佐藤さんの一件があってから、つぐみさんは僕にいろいろ相談するようになった。
もちろん、相談内容の事は星野模型店のことだ。
今までは悟さんがアドバイスをしてきたみたいだが、ここ最近はつぐみさんにすべてを任せるというスタンスになってしまったらしく、「お前が好きなようにやってみろ」という返事が多くなったという。
だから僕を頼ってくれるのはすごくうれしい反面、責任をすごく感じるようになった。
そんな中、僕とつぐみさんにそれぞれ一通ずつ手紙が届く。
それは僕の親友、牧瀬修一と野々村牧子の結婚式への正式な案内状だった。
「ついに結婚か……」
「そうみたいですね」
僕の言葉にそう返事をしながら、僕を伺うように見ているつぐみさん。
彼女にしてみれば、かって僕が好きだった人の結婚式だけに複雑な心境なのだろうか。
それに、つぐみさんというすごく大切な人がいるとはいえ、僕の心の中も複雑だった。
だけど僕は心配かけないようにつぐみさんに笑いかけた。
「大丈夫だよ。僕にはつぐみさんと言う大切な人がいるから」
僕の言葉に、つぐみさんは少し驚き、そして頬を染めて苦笑する。
「なんか恥ずかしいですよ」
「恥ずかしがって欲しいから言いました」
僕がそう言うと、「ずるいですよ。それは……」と少し膨れてみせる。
そんなしぐさもかわいいなと思う。
だからというわけではないが、緊張することなく僕は普通に話すことが出来た。
「今度の日曜日に少し時間もらえる?ちょっと付き合って欲しい場所があるんだ」
実に何気なく言った為か、つぐみさんも固まる事もなく普通に返事を返す。
「えっ、今度の休みですか?」
そう言ってつぐみさんはカレンダーを確認する。
「ええ。大丈夫ですよ」
そう言って微笑むつぐみさん。
しかし、すぐに言葉の意味に気が付いたのだろう。
カーッと顔が赤くなり、下のほうを見てもじもじしている。
多分、僕も赤くなっているだろうけど、今日の僕は一味違う。
そのかわいさに我慢できなくなってつい手を伸ばしかける。
しかし、それは途中で中断された。
トントンと肩を指で叩かれたのだ。
これは、まさか……。
恐る恐る後ろを振り向くと……。
「店内でのイチャイチャ禁止です」
美紀ちゃんが腰に手をやって青筋立てて立っていた。
そして、日曜日。
昼過ぎの1時に迎えに行くという約束より五分早く星野模型店に着いた。
駐車場に車を止めたのが見えたのだろう。
お店からつぐみさんが出てくる。
今日は、少しダブついた少し淡い感じのワインレッドのシャツに濃いブルーのデニム。そしてスニーカーをはいており、もちろん、トレードマークになりつつある整った顔のバランスを崩すような大きな黒縁眼鏡は健在だ。
また、肩からかけるタイプのクリーム色の布製の小型バッグをかけている。、
多分、何をするか言ってなかったので、動きやすい服装をチョイスしたんだろう。
普段とは違う雰囲気だが、それはそれでかわいいと思う。
おっと、いかんいかん。
「お待たせしました、つぐみさん」
僕がそう言うと、少し頬を赤らめて、「そんなことはないですよ」と返事を返すつぐみさん。
互いにしばらく見つめあい、無言の時間が過ぎる。
そして、そんな僕らを店の入口で呆れかえって見ている美紀ちゃん。
「ほんと、飽きないわよねぇ」
そんなことを言っているようだが、飽きるわけないだろうって言い返したい。
しかし、今日は、美紀ちゃんが店番をしてくれる為に出来た時間である。
ぐっと我慢する。
「それじゃあ、美紀ちゃん。三時間ぐらいで帰って来るから」
僕がそう言うと、「へいへい。期待しないで待ってますよ~」と言って店の中に戻っていく。
実に失礼な対応だが、大人なのでぐっとこらえる。
ともかく、時間がないのだ。
「さぁ行きましょうか」
そう言って、つぐみさんに車に乗るように言うとすぐに出発したのだった。
そして三十分後、とある店に僕らはいた。
とある店、そう俗に言う貴金属店だ。
連れて来られたつぐみさんはポカーンとしている。
なんで、ここなの?って感じだ。
まぁ、驚かそうと思って行き先を言ってなかったけど、まさか貴金属店とは思っていなかったらしい。
そして、僕を軽く睨む。
「貴金属店に行くなら、行くって言ってください。そしたら、もっとかわいい服にしたのに……」
膨れて文句を言われてしまったが、僕はそれは間違いだと思うので修正する。
「大丈夫です」
「えっ?」
「つぐみさんは、今の服装でもすごくかわいいですから…」
そう言った瞬間、真っ赤になるつぐみさん。
やばい。すごくかわいい。
抱きしめたくなる。
しかし、ここでは人目が……。
いかんいかん、何を考えているんだ。
僕らは人目を気にしないでキスしたり、抱き合ったりするバカップルじゃないんだ。
抑えろ、抑えろ。
そう念じて何とか抑える。
そ、そうだ。ちゃんと目的を言わないと。
「え、えっとですね。この前プレゼントした指輪用のシルバーチェーンを買おうかと思って。この前約束したでしょう?一緒に買いに行こうって」
そう言われ、納得した表情をするつぐみさん。
多分、忙しすぎと幸せすぎて半分忘れていたに違いない。
「ああ。覚えていてくれたんですね」
少し感動した面持ちで僕を見るつぐみさん。
しかし、実は僕も幸せすぎてころっと忘れかけていたのだが、この前の結婚式の招待状を見て思い出したのだ。
だから、つぐみさんの視線が少し痛い。
しかし、それをおくびにも出さずに、店内に二人で入った。
三十代くらいの女性の店員さんが僕を見てにこりと笑って頭を下げる。
「いらっしゃいませ。この前の方ですよね?」
「ええ。この前はお世話になりました」
そう言って頭を下げる。
「今日は、彼女さんと一緒ですか。お似合いですよ。しかし、きれいな人ですね。うらやましいなぁ……
おべっかだとは思うが、それでもうれしいものはうれしい。
「つぐみさん、この前指輪を買ったときにいろいろアドバイスしてくれた店員さんだよ」
僕がそう言うと、少し頬を染めてぺこりと頭を下げるつぐみさん。
多分、照れているのだろう。
「それで今日はどういったご用件でしょうか?」
「実は、この前買った指輪だけど、サイズが合わなくて」
「あら、どうしましょうか。あれはデザイン的にサイズ変更は難しいんですよね」
困ったような表情の店員さん。
しかし、つぐみさんはそんな店員さんに、指輪の変更やサイズ調整ではなく、シルバーチェーンでネックレスにしたい事を伝える。
「あら素敵ですね。もしかして、彼から始めての指輪だったりします?」
そう聞かれ、少し恥ずかしそうに頷くつぐみさん。
やばい。無茶苦茶かわいい。
しかし、我慢だ。
我慢するんだ。
僕がそんな事を思っていると、店員さんはテキパキと何種類かのシルバーチェーンを選んできてくれる。
何気なく値段の札を見る。
おっと、予算以内だ。
前回の件で、僕の予算範囲内を把握しているっぽいな。
さすがというか、プロだなというか。
そんな中、選んでは僕に感想を聞き、また違うのを選んでは感想を聞きを何度か繰り返し、どうやら一つのものにしぽったらしい。
じっと一つのシルバーチェーンを見ている。
「じゃあ、これをください」
僕が財布を出してそう言うと、つぐみさんが慌てて、「私が払いますからっ」と言った。
しかし、ここで女性に払わせる事はさすがにかっこ悪い。
だから、「指輪のサイズを間違えたのは、僕の責任です。だから責任を取らせてください」と言う。
しかし、それでもまだ納得できない顔だったが、さすがにここで口論するわけにはいかずに僕が払う事を承知してくれた。
そして店員さんにそっと耳打ちする。
また指輪買うとき間違えないように彼女の指のサイズを調べて欲しい事ともう一つお願いがあるんですけど、彼女に知られたくないという事を伝えた。
その言葉に、店員さんはくすりと笑ってわかりましたと返事を返してくれる。
そして、他の店員に何か耳打ちすると、その店員が「せっかくですから、指のサイズをきちんと図りませんか」とか言ってつぐみさんを少し離れたところに連れて行ってくれた。
よし。今ならいいか。
僕はシルバーチェーン代を払いつつ、もう一つのお願いを店員さんにするのだった。