もう普段のつぐみさんかな。
コーヒーブレイクの後、僕の手を引っ張っていくつぐみさんを見て少しほっとした。
この前の美紀ちゃんの時も途中までなんか感じが違ってたんだよなぁ。
なんかこうカチンコチンって感じで、上の空っていうかなんか、こう……。
えーいっ。それはもうどうでもいい。
問題はなぜそうなってしまったかだ。
何かやり方まずかったかな。
自己嫌悪になってしまいそうだった。
でも、本当に良かった。
これなら……。
僕はポケットの中に入っている小さな箱を握り締める。
その箱のさらさらとした感じの布の表面がまるで自分は特別だと主張していかのようだ。
わかってる。
お前は特別だって。
僕はそう思いつつ、つぐみさんを見て気合を入れなおすと微笑んだのだった。
コーヒーブレイクの後、会場の残りを周る。
前半が有名国内メーカー中心に周ったので、後半はツールや塗料の会社、輸入業者やカスタムパーツなんかを作っている小さな会社や個人ディーラーなんかを周ってみた。
いろいろなものが展示してある。
カスタムパーツやデカールなどのほかにツールや新作の塗料なんかも多い。
特に、カスタムパーツは定番のやつから、そんなところも出すの?って感じのものまで有名メーカーが絶対に出せないようなものがあったりと、実に多彩だ。
おかげで自然とつぐみさんとの会話も楽しく出来ていたように思う。
特に、たまご飛行機のカスタムパーツには参った。
つぐみさん、食い入るように見てたからなぁ。
そして、最後に作品展示会場だ。
かなり有名なプロモデラーだけでなく、モデラーとして有名な芸能人の作品があったりと作品の幅が広い。
そんな中、ふと見たことのある作品を見つけた。
「これって……」
タイトルと製作者を確認する。
「これ、おじいちゃんのです」
以前星野模型店で見せてもらった悟さんのジオラマだ。
あれから手直しをしたのだろう。
凄みが増している。
「ちょっと展示会にだすからって持っていったのは知ってましたが、まさかここに出してたとは……」
つぐみさんも知らせられてなかったようでびっくりしている。
そして何気なく次の作品を見てまた驚いた。
この前の同好会の展示会で出ていた南雲さんの1/32のフォッケウルフだ。
そして、その後には、梶山さんや秋穂さんの作品が並んでいる。
「うちの同好会ってこういうところで展示するほど有名なんですか?」
思わずつぐみさんに聞いてみる。
「うーん、どうですかねぇ。でも……」
少し考え込むポーズをとるつぐみさん。
そのしぐさによって大きな黒縁のめがねがズレるが、そのおかげでとってもかわいく見える。
「でも?」
そう僕が聞き返すと、つぐみさんは考え込むポーズをといてニヤリと悪戯っ子のような笑顔を浮かべた。
「年二回の展示会のチケットほぼ完売だそうですから、そこそこは有名かも」
初めて知る事実にプレッシャーがどーんと圧し掛かってくるようだ。
「し、知らなかった。僕なんかが入ってていいんだろうか……」
思わず口から出た言葉に、つぐみさんは苦笑している。
「入会試験に合格したんだし、それにまぁ、そんなに気にしなくてもいいんじゃないですか」
そう言いつつ笑いながらすーっとつぐみさんが先の方を指差す。
その指先、ちょうど展示されている作品の五個先には、よく見知ったものが……。
「あれって……」
くすくすつぐみさんは笑いながら言う。
「はい。あなたの作品ですね」
そこには、僕が同好会の入会課題で作った1/48烈風が展示されている。
「なんか、少し借りてていいか?なんて南雲さんが言ってたから、どうぞって言ったんだけど……」
僕は頭をかきつつ苦笑する。
「こんなところにあるなんて……」
僕のしぐさと言葉に我慢できなかったのだろう。
くすくす笑いは、なんとか声は上げないものの、肩を震わせるほどの笑いに変わっていた。
「もう、つぐみさんもそんなに笑わないでくださいよ」
僕がそう言うと、「ごめんなさいっ」と言われるもなかなか笑いが治まらない。
どうやら笑いのツボに入ってしまったようだ。
しまいには苦しそうに咳き込むので背中をトントン叩く羽目になってしまう。
以外と笑い上戸なのかも知れないな。
また新しくつぐみさんの事を知り、僕は少し拗ねたような顔をしてみせたがすごくうれしかった。
もっともっとつぐみさんの事を知りたい。
いいところも悪いところもいろんなつぐみさんを知りたいという気持ちが僕の中で強くなっていった。
展示会場を全て見終わるころには、夕方の四時を過ぎていた。
即販物のコーナーに立ち寄って、新商品やカスタムパーツなんかを見て回り、チェックをして購入してみる。
特に最近は1/48の飛行機を作ることが多いから、コックピット周りのパーツ、特にシートベルトなんかは省略されている事も多いのでいくつか買い込む。
後、輸入品の海外メーカーのキットを数点購入。
また、買いはしないものの、ガレージ系やカスタムパーツ系は店にはないものが多く、参考になるし面白かった。
つぐみさんもいくつか買い込んでいる。
どうやら悟さんに頼まれたものらしい。
リストを書いた紙をチェックしつつ、買い込んでいる。
もちろん、僕は荷物持ちを手伝う。
もっとも、たいして量でも重さでもないんだけどね。
そしてすべてが終わって車に戻ってきた頃にはもう五時になっていた。
よしっ。ちょうどいい時間だ。
ここからが気合の取れどころだ。
ごくりと口の中の唾を飲み込む。
「あ、あのさ、つぐみさんっ」
僕の緊張した声に引きづられたのだろうか。
「ひゃいっ……」
びくんとつぐみさんの身体が跳ねるように反応して上ずった声で返事をした。
そして伺うように僕の事を見ている。
「あのですね。こんな、じ、時間だから、よかったらなんですけど……一緒にご飯食べていきませんか?」
僕の言葉にすぐにつぐみさんは微笑んで返事をしてくれるが、声は相変わらず上ずっていた。
「は、はいっ。そうですね」
「い、家に電話しなくてもいいんですか?」
「い、いえ、多分、食べてくるかもと思って事前に言ってあります」
そう答えて、しまったというような表情をするつぐみさん。
多分だが、計算づくのしたたかな人だと思われてしまったんじゃないかと思ったようだ。
顔があたふたとなっているのが小動物のようでとってもかわいい。
あ、本人には言いませんよ。絶対に。
「あ、それはありがたいな。もし駄目とかいわれたらどうしょうと思ったから……」
そう言ってつぐみさんを安心させる。
彼女もほっとした表情だ。
「じゃあ、行きましょうか」
そう言って、僕らは車に乗って目標のレストランに向って出発したのだった。