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第64話 試験

「しかし、星野さんのところは、相変わらず商売がうまいですねぇ」

そんな事を言いつつ、荷物を降ろしている男性は、佐藤幸光さん。

ここ星野模型店の取引先の一つで、プラモや玩具なんかの卸問屋なんてやっている。

佐藤さんが見ているのは、たまご飛行機コーナーだ。

あれから零戦だけでなく、彼の協力を得て、ムスタング、サンダーボールト、ウォーホーク、コルセア、アベンジャー、フォッケウルフなんかも簡単な改造でデフォルメできるマニュアルを作製し、手作りの目のデカールとセットをつけて販売している。

おかげで、第二次世界大戦のたまご飛行機はよく売れているし、それだけでなく改造マニュアルがない現代機のたまご飛行機もそこそこ売れている。

だから、昔は飛行機コーナーの中にたまご飛行機はあったが、今ではきちんと独自のコーナーを作って展開している。

「いやいや。彼がいろいろ手伝ってくれたから」

私がそう言うと、「彼ですか……」と佐藤さんは呟く。

多分、以前会った時のことを思い出しているのだろう。

「ふふふっ。でも、それをうまく商売につなげたのは星野さんの手腕ですよ」

「ありがとうございます」

私はそう言って頭を下げた。

「じゃあ、追加の分、ここにあります。チェックをお願いします」

「はい。わかりました」

私がチェックしている間、佐藤さんは店内を回っている。

それはいつもの事だが、最近は以前よりも熱心だ。

おじいちゃんいわく、「あの男が熱心な時は注意しろ。何か考えているつもりだぞ」と言っていた事を思い出す。

「チェック終わりました」

そう声をかけると佐藤さんが戻ってきた。

そして、受け取りの書類にサインをして渡す。

「ありがとうございます」

佐藤さんはそう言って書類にバックに入る。

いつもならこれでさようならだが、今日は違っていた。

「実はですね、相談があるんですが……」

佐藤さんはそう言ってにこりと笑った。

私はその笑いが怖いように感じた。



「えっ?今度閉店する店舗の商品が大量に入るんだけど、それを購入しないかですか?」

模型店に入ってつぐみさんに挨拶をしたあと、すぐに相談された。

「ええ。今、うちはあなたのおかげでたまご飛行機を中心になかなか売り上げがいいのよ。それでね、佐藤さんが、よかったらって言ってきてね」

佐藤さんと言われ、以前であった卸問屋の男性を思い出す。

なかなかのやり手のように感じた。

多分だが、売り上げがよくて調子がいい星野模型店でそれらを処理したいという思いがあるのだろう。

ああいうのは確かにお得でいい商品もあるが、売れ残りも多くてデッドストックになりかねない。

また、プラモデルというのは古くなればなるほど、一部のものは価値が上がる場合もあるが、ほとんどは劣化して売り物にならない場合も多く、特にデカールなんかは劣化が激しくてクレーム等の問題になる。

つまり、その閉店する店舗の商品の種類や状態によって大きく価値が違ってくることが多い。

「で、悟さんはなんて言っているの?」

そう聞くとため息を吐き出してつぐみさんは答えた。

「「お前が店長だから、お前が決めろ」ですって…」

その言葉に、ああ、悟さんらしいなぁと思ってしまう。

ともかくだ、まずは情報だ。

だからわかっている事をつぐみさんに聞いておく事にした。

「えっと…商品のリストとかあります?」

「それがねぇ、数が多すぎて作れないですって。だから、全体の商品も点数も大体だし、買値も大体いくらぐらいといわれたわ」

うーーん。これはちと怪しい。

もし閉店するなら少しでも金額は回収したいから、締める店の方はきちんと商品をチェックするし、総数も金額もきちんとするはずだ。

つまり、それが出来ない状態なのか、或いはそれを行うことが出来ない理由があるに違いない。

少し考え込んだ後、つぐみさんに言う。

「今度の日曜日にでも会えるように佐藤さんにアポイント取れる?」

僕の言葉に少し驚く表情をするつぐみさんだが「ええ出来るけど…」と返事をしつつも何か聞きたそうにしていた。

だから、僕はにこりと笑って言う。

「大丈夫。少し聞きたいことがあるだけだから。もちろん、つぐみさんも付き合ってよね」

「ええ。わかったわ」

少し納得いかない表情をしながらも佐藤さんに連絡を取るつぐみさん。

すると「時間があるなら一時間後ぐらい後からなら今からでもいいですよですって。どうする?」と言ってきた。

「わかった。お店で待ってますって伝えてね」



そして、1時間後、佐藤さんはやってきた。

「こんにちわ」

「いやぁ、この前以来ですな」

楽しそうに笑いながら挨拶をする佐藤さんだが、目が笑っていない。

戦闘準備万端と言ったところだろうか。

「本当に。まぁ、時間も遅いですし、さっさと本題に入りたいんですけど、いいでしょうか?」

「ええ。構いませんよ。しかし……」

そう言って、ニタリと口角をあげる。

「しかし?」

「やっぱりあなたが出てきましたか」

「まぁ、つぐみさんに相談されてね。少し気になることがあったんで、聞いておいたほうがいいかと思いまして」

そう言って僕も笑う。

そして、言い切る。

「やっぱりこういう高い金額が動く時は、お互いに納得しないと後々でトラブルの元になりかねませんからね」

僕の言葉に、表情を変えずに佐藤さんは答える。

「確かに。新商品の入荷とか、追加注文とかと違って、金額が大きいですからね。わかります。それに、星野模型店さんは、うちの特別なお得意様ですから、問題なんか起こったら大事ですよ」

そう言って、バックから書類の束を出した。

そこには、今度閉鎖する店舗の規模や、商品の大まかな構成などが書かれていたが、品物のリストはなかった。

ざっと目を通し、気になることを聞いていく。

「結構、大きな感じのお店ですね。個人営業ですか?」

「ええ。結構羽振りよかったんだすけどね。星野模型店と違って、売り上げ主義で顧客を大事にしてなかったせいで近くにディスカウントの大型小売店舗が出来ると一気にね…」

「ふーん。なるほど。もしかして今も販売やってます?」

「ええ。やってますね。向こうは少しでもお金にしたみたいでね。セールやってますよ」

「そうですか……」

僕はそれを聞き考え込む。

この資料と話を聞く限り、ハズレの可能性が高い。

売り上げ主義で顧客を大事にしない店舗の特徴としては、商品の取り扱いが荒いことが多い。

つまり、商品の質は、並か並以下と思っていいだろう。

それに、今、セールをやって少しでもお金にしているという事。

それに近くにはディスカウントの大型小売店があるということだからかなりの安売りをしているのだろう。

つまり、安売りで売れ残ったものを引き取ってもデッドストックとなってしまう可能性が高い。

それに商品構成も問題だ。

見てみて思ったのは、キャラクターモデル中心でスケールモデルが極端に少ない事だ。

キャラクターモデルは、近くにディスカウント型のお店があったら、そのディスカウントショップが在庫を切らしていない限り、なかなか売れない可能性が高いし、なによりキャラクターモデルは旬があることが多く、売れ残るとなかなか売れない事もある。

これなら、今、閉店セールの店舗にいって、必要なめぼしいものだけ買いあさってきた方がはるかにいい。

要は、まとめ買いのうまみが少なすぎる。

本当なら、現場に行って確認したほうが確実なんだけどね。

ただ、ちょっと距離が離れすぎているからそれは無理だ。

なら……。

「つぐみさん。申し訳ないんだけどね」

僕はつぐみさんに最初にそう言って、佐藤さんの方を向く。

「今回のお話は、残念ですが、お断りさせていただきます」

僕の言葉に、佐藤さんは楽しそうに笑う。

さっきまでとは違い、目も笑っており実に楽しそうだ。

「さすがですね。理由を聞いても?」

そう言われ、さっき思った事を説明し、最後に付け加える。

「星野模型店だけでなく、星野模型店の大切なお客様にプラスにならないようなので」

ぱんと佐藤さんがひざを叩く。

「いやぁ、痺れましたよ。そうきましたか。これはますます星野さんのところとはしっかり連携を取っていかなければなりませんな」

わははははっと豪快に笑い、佐藤さんが僕に手を差し出す。

どうやら、試されていたようだ。

僕は苦笑して手を出して握手した。

そして、佐藤さんはつぐみさんの方を見てにこりと笑う。

「いい彼氏ですな。逃がさないようにしなきゃ駄目ですよ」

そう言って笑いながら帰って行った。

「えっと、これはいったい……」

よくわからずにつぐみさんがこっちを見る。

僕は苦笑しつつ答える。

「たぶんだけど、試されたと思うんだ。商売のパートナーとして相応しいかとね」

そう言って、たまご飛行機コーナーを見て言葉を続ける。

「商売のアイデアも才能もある。それに顧客も大事にする。なら、商人としての判断力や思考はどうかという事を試されたんだよ」

「それって……」

「今までは悟さんの流れで商売してきたが、それ以上でもそれ以下でもなかった。だけど、これからは一人の商売のパートナーとして認められたから、もっといろいろ突っ込んだ提案したりしてきますよって事だね」

僕の言葉に、ずーっと顔を近づけてつぐみさんは真剣な表情で聞いてくる。

「また、頼ってもいいですか?」

その言葉に僕は笑顔で答える。

「もちろんだよ。つぐみさんが必要なら、僕はずっとつぐみさんの味方だよ」

そういった瞬間、つぐみさんが抱きついてくる。

僕はそれを受け止める。

そして………。


「店内でイチャイチヤ禁止ーーーーーーーーっ」


怒り心頭の美紀ちゃんの叫びによってそれ以上の展開にはならなかった。

残念だ。


「どうだったかね?」

喫茶店でコーヒーをのんびりと飲みながらくつろいでいた星野悟は、戻ってきた佐藤にそう声をかける。

向かいの席に座った佐藤は苦笑して答える。

「彼はなかなか面白い人ですね。よく情報を分析しているし、判断もはっきりしている。あれは今のつぐみさんにはない能力ですよ」

そう言った後、コーヒーを注文して、あったかいおしぼりで手を拭き、顔を拭く。

「そうか。それはよかった」

悟はそう呟くように言うと、佐藤に頭を下げる。

「ありがとう。わざわざすまなかったな」

その様子に慌てて手を振って佐藤は答える。

「いえいえ。こちらこそ助かってますよ。星野模型店さんが、今まで以上に頼りになるとわかって」

そう言って、しっかりと悟の手を握る。

「あなたによって私は生き残れた。だから、どんな判断をしても今までと同じ程度のお付き合いはするつもりでした。しかし、それだけではすまなくなってしまいましたよ。これからも、今以上によろしくお願いしていきたいですよ、本当に」

その言葉に、悟はやっと微笑んだ。

「よろしく頼む」

そして、呟くように言った。

「つぐみめ、いい男を捕まえやがって。これはさっさと結婚させないといかんな……」

その言葉に佐藤は苦笑するしかなかった。



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