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第61話 H社 たまご飛行機シリーズ ゼロファイター 零戦 その3

電話で相談されて三日後、今日は徹くんと第一回目の製作の日だ。

プラモデルの中身を見た瞬間、「これなら楽勝ですよ」と笑いながら言い切った彼に、僕は自分が作った完成品の見本を見せた。

もちろん、きちんと塗装してデカールも張ってある。

まぁ、翼の加工に三十分、塗装とデカールに三時間。

製作時間は合計四時間未満程度だ。

見本を見た徹くんは言葉もなく見入っている。

そして、その後に発した言葉は最初とは真逆の言葉だった。

「む、無理です。こんなの……」

「やってもみないで無理か。情けないな」

僕がそう言うと、徹くんはきっと僕を睨む。

「だって、僕は素人ですよ。プラモデル作ったこともないんですよ。こんなのできるわけないじゃないですか」

思っていたとおりの言葉に、僕はもう一つの見本を出した。

僕のものほどではないが、きちんと完成したピンク色で塗装された零戦がちょこりんとある。

「これはね、昨日、僕が指導して親戚の女の子に作ってもらったものだよ」

「えっ?!」

「ちなみに言っておくが、その子は小学5年生で、プラモ作ったことはない子だよ」

僕の言葉にショックを受けているかのように固まる徹くん。

本人にしてみれば、小学生の女の子が作れて、自分が作れないと言ってしまったという事は屈辱だろう。

「それに、徹くんは美紀ちゃんを驚かして喜ばせかったんじゃないのかい?」

僕の言葉に徹くんの身体が揺れる。

もう少しかな。

「徹くんだって、お弁当、美紀ちゃんの手料理だからこそ、感激したんじゃないのかい?まぁ、まったくうれしくないとは言わないけど、市販のお弁当を持ってきてもらってもあれほどうれしい気持ちになったと思う?」

その言葉が彼の背中を強く押したようだ。

「そうですね。美紀さんのためだと思えばできない事なんてないです」

そう呟くと、徹くんは僕に頭を下げた。

「失礼な事を言いました。よろしくお願いいたします」

「はい。わかりました。僕も出来る限りサポートするからがんばろう」

「はいっ」

そして僕らは製作を始めた。


「はい。これを見て」

製作した改造ポイントをまとめたマニュアルの紙を出して見せる。

それを食い入るように見る徹くん。

気合十分なようだ。

「時間があまりないので、キットの改造は主翼と尾翼の切り落としと加工のみであとはキットのままでいい。今日は、主翼と尾翼の加工をメインにして、出来れば、本体とかの一部完成まで行きたいと思う」

「はい。よろしくお願いします」

道具は、さすがにそろえるのは高校生のお小遣いでは負担も大きいだろうと自分の道具やお店の貸し出し用を用意している。

まずは主翼と尾翼のパーツと本体のパーツの切り離しを行う。

恐る恐るだが、部品を二度切りで切り離し、本体はプロペラ稼動部分のパーツを挟めて張り合わせた後、流し込み接着剤で固定する。

「これ張り合わせてもいいんですか?」

「ああ、問題ないよ。じゃあ、最初に翼をそのまま差し込んでみて…」

そう言われ、徹くなは主翼と尾翼を本体に差し込む。

「うわー、長いですね翼の部分……」

先に僕の作ったデフォルメ版を見ていたためだろう。

そんな言葉が徹くんの口から漏れた。

「だろう?本体は結構丸々しんているんだけど、翼が長すぎる感じなんだよね。だから、この図にあるサイズに切り落として、丸く加工しょうか」

「はい」

おっとその前にスジ彫り消さないとな。

手早く溶かしパテを作って、徹くんにスジ彫りの上に流し込むように指示する。

「これ、せっかく彫ってあるのに消すんですか?」

「ああ、残っているとおかしいからね。それに今回の場合は、時間もないし、デフォルメをメインに考えて作るから消したほうがいいと思うよ」

「わかりました」

スジ彫りの上から溶かしパテで埋め終わると、ドライヤーで一気に乾かす。

その間に、徹くんには、本体の境目なんかをヤスリがけをしてもらう。

「多めに接着剤流し込んでいるから、余分な分が少し盛り上がっているだろう。その部分をヤスリで優しく削り落として」

頷いてもくもくと作業をする徹くん。

その表情は真剣だ。

「よし。本体はそれぐらいでいいよ。うん。いい感じだ。じゃあ、次は、改造のメインをやっていこう」

徹くんがごくりと唾を飲み込む。

見本の紙を見ながら、油性ペンで切るラインを記入後、プラスチック用のノコで切っていく。

「割らないように注意してね」

「はいっ」

返事をしつつも、視線は目の前の加工しているパーツから離れない。

なかなか素質ありそうだな。

そんな様子を見ながら、ふとそんな事を思う。

「一つ出来ました」

徹くんの言葉に、彼の手元を覗き込む。

そこにはまだ少し歪だが、大体の形に切られた主翼のパーツがあった。

「おっ。なかなかいいじゃないか。さあ、残りも同じようにやってしまおう」

「はいっ」

最初の一枚がそこそこうまくいったのが大きかったのだろう。

残り一枚の主翼と二枚の尾翼の加工はあっという間に終わった。

互いに張り合わせてサイズを確認する。

まだ若干、ずれがあるが、ヤスリで加工するときに気をつければいいだろう。

そと時計を見るとそろそろ美紀ちゃんがかえってくる時間だ。

「よし。今日はここまでだな」

僕がそう言うと、ほっと息を吐き、肩の力を抜く徹くん。

しかし、すぐに僕の方を向く。

「すみません。この改造のマニュアルとヤスリお借りしていいでしょうか?」

なんとなく何を言いたいのかわかったが、一応聞いてみる。

「どうしたの?」

「次の指導のときまでに家で翼の加工終わらせたいんです。いいでしょうか?」

僕は微笑み頷く。

「わかった。翼の加工仕上げておいで」

「ありがとうございます」

そう言って、徹くんは帰っていった。

その後姿を、僕とつぐみさんが見送る。

「ふふふっ。楽しそうですね」

「そうだね。なんか最初に模型を作っていた頃を思い出したよ」

僕がそう言うと、つぐみさんはくすくす笑って、「私もです」と言う。

互いに見詰め合う目と目。

人のいない店内。

気が付くと手と手を握り締めあっていて。

顔が少しずつ近づいていく。

つぐみさんが目を閉じ、僕も目を閉じようと瞬間、からんからんっと店の入口の鈴が鳴った。

慌てて何もなかったように振舞う僕とつぐみさん。

そして、入り口を見ると、あきれ返った表情の美紀ちゃんの姿。

「もう。だから、お店じゃないところでイチャイチャしてよっ。目の毒なんだからっ」

膨れてそう言う美紀ちゃんに、僕たちは笑いつつ謝るのだった。


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