今日でついに3回目にはいる。
徹くんはまだ来ておらず、先に来て工作室で待つ。
目の前には、徹くんの作った青い零戦がある。
前日にしっかりと塗装を終わり、残りはデカールのみだ。
しかし、デカールは必要なのだろうか。
青く塗られた零戦は、デカールなんて必要ない感じがする。
これはこれで完成されているかのようだ。
うーん、どうしょうか。
そんな事を考えていると、つぐみさんが冷えた麦茶を持って工作室に入ってきた。
「つぐみさん、これさ、デカール必要かな?」
つぐみさんの出してくれた麦茶で喉を潤すと、そう聞いてみる。
しばらく徹くんの作った零戦を見た後、つぐみさんはにこりと笑いながら正論を言う。
「それは徹くんが判断する事だと思いますよ」
確かにそのとおりだ。
「そうだね」
そう答える僕を茶目っ気のある微笑で見た後、すーっと一枚の紙を差し出す。
「これは?」
「ふふっ。よかったら使ってみて」
僕はそれを見て、驚いた表情でつぐみさんを見た。
「これって…」
そんな僕に、つぐみさんはにこりと笑顔を返すと、工作室を出て、カウンターの方に戻っていってしまった。
「参ったな」
僕は目の前の紙を見て、つぐみさんの感性に脱帽するしかなかった。
それから三十分もしないうちに徹くんはやってきた。
かなりの興奮気味だ。
走ってやってきたのだろう。
息を切らしてはあはあやっていたりする。
おいおい。そんなんで作業できるか。
少し落ち着けよ。
そんな事を思いつつ、徹くんが息を整えるまで待つ。
そして、息が整ったころを確認し、塗装の終わった青い零戦を目の前に出した。
「おおおおおーーっ。これ、僕が作ったんだ」
落ち着きかけたテンションがまた上がる。
「おいおい。落ち着け。それより今日の作業なんだが……。一つ確認したいことがある」
いきなりそんな事を言われてきょとんとした表情をする徹くん。
「えっと、なんですか?」
「これって、デカール貼る必要あるか?」
そう言われ、徹くんはしばらくぼーぜんと目の前の青い零戦を見ては箱に残っているデカールを交互に見る。
「えっと、どうしたらいいと思います?」
迷ってそう聞いてくる。
つまり、彼もデカールが必要なのだろうかという思いがあるようだ。
「徹くんはどう思っている?」
そう聞きなおすと、「そうですね……」と言った後、少し考え込む。
その後、おずおずと口を開いた。
「なんか、そう言われたら貼らなくてもいいような気がしてきました」
自信がないのだろう。そんな言葉がかえってくる。
「そうか。じゃあね、プランを変更してみょうと思うんだ」
僕がそう言うと、少し驚く表情を見せる徹くん。
「確か、青色に塗ったのは、メーテルリンクの青い鳥を意識してだよね」
「はい。そうです」
「なら、こんなのはどうだろうか」
そう言って、つぐみさんに渡された小さな紙、デカールを前に出した。
そのデカールには、ただ小さな目のようなデザインのものが2つあるのみだ。
「これって?」
そう聞き返す、徹くんに説明する。
「これはわかると思うけど、目をデザインしたデカールでね、徹くんが言っていた青い鳥を意識したんなら、もっとそれらしいものにしたらと思って用意したものなんだよ」
そう言って、カウンターにいるつぐみさんの方を見る。
徹くんもそれでこれを用意したのがつぐみさんだとわかったのだろう。
つぐみさんの方を向いて頭を下げている。
そして、デカールを見て少し考え込んだ後、「それいいですね」と返事をした。
「でだ、せっかくやるんだ。どうせなら、もっと鳥らしくしたら面白いと思うんだ。せっかく塗り終わったところだけど、一部塗装を塗りなおしたらいいんじゃないかと提案する」
「一部塗装を塗り直す?」
僕はプロペラの部分を指差しながら、「ここを黄色系の色に塗ったら、くちばしに見えないかい?」と言ってみる。
すぐに「あああっ……」と徹くんの口から言葉が漏れ、僕を見て頷いた。
「いいですね、それ。やります。塗りなおして、このデカール使わせてもらいます」
そう言って笑う徹くん。
「なら、一気に仕上げよう」
その僕の言葉に、「はいっ」といい返事を返して徹くんは作業に入るのであった。
それから三十分もしないうちに塗装も乾き、デカールも張り終えて、青い鳥っぽくなった零戦が目の前にある。
感動したように身体を震わせる徹くん。
「記念に写真ほとっておこうか?」
予定なら、このキットは彼の手元に残らない。
せっかく初めて作ったキットなんだ。
その証を手元に残したおいたほうがいいんじゃないか。
そう思って聞いてみた。
徹くんは少し潤んだ瞳で僕を見て何度も頷く。
方向を変えて、何枚か写真を撮ると、後でメールで送る事を使える。
「えっと、これなんかどうですか?」
つぐみさんがちょうどいいサイズの箱を持ってきた。
その箱に零戦をちょこりんと入れて、周りを綿で包み、動かなくする。
そして蓋をした後、かわいいリボンをつける。
リボンの色はもちろん青色だ。
徹くんは、ぼくとつぐみさんを見て何度も頭を下げる。
「ありがとうございますっ」
「じゃあ、そろそろ時間だね。がんばって来いよ」
「がんばってね」
僕とつぐみさんがエールを送り、それを受けて徹くんは大事そうに箱を持ってお店の外に出て行った。
近くの喫茶店、間宮館で美紀ちゃんと待ち合わせをしているのだ。
「うまくいくといいわね」
徹くんが出ていった店の入口を見ながらつぐみさんが呟くようにそう言う。
僕も入れ口を見ながら、呟くように言葉を返した。
「もちろんだよ。努力は報われるさ」
その言葉に、つぐみさんは僕を見て微笑んだ。
「そうよね」
「そうだよ」
そして二人で笑ったのだった。
後日談である。
どうやら成功したらしく、青い鳥は美紀ちゃんのお部屋に大事に飾ってあるらしい。
いやはや、実に喜ばしい事だ。
僕やつぐみさんがいろいろ手伝ったかいがあるというものだ。
そして、その後、徹くんは模型つくりの楽しさに目覚めたらしい。
簡単なキットを買っては、いろいろ自分なりに作っているらしい。
もっとも、受験生なのでがっつりとは出来ないらしく、「受験が終わったら、またいろいろ教えてください」とこの前会った時に言われてしまった。
もちろん、僕としては問題ないので、「喜んで」と返答した。
しかし、それ以上に驚いたことがある。
それはつぐみさんの商売の才能だ。
僕の作った改造マニュアルと、手作りの目をデザインしたデカールをセットにしてたまご飛行機を売り出したのだ。
見本としてつぐみさんがホトトギスを意識して塗装した改造零戦を展示し、『たまご飛行機購入のお客様に今なら改造マニュアルとお手製デカールシールプレゼントします』と貼り付けた。
それがかなり当たったらしく、小さな子供さんや女性だけでなく、プレゼント用に作ってみるかと男性も購入し、一週間もしないうちにたまご飛行機の零戦は二十個以上売れたらしい。
さすがである。
ちなみにその商法を見た悟さんは、「あれは男では思いつかん」などと言って褒めていた。
僕もさすが店長って褒めたら、すごく照れて、「たまご飛行機への愛のおかげです」と返事を返された。
なお、その言葉になんか少したまご飛行機に嫉妬したのは僕だけの秘密だ。