つめあった後、共に笑った。

男性陣は一瞬、焦ったような表情をしたが、だいぶ慣れてきて互いにじゃれあっているのがわかったのかほっとした表情をする。

だが、私には、彼女が半分本気で言っていたのが感じられたし、私だって半分本気で言っている。

そして、彼女の気持ちも少しわかってしまった。

彼女らしてみれば、牧瀬さんが一番なのは変わらないのだろうが、彼だって彼女の中では上位の、それも多分牧瀬さんに近いほどの親しい思いを抱いていたのだ。

そんな彼が別の人のものになる。

自分に向けられていた好意が他の人に向けられる。

それはすごく残念といったらいいのだろうか。

ともかく、なんか納得できない部分があるということはわかった。

だからこその彼女の発言なのだ。

そして、それがわかったからこその、私の発言。

そして互いに理解する。

今の立ち位置を。

そして、どういう関係なのかを。

「本当に何度も言うけど、あなたが彼の相手でよかった。あなたなら彼を任せられる」

笑い終わった後、野々村さんは、顔を私に近づけて男性陣に聞こえないように囁く。

私もお返しとばかりに囁き返す。

「ありがとう。任せて」

それは言葉を送りあっただけではない。

私は、野々村さんの言葉に籠められた彼への思いを受け取ったと思った。

だから、私の返事に、彼女は安心しきった笑顔を見せてくれたのだった。


2時間近く会話をしたあと、そのまま夕飯を喫茶店で取り、互いの連絡先を交換して私達は分かれた。

そして別れ際に二つの招待状を手渡された。

それは彼女らの結婚式の招待状だった。

「絶対に来てくれ」

牧瀬さんはそう言って、彼の肩をがっしりと握り、「スピーチも頼むから」なんて言っている。

「スピーチ?それはちょっと遠慮したいな…」

「何言ってやがる。二人の共通する友人で、俺の親友で、彼女を取り合った仲じゃないか」

冗談交じりにそう言われ、「なら、その話、ぶっこむぞ」と彼が返事をする。

牧瀬さんは少し「えっ?」という顔をしたが、野々村さんが「軽くならいいわよ」と笑いながら言って、結局スピーチをする事になったようだ。

しぶしぶ承知する彼に、私達は笑い、そして、いつの間にか彼も笑っていた。

普段の物静かな笑顔とは別の、普段はほとんど見ることのないはつらつとした笑顔に、私は彼の知らない顔を知ることが出来てうれしかった。

そんな彼を見とれていると、野々村さんがそんな私に気がついたのか笑いながら言う。

「星野さんもちゃんと来てよね。私の美しい姿を見せてあげますから」

その言葉には悪戯っ子のようなニュアンスが含まれていた。

それはお先に失礼って言う感じの女としての優越感といったら言いのだろうか。

もちろん、やられっぱなしは性に合わないので。

「もちろん行きますよ。あなたの年貢の納め時を確認しなくてはいけませんから」

なんて言って返すと野々村さんは驚いた顔をしたあとニタリと笑う。

「ならあなたの時ももちろん招待してくれるわよね?」

「もちろんです。絶対に招待しますから」

私は笑いながらそう返したのだった。


帰りの車の中、彼は浮かれていた。

行きの時とは雲泥の差と言っていいだろう。

それほど今回の事は彼にとって大事な事であり、心の重石が取れたということなのだろう。

そしてそんな場面に立ち会えたという事を私はとてもうれしく思っている。

私は、彼の横顔を見ながらそんな事を思っていたが、「そうだ。いいところがある。少し寄り道してもいいかな」と急に彼に言われて、私は慌てて頷いた。

なんなんだろう。

そんな事を思っていたら、彼は見晴らしのよい展望台みたいな場所に車を止める。

時間はもう夕方であり、太陽が沈みかけていて、その赤い光が周りを幻想的に染めている。

彼に言われるまま、外に出て展望台のふちにまで行く。

下には赤く染まった海が見え、周りには赤く染まった木々がある。

そして、朱に染まった空が一面に広がっていた。

「綺麗……」

私はそんな光景に感動し、そう呟いた。

「ここから見る夕方の光景はすごく綺麗だから」

彼はそう言って、私の隣に来ると一緒に光景を楽しんでいる。

ゆっくりと、まさにじりじりと言ったほうがいいような感じで太陽が沈んでいき、周りが段々と暗闇に沈み込もうとしている。

その変化はすごく綺麗で見とれてしまうほどだったが、彼が私の名前を呼ぶことで私は我に戻った。

「星野つぐみさんっ」

真剣な、それも今までにない真剣な表情で彼が私を見つめている。

もしかして……。

私はそう思った。

しかし、わかったからと言って跳ねるような動悸やドキドキが治まるわけもなく、私は真っ赤になって彼を見つめた。

唯一の救いは、周りが赤く染められていたから、私が真っ赤になったのはわからないかもしれないと言う事だけだ。

「はい」

私はなんとかそう返事をして、彼の言葉を待つ。

「ぼ、僕は、あなたが好きです」

ごくりと彼が唾を飲み込む。

多分、よくわからないが彼の顔は真っ赤になっているのだろう。

そしていくつもの汗が流れていた。

私も口の中にたまった唾を飲み込む。

ドキドキが最高潮に達しようとしていた。

「だから、つ、付き合ってください」

ついに言ったぞ。

彼の表情はまさにそれだった。

今まではっきりといえなかったこと。

けじめをつけて言うと決めていた言葉。

それを今、彼は私に言ってくれた。

すーっと涙がいつの間にか流れて私の頬を濡らす。

「はいっ。私でよければ喜んで……」

私はそう言うと、彼に抱きついた。

彼は言い切った後、脱力しかけていたが、私が抱きついたので慌てて私を受け止め抱きしめてくれる。

やっと、やっと……。

私の欲しかった言葉を言ってくれた。

喜びに振るえ、彼の体温を感じ、私は彼の腕の中で幸せを感じずにいられなかった。

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