「いやぁ、驚いたな」
彼がそんな事を言いつつ、私の事を驚きの目で見ている。
しまったーっ。やっちまった。
なんか誤魔化すためとはいえ、勢いで一気に食べてしまった。
大食いの女の子は引かれたりしないだろうか。
なんか彼の顔が見れない。
約束だったけど、あの時と今では状況が違う。
まさか、私がつぐねぇの彼氏に恋するなんて思っていなかったから言えた約束であって、意識してしまってびくびくしている今、見せていいものではなかった。
何より、私自身の心にダメージが大きい。
さーっと血の気が引くのかわかる。
しかし、そんな私を救ったのは、徹君の一言だった。
「いやぁ、すごく気持ちいい食べっぷりだと思いませんか?」
徹君がそう言って彼に話を振る。
「ああ。ご馳走したかいがあるってもんだ。美紀ちゃん、また機会があったらご馳走するよ」
彼はそう言って、私に笑いかけてくれる。
それだけで私はほっとして笑顔さえ浮かべることが出来た。
「はい。その時はお願いします」
私はそう言って、彼ににこりと笑いかけた。
そして、そのままたわいない話していたのだが、しばらくすると彼のスマホが鳴った。
「ごめん仕事の話みたいだ。少し席をはずすから、二人で話しでもしていてくれ」
彼はそう言って、席を立つとマスターに一言言って店の表に出た。
多分、外で電話に出るつもりなのだろう。
なんか、普段の表情もいいけど、仕事の電話に対応する時のピーンとした感じもかっこいいなぁ。
そんな事を思ってしまう。
よく考えてみたら、こんな仕事先から電話がかかってくる場面なんてつぐねえと一緒の時はなかったはずだから、私がつぐねぇよりも先にあの表情を見たのだろうか。
それならなんかうれしいなぁ。
そんな事を思っていたら、徹君がぼそりと言葉を発した。
「美紀さんが好きなのは、あの人なんですね」
その的確な言葉にドキリと心臓が鳴る。
「え、えっと、な、何言ってるのよ、か、彼はつぐねぇの彼氏で……」
「でも好きなんですよね。あの人のこと……」
容赦ない徹君の言葉が私を追い詰める。
さっきまでの笑顔ではなく、真剣な表情で私を見ている徹君の言葉には重さがあった。
ちょっとやそっとの言葉でどうにかできる重さではない。
「僕も好きな人がいますからわかります」
そう言って、徹君は私をじっと見つめる。
その表情も目も真剣だった。
「僕は、美紀さんが好きです」
彼ははっきりとそう言った。
「え?!」
予想もしない言葉に私は怯んだ。
それに追いうちわかけるように徹君の言葉が続く。
「はじめて見かけたのは、おばあちゃんを手助けしているところでした。僕にはあの時、美紀さんが天使にみえました。それ以来、僕はあなたのことが忘れられなくなりました。あなたと話をしたい。笑いあいたいと思うようになりました。そして、それが好きだという気持ちだと気が付いたんです」
彼の言葉は、どんどん私を追い詰めていく。
現実を責められているような気がした。
私は天使なんかじゃない。
姉の彼氏を好きになってしまうような情けない人間なのに。
汚い人間なのに。
ここから逃げ出したかった。
しかし、今、逃げることは出来ない。
それに言い返そうにも言葉が浮かばなかった。
ただ、混乱し、ごちゃごちゃになる。
そして、私は開き直った。
「そうよ。私、彼が好きよ。どう?幻滅した?天使に見えたですって?残念ね。私はこんなにも……」
しかし、言葉は最後まで言えなかった。
「よかった」
徹君のその一言が私の言葉を止めたのだ。
「えっ?!」
呆気にとられてしまう私に構わず、徹君は微笑んで言葉を続けた。
「これで、美紀さんが天使だからって理由で付き合うことを諦めなくてすみます」
その言葉の意味がよくわからずに私は聞き返す。
「なに、それって……。どういう意味?」
「だって、天使だったら付き合ってなんて言えません。憧れだけで終わっちゃうから。でも、美紀さんもいろんな感情を持つ人間だって思えたから。だから、よかったなって……」
その言葉に、私は力が抜けてしまった。
私の汚い部分を見て、幻滅するどころか、それがかえって人間臭くていいといわれているのだ。
なんか片意地張るのが馬鹿らしくなってしまった。
「あははは、なんか私、馬鹿みたい……」
私の言葉をどう理解したのかわからないが、徹君も笑っていた。
「馬鹿でいいんじゃないっすか。僕も馬鹿だし……」
それは慰めの言葉だろうか。
いや、本気で言っているのかもしれないが、それはそれでいいと思ってしまう。
自然と笑いが漏れる。
そして、私はゆっくりと徹君の顔を見る。
「こんなめんどくさい女がいいのかしら?」
「そういう部分もひっくるめて、好きになりたいっす」
どうやら好きになるよう努力するということらしい。
実に正直だ。
なかなか面白いと私は思った。
たから、私は徹君に条件を出した。
「いいわ。あなたと付き合ってもいい。でもね、最初は友達として…。お互いの事を知りましょう」
「はいっす。望むところっす」
片手でガッツポーズを取る徹君。
「あと、もう一つ」
私はくすくす笑いながらもしっかりと徹君に言う。
「その語尾に『っす』つけるのは止めなさい。私、そういうの嫌いだから」
「わか……りまし……た」
なんとかそう言う徹君。
実にいいにくそうだ。
しかし、それはそれでかわいいと思ってしまう。
そして、しばらくして彼が帰ってきた。
笑いあう私達を見て少し驚いている。
「おっ、いきなり仲良くなって、何かあったんだい?」
その問いに、徹君はニカッという擬音が合うような笑顔を浮かべる。
「美紀さんに告白しました」
その言葉に、思わずコケそうになる私。
なんという事を言うのだろう。
それも彼の前で。
しかし、彼はその言葉を聞いても驚かなかった。
それどころか、私に微笑んでいた。
その微笑には、私を愛しむ気持ちが感じられたが男女の愛情は感じられない。
つまりはそういうことだ。
彼にとって私は大切なつぐねぇの妹という立場なのだ。
そして、不思議な事に、以前のように心が痛まない。
まったく痛みがないわけではないが、それでも以前とは雲泥の差だ。
だから、私は強がって言う。
「まだ、お互いの事知らないから、友達からってことでOKしたわよ」
私の言葉に、彼は微笑んで言う。
「おめでとう」
その言葉が私だけでなく徹君にも向けられているのかわかる。
「がんばりますっ。きっと美紀さんを幸せにしますっ」
その言葉に私が突っ込む。
「まだ仮採用もしてないうちから、不合格を食らいたいわけ?」
徹君が慌てて「すんません。それだけはご勘弁を」と言いつつ拝み始める。
それを見て、私と彼は笑い出してしまう。
それに釣られて、徹君も笑い出す。
なんだ、年下の男の子でも、こんなに楽しく会話できるんじゃないか。
私は、今まで霞んで見えていなかったものがパーッと見えたような気がしていた。