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第54話 誕生日 その3

「味はどうかな?」

彼はそう言って私を伺うように聞いてくる。

うーっ……。

そんな様もなんかろうそくの光ですごくかっこいい。

ここは雰囲気のあるレストランだ。

もっとも、それほど大きくはなくてテーブルも10セット程度だ。

まぁ、高級ホテルとかの豪華なレストランとかよりはずっと肩の力が抜けていい。

それにフォークとナイフもずらりと並んでいるわけではなく、メインのナイフとホーク以外はコーヒーとデザート用のスプーン。

それにサラダ用のがあるのみで次はどれを使ってとか気にしなくて食べられる。

料理だって、前菜とかメインとか何回かに分けてくるものの、おしゃれと言うよりしっかり食べれる感じのものだ。

でも、丁寧に飾り付けられており、量も見た目も問題ないといっていい。

それになにより味が美味しい。

上品な味だが、あっさりしすぎなく、こってりしすぎなく、実にちょうどいい。

そう表現したほうがいいだろうか。

だから……。

「すごく美味しいです。それに……」

そう言いかけた私に、彼は微笑を浮かべて言う。

「カチコチに緊張しなくていいでしょ」

ああ、見抜かれていたみたい。

私はてっきり高級レストランの類かと思って車の中の時点でカチンコチンになっていた。

多分、その事を言ってるんだろう。

だから、私は苦笑して答える。

「やっぱり。わかってた?」

「うん。ただ……」

「ただ?」

「僕も高級レストランとかは苦手だから、これくらいがちょうどいいんだ。昔は営業でね、いろんなレストランで食べたこともあるけどさ。高級なところだと、もうね、何食べたかわかんないくらいに緊張してた。それで、最初の候補リストからは、その類は外したんだ」

苦笑いしつつ、そう彼は説明する。

「次考えたのは、ちょっとおしゃれでこじんまりとしてお店で、まぁ、隠れた名店と言う感じのお店かな。ここなんかも営業で周っている時に見つけてね。どんなお店だろうって仕事終わって修と二人で入ったんだよ」

彼が親友の名前を気軽に話す。

ああ、切れた糸がきちんと繋がっているのがわかる。

よかった。私はそう思う。

「そしたら、その時が今のような雰囲気でさ」

そう言って彼が少し大げさな感じで軽く手を上げる。

確かに暗い感じで蝋燭がテーブルに立てられていて、どちらかというとカップル専用と言う感じだ。

現にいま、この店にいるのは私達を含めてカップルだけだ。

そんな中、男二人で……。

頭の中でその時の様子を想像する。

いけない。

思わず噴きだそうになった。

しっかりとハンカチで笑いを押さえる。

駄目だ。

一度想像したら止まらない。

こんなカップル前提の雰囲気の中、男二人……。

多分、きょとんとしていたに違いない。

そんな状況なのに、彼は面白おかしく話の続きを話し出す。

「しかし、まさかそのまま帰るわけにもいかなくてね。仕方ないから男同士でカップルのように座ってね。料理が出るまで場の雰囲気に圧倒されてさ、無言で小さくなってじっとしていたよ」

もう我慢できなかった。

上品にと思ったけど笑いは止まらなかった。

お腹を抱えて笑ってしまう。

こんな雰囲気の時に、こんな面白い話をするなんてのはずるいと思う。

余計にギャップで抑えられないじゃない。

よく見ると彼も一緒に笑っていた。

釣られて笑ったのか、それともその時の事を思い出したのか。

そんな風に楽しく話をしていたら、スープが運ばれてくる。

どうやら、食事の時間のようだ。

私達は、その楽しい雰囲気のまま、会話と食事を楽しんだ。

そして、食後のコーヒーの時だった。

もうこれでこの楽しい時間も終わりかと思っていたが、二人のボーイさんがなにやら運んできて私の前に置く。

それは小さな、それでいておしゃれなケーキだ。

蝋燭が一本立っていて、上にちょこりんとのっているチョコのプレートにはホワイトチョコで「Happy Birthday」と書かれてある。

もうすっかり忘れていたというより、こういう展開も考えてたんだけど最初当たりに出てこなかったから多分ないと思い込んでいた。

まさに予想外の不意打ちだった。

だから、ドキリとしたと同時に心に何かがズシンと響いたように感じがした。

目に涙がたまっていくのがわかる。

こんなに幸せを感じた事はないといってもいいほどの幸せが私を満たしてくれる。

多分、これは彼の演出なのだろう。

緊張していた私をリラックスさせて、どーんといったわけだ。

ずるい。

こんなのされたら、うれしくて泣いてしまいそう。

彼がそんな私の様子を見て微笑んでいる。

「誕生日おめでとう。つぐみさん」

そう言って彼はポケットから小さな箱を出す。

紫の布が張りつれられた箱。

あるモノがよく入れられている化粧箱だ。

そして、ぱかっと開けられた中には、想像通りのものか入っていた。

そこにあるものは、シンプルなデザインのシルバーの指輪だった。

もう、泣くのを抑えられなかった。

「あ、ありがとう……。こんなにうれしい、誕生日は……はじめてよ」

私は途切れ途切れだが感謝の言葉を言う。

そして、左手をすーっと彼の前に出す。

その意味はわかると思う。

彼は少し迷ったが、私の薬指に指輪をするりと入れて上に上げる。

それで完璧だった。

しかし、せっかくのいいシーンだが、思わぬオチが待っていた。

「あれ?」

そんな彼の声が上がり、私も同じような声を上げた。

涙はそれがきっかけで止まってしまう。

「おかしいなぁ」

首をひねる彼に、私は恐る恐る聞く。

「ねぇ、これ大きくない?」

そうなのだ。

ブカブカまでは行かないものの、少しサイズが大きいようなのだ。

だから、すーっと簡単に外れてしまう。

申し訳なさそうな顔で私を見る彼。

そんな顔を見せられてしまったら何も言えなくなるじゃない。

私はそう思ったが、ふと頭に浮かんだ事をそのまま言う事にした。

もちろん、彼を傷つけないように茶目っ気たっぷりの口調で……。

「仕方ないですね。次はきちんと指のサイズ教えますから二人で買いに行きましょう。もちろん、おそろいのを……」

彼は私の言葉を聞いて苦笑した。

そして「ありがとう」と言ってくれる。

「でも、どうしょうか、これ……。このデザインだからサイズ調整は難しいだろうし、取り替えてもらう?」

彼が私の指にある指輪を指差して言う。

彼の言葉に首を横に振る。

「何言ってるんですか。この指輪がいいんです。あなたがしっかり選んでくれたこの指輪が欲しいんです」

私はまるで駄々っ子のように指輪をつけたまま右手で隠すように左手を握り締める。

「でも……」

そう言いかける彼に私はにこりと微笑んだ。

「それにこれはネックレスにするんです」

「ネックレス?」

「はいっ。チェーン買って、いつも首につけておこうと思ってるんですから。交換は駄目です」

そこで一息間を入れて言う。

なんかさっきから顔が熱いが、もう気にしないことにした。

「その時は、一緒にチェーン選んでもらえませんか?」

私のその言葉に、彼はうれしそうに頷く。

そしてすーっと立ち上がると恭しく頭を下げる。

実に芝居がかった動き。

そしてお茶目な表情。

「わかりました。わが姫」

そうきましたか。

私だって負けてられません。

「ええ。その時はお願いね、わが騎士さま」

私も芝居がかってそう答えます。

まさかそうかえってくるとは思っていなかったようで、彼の動きが止まる。

そして、しばらくの沈黙の後、二人で顔を見合わせて笑ってしまっていた。

なんかこういうふざけあいも悪くないかも。

そして、たまには私もやってもいいかな。

そう私は思ったのだった。

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