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第51話 お出かけ3日前…

「うーん……。思ったよりも修正が必要だな」

パテを盛りつつ、目の前のパーツを見る。

機体の機首周りだが、所々にパテを持っては削りの修正のあとがある。

もちろん、そのためその周りのモールドは消えてしまっている。

機体の中央から後部にかけては、そう修正も必要なく、ハメも悪くなかった。

それでもエンジン周りのズレは修正する必要はあったのだが……。

しかし、作り進めていくと問題点が出てくる。

まず、1つ目は組み立て説明書の不備。

一部のパーツ取り付けが掲載されていないのだ。

前のページにないパーツが次のページでは付いていたりする。

特に、細かな部分のパーツの取り付けが飛ばされてしまっている。

次に2つ目は、先ほど上げたパーツの修正だ。

この模型の分割構成は独特で、その為にズレなどが起こり易い感じだ。

特に機首部分と中央から本体後部にかけてのハメには大きくずれが出る可能性が高い。

現に、借り組み時点で大きなズレが発生しているし、本組みでは必ずパテで修正しまくる事になるだろう。

そして3つ目が、パーツの割れが発生しやすいということだ。

プラスチックの質に関しては、以前から思っていたのだが、柔らかい気がする。

そのためだろうか。

薄い部分に少し力がかかるだけでひび割れたりする。

今のところは垂直尾翼と2つ爆弾の3箇所程度ですんでいるが、もしかしたらまだ割れるかもしれない。

以上3つが製作が進んで出てきた問題点だ。

1つめの、説明書の不備だが、元のキットとなったK社のキットの販売紹介の記事に説明書も載っていたのでそれを今参考にして製作することになりそうだ。

次に2つ目は、まぁ。モールドを犠牲にして少しずつやっていくしかないだろう。モールド作るの下手なんだけどなぁ。

そして、最後のパーツ割れの件だが、薄い部分は注意してその都度対処していくしかないだろう。

何とか次の同好会の発表には間にあわせないといないし、後、悟さんやつぐみさんにもこういう問題点は言っておかないとな。

そんな事を思いつつ、手を止めてパーツを置く。

パテ盛りはもう終わっているから後は乾燥待ちだ。

「うーっ」

首と肩を回して背を延ばす。

そして自然とパソコンの横にある模型に目がいく。

そこには迷彩塗装されたT-4のたまご飛行機のキットが飾ってある。

それを見ただけで、顔に笑みが浮かんでしまう。

つぐみさんが作った模型。

つぐみさんのキットを持っているのは、僕だけだろうか。

それならうれしいんだけどね。

それは、彼女の特別な人だと思われている証だから。

そして、僕のキットを欲しいと言ってくれた事を思い出す。

今ごろ僕のキットはどうしているのだろうか。

大事にされているといいんだけどな。

そう思いつつ、カレンダーに目をやる。

いろいろ仕事や予定がぎっしりと書かれており、次の日曜日には、大きな赤丸が書き込んである。

そして、その日の予定には「つぐみさんの誕生日」と書かれていた。



「ふう……」

お風呂上りの髪をドライヤーで乾かして整える。

鏡の中の私は、すまし顔でため息なんてもらしていた。

すーっとカレンダーに目をやる。

次の日曜日には、お出かけと予定が書かれ、チェックのために赤色で印をつけている。

言っとけばよかったかな。

そんな事を思ってしまう。

今度の日曜日は、私の誕生日なの。

その一言がずーっと言えないでいる。

でもそれだとプレゼント請求しているみたいだし、なんか嫌だなと思ってしまって言い出せない。

うーんどうしょう。

そう思っていてふと気が付いた。

私、彼の誕生日知らない。

自分の誕生日の事ばかり考えていて彼の誕生日を知らないというのはなんて事だろうか。

付き合うようになったから、知っていたほうがいいのだろうか。

やっぱり知っていたほうがいいよなぁ。

しかし、直接聞いたほうがいいのだろうか。

でも、本人に聞くのはなぁ。

「はぁ……」

ため息が出た。

多分、おじいちゃんは、次の日曜日が私の誕生日だと知ってたからこそあんな風に強引に出かける予定を押し付けてきたのだろう。

「私の誕生日だからデートしましょう」って気軽に言えたらいいんだけど、まだ怖いと思ってしまう。

せっかく告白されて、付き合い始めたのに別れる事になったらどうしょうという不安だ。

それは、付き合う前に抱いていたこの人に嫌われたらどうしょうという感情よりも大きい気がする。

それはやはり、思いが大きくなった分、その反動で不安も大きくなってしまったのだろうか。

「はぁ……」

またため息だ。

何度も出るため息に自分自身、うんざりしてしまう。

その時だった。

トントン。

ドアを叩く音。

「ねぇ、つぐねぇ、ちょっといいかな…」

美紀ちゃんだ。

「はい、どうぞ」

そう言ってドアの方を見る。

ドアが少し開き、美紀ちゃんが顔をひょいと出す。

「あのね。つぐねぇ、明日と明後日だけど少し料理を教えて欲しいんだけどいいかな?」

言いにくそうにそう聞いてくる。

美紀ちゃんから料理を教えて欲しいというのは初めてだ。

「いいけど、どうしたの?」

思わずそう聞く。

「えっ?!まぁ……その……」

顔を少し赤らめて、言いにくそうにもじもじしている。

それでピンときた。

「徹くんに持っていくの?」

私の言葉に少し驚いた表情を見せたが、すぐに苦笑してみせる。

「そうなのよ。あいつ、今度試合あるから応援しに来てくれって言うのよね。そのうえ、私の手料理食べたいなんて言ってくるし。本当にずうずうしいんだから」

そんな事を言いつつ、まんざらでもない表情を見せる美紀ちゃん。

最初は、大丈夫かなと思っていたものの、意外と性格の相性はいいらしく、高校生と短大生とすれ違いはあるものの、その分最近は電話とメールでお互い連絡を取り合っているようだ。

ふふふっ。

思わず笑みが漏れる。

それをどう取ったのだろうか。

美紀ちゃんが真っ赤になって慌てだす。

「ほ、本当はどうでもいいの。いい迷惑なんだけどね、私としてはっ」

「でも作って持っていくんでしょう?」

少し意地悪だと思ったがそう聞いてみる。

「だ、だって、さぁ、潤んだ瞳で……美紀さんの手料理食べたら、試合がんばれるっていうんだもん」

「あら。なんかもうすっかり彼氏彼女みたいね」

「ち、違うっ。まだ採用試験中なのっ。それに私の好みは年上の優しくて会話の楽しい人なんだからっ」

つまり、彼のことがやっぱり気になっていたのだろう。

美紀ちゃんのためなら、彼を譲ってもいい、とは絶対に思わない。

美紀ちゃんはかわいい妹だけど、それとこれとは別物だ。

だから、今の徹君との付き合いは、私的にもありがたい。

それにだ。

徹君との話をする美紀ちゃんが実にかわいい。

恋する乙女とはよく言ったもので、実に乙女している。

普段なかなか見れない分、実に楽しい。

美紀ちゃんが、彼と私をよくからかったり、ちょっかい出したりする気持ちもわかる気がする。

だが、やりすぎると拗れてしまうそうだから、からかうのはこれぐらいにしておこう。

「わかったわ。何を作りたいの?」

そう聞くと、美紀ちゃんからいろいろリクエストを言われる。

「それって彼の好物?」

「うん。ちょこちょこ聞き出して確認してる」

こういうところは実にわが妹ながらうまいと思う。

それに引き換え、私ときたら自分の誕生日さえも言えずモヤモヤしているだけだ。

ああ、少しはこういうところを私に譲って欲しい。

そう思ってしまう。

ああっ、思考が別の方向に行きそうになってしまった。

修正、修正っと。

「なら、明日と明後日はいつごろかえってくる予定?」

「うーん、いつもどおりかな」

「なら、帰って来てから教えてあげる。そして、それを夕食にしましょうか」

「うん。それでいいよ」

そう約束して、「じゃあ、おやすみなさい、つぐねぇ」と言って美紀ちゃんは一旦ドアを閉めかける。

しかし、何かを思い出したのか、引っ込めた頭を再度出して私に告げた。

「あ、そうそう。この前彼が来た時に聞かれたから、つぐねぇの誕生日教えたからね。今度の日曜日、期待していいんじゃないかな」

そう言ってニタリと笑うとドアを閉めて自分の部屋に戻っていった。

え……。

美紀ちゃんの言葉が頭の中をぐるぐる回っている。

この前って、それって用事があって美紀ちゃんにお店を任せたのは三日前で。

その時に彼は知って。

で、彼はそれを知っていて今日私に会っていたわけで。

それってつまり……。

さっきまで悩んでいたことが実はもう解決済みで、モヤモヤしていたのは私の独りよがりでしかないという事。

そして、今度は、私が彼に誕生日を聞くという難易度の高いミッションのみが残されてしまっているという事を示している。

くうーっ……。

互いに誕生日を教えあうという比較的難易度の低い方法がもう使えないとはっ。

多分、さっきからかった報復を兼ねての反撃なのだろう。

美紀ちゃんには敵わない。

私はがっくりと力が抜けてその場に座り込んでしまっていた。

しかし、愚痴は言いたい。

「それならそうと早く言ってよ、美紀ちゃんっ」

私は、誰もいないドアの前でそう言うしかなかった。

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