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第50話 チケット

「やぁ。どうだったかな、キットの感じは?」

店内で塗料を見ていた僕は後ろから悟さんに声をかけられた。

「ああ、こんにちわ。そうですね、コックピット周りはいろいろ手間かけたいんで後回しにして、体の後ろの部分を先に組んでるんですけど、部品同士の合いはかなりいい感じなんですけど、胴細かなパーツ分割のためか、若干のズレや隙間が出ますね」

僕の言葉に、苦笑しつつも頷く悟さん。

「まぁな。それでもあのキットの出来はかなりいいほうだと思うぞ」

「ええ。それは認めます。かなりいい感じで、すいすい作れましたから」

「あと気になったのは何かな?」

「そうですね……」

少し考え込む。

自分の感覚だけど言った方がいいのかなという迷いはあったが、言うべきだろう。

せっかく話を聞いてくれているのだから。

だから、話すことにした。

「後は、レンジ製の座席のバリや余分な部分の切り離しなんかがめんどくさいですね。組み立て説明書に日本語がないし、詳しく書いてないので、どこまでで切り離すのかとかとかいった細かな部分がわかりにくかったです。それに僕だけの感触なんですが、プラスチックが柔らかい気がしています」

僕の話を面白そうに聞いている悟さん。

「なら、よかったところはどこかな?」

「うーん……。予想していたよりもモールドがシャープで合いがよかったことと、説明書に実機の部分部分のカラー写真が載ってて参考にしやすかったことですね」

僕の言葉を面白そうに聞いていたが、満足したのか頷くと僕の後ろの方にあるカウンターの方に声をかけた。

そこにはつぐみさんがこっちを真剣な表情で見ている。

「つぐみ。今の意見、きちんと覚えておけよ。お前の欠点は、わしのような上級者の感覚に近い説明をすることがあることだ。プラモデルというのはな、人それぞれの作り方、楽しみ方がある。そんな些細なことでも作る人を満足できるようにしっかりといろんな人の意見も覚えておくといい」

つぐみさんを見てそう言うと、つぐみさんは頷いている。

そして、今度は僕の方を見るとにこりと笑った。

「坊主、いい意見をありがとうな。海外のプラモっていうのは癖が強いものが多くてな。日本人的な感覚だと違和感を覚える事も多い。だから、作っている人の感想や意見はすごく参考になる。それにだ。こういう感想や意見は店の財産になるからな」

そう言って、僕の背中をバンバン叩く。

痛いてすよっ。

認められたみたいでうれしいんですけどね。

あと、僕の呼び方が、「坊主」になっていた。

普通なら、ムッとするかもしれないのに、悟さんに言われるとうれしいのはなぜだろう。

そう思って考えてみる。

そして簡単に結論にたどり着いた。

僕は、悟さんというモデラーとしても、人としてもとてもすごい人に坊主と言われることに親しみや身内感を感じるためじゃないかと。

そして、多分それは間違っていない。

現に今も模型を作る人の意見を聞き、それを店の財産とつぐみさんに言っている。

この人は、模型を、そして模型を作る人を、そして模型を作る事で楽しむ人の喜びが大好きな人なのだと。

僕は、つぐみさんと模型の事や対応を話しこむ悟さんを見てそう思った。

話がひと段落ついたのだろうか。

つぐみさんと話し込んでいた悟さんが、こっちを向いた。

「よしっ。いい意見をくれた坊主にご褒美だ」

そう言って、ポケットから紙切れを2枚取り出す。

そして、それを渡しつつニタリと笑った。

「今度の日曜日につぐみと一緒に言って来い」

いきなりの事で驚き、そして慌てて、頭の中で次の日曜日が休みかどうか確認する。

ふう、何とか休みのようだ。

それに予定はなかったはず。

「もうおじいちゃんっ。いきなり言われても彼、困ってるじゃないのっ」

つぐみさんが慌てて悟さんに抗議している。

頬辺りが少し紅色に染まっているのは照れているからだろうか。

それに僕の事をまず考えてくれているのはすごくうれしい。

「ああ、大丈夫だよ、つぐみさん。運よくその日は休みだし、予定も今のところはないよ」

「ほれ。ならいいな」

「ならいいなじゃありません。お店、どうするんですかっ。その日は美紀ちゃん、用事でいないんですよ」

つぐみさんがそう言うと、何を言っているという表情で悟さんが言う。

「心配しなくてもわしが店は見ておく。だから、たまには愛しい彼と愛でもはぐくんでくるといいぞ」

そう言ってニタリといやらしい笑いをする。

普段は物静かで優しい感じだが、目を細め、口角を吊り上げると実にいやらしい顔つきになってしまうようだ。

僕も気をつけよう。

「もうおじいちゃんっ!!」

少し怒り気味の口調だが、真っ赤になっている顔と汗でつぐみさんが照れまくっているのがよくわかる。

僕だって身体が熱い。

多分僕も同じように真っ赤になっているんだろうな…。

「何を照れておる。せっかく距離を近づけるチャンスを用意してやってるんじゃぞ。感謝しなさい」

「だからっ。そういう事は本人同士で……」

そう言い返そうとするつぐみさんに、悟さんはするっと言い放つ。

「わしとしては、早く曾孫の顔が見たいからの。さっさと結婚してしまえ」

結婚して、曾孫を作るって事は…まぁ、そういうことで……。

すーっと視線をつぐみさんに向けるとつぐみさんの視線もこっちを向いた。

つぐみさんも同じ事を考えていたようで、目と目が合った瞬間に一気に熱量が上昇し、思考が真っ赤に染まった感覚になってしまう。

互いに相手をちら見しつつ、固まってしまっているといったらいいだろうか。

そんな僕らをニタニタといやらしい笑いを浮かべつつ、「そういうことだから。決定だぞ」と言い放つ悟さん。

そして、固まってしまった僕に紙切れ(どうやらチケットのようだ)を2枚、手渡された。

そして、笑いながら悟さんは店から出て行った。

悟さんが出て行き、少し時間がたってだが、やっと思考が回り始めたころ、手渡されたチケットに目を落とす。


そのチケットには、『2018年新作模型見本市』と書かれていた。

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