徹くんと友達関係の宣言をしてから始めてのデートというか、喫茶店でただだらだらと話をしていただけなんだけど、それは何気ない言葉から始まった。
「今度、大会あるんだけど……」
「ふーんっ。何の大会?」
「高校の地区大会なんですよっ」
「それで?」
しばしの沈黙。
そして顔を真っ赤にして聞いてくる徹くん。
「あのですね、よかったらなんだけど……えっとですね……」
実に言いにくそうにもじもじしている。
えーいっ、男でしょうがっ。きっぱーりっと言いなさい。
そんな事を思いつつも、そういえば彼も似たような感じだったなと思い出す。
つぐねぇの彼氏。
いつの間にか好きになっていた人。
だけど、私は気がついた。
好きであっても、絶対に彼は私のほうを振り向いてくれない事に。
そして、大好きなつぐねぇを悲しませたり、裏切れない事に。
そんな時、現れたのが徹くんだった。
ずけずけと人の心の中に入り込んでくる。
そんな時もあれば、純情な場合もあったりと実につかみどころがない。
でも、彼が言った言葉が私を捕らえた。
『美紀さんもいろんな感情を持つ人間だって思えたから』
その言葉が胸の奥に刺さっていた。
最初は、私の事を天使だと言っておきながら、天使じゃなくてよかった。人間でよかったって、何よ。
普通の人なら、君は僕の女神だとか天使だとか言って持ち上げるじゃない?
それを格下げって。
でも、それがよかった。
私を、本当の私を見ていてくれると思えた。
だから、私は彼と付き合ってもいいと思ってしまった。
年下は好みじゃないのに。
なんか弟っぽい感じがしてしまうんだけど、でも、それはそれで楽しそうだったし。
ただ、素直に付き合ってもいいなんて言いたくなかったから、まずは友達からって言ってしまったけど。
でも、徹くんはすごく喜んでくれていたっけ。
それに志保のからかいのつもりだと思う誘惑も、ピクリともしないで断ってたし。
『すみません。すごくうれしいですけど、僕は美紀さん一筋だから』
あの一言は、すごくうれしくて、なんかゾクゾクしちゃった。
志保の「おおおーっ。これはいい物件だよ、美紀っ。手放すなよぉ」なんて言われたけど、わかってるわよっ。
まぁ、彼よりはまだまだだけど、いい物件なのは認めます。はい。
おかげでぐーんと私の中の徹くん株が急上昇中。
だからこそなのかもしれない。
私は気まぐれを起こすことにした。
「いつよ?」
「へっ?!」
「だから、その大会はいつなの?」
そんな私の言葉に、徹くんの顔がぱーっと明るくなる。
「来てくれるんですかっ」
「だから、いつやるのかを聞いてるの。私だって学校や用事があるんだからいけるかどうかは日程教えてくれないと答えられないじゃないの」
そう言われ、徹くんは慌てて日程を話す。
「ふーん……」
私がそう言うと、覗き込むような視線で私を見ている。
その目は期待と不安が交じり合った感情を映し出している。
えーいっ。
そんな小動物みたいな目をしてるんじゃないっ。
断りにくいじゃないか。
というか、日程空いてるじゃない。
うーん。これって運命?
なんて思うほどロマンチストではなかったし、現実を受け入れる主義だったから、「まぁ、予定ないし。いいかな」と言ってみる。
なんか、素直になれない自分が少し悔しい。
でも、そんな私の言葉にも徹くんは飛び上がって喜ぶようにはっちゃけてる。
そして、今度は、「私の手作りお弁当食べたらがんばれるのに」とか恐る恐る言ってきましたよ。
えーいっ。ずうずうしいなぁ。
でも、なんかうれしいんだよね。
何でだろう……。
素直になれないけど、してあげたいって気持ちになってたりする。
私、自分自身を甘えん坊だと思ってた。
でも、こういうのもありかもと思い始めてる。
「仕方ないなぁ。もう……」
なんて少し膨れながらも言ってみる。
そしたら、徹くん、ひゃっほーっとか世紀末英雄伝説の漫画に出てくるすぐ倒される雑魚みたいな声を上げている。
「あのね、うれしいのはわかるけど、そういう声上げるのは止めなさい。取り消すわよ」
徹くんは慌てて自分の口を自分の手で塞ぐ。
その仕草がすごくかわいいと思う。
なんかさ、つぐねぇを見ている様な感覚になってしまう。
いかん、いかん。
私の大好きなつぐねぇと一緒にしては。
こっちは格下も下なのだから。
でも、なんか心臓はドキドキしていて、こんなに喜んでくれるなんてすごくうれしかった。
そして、その日、家に帰って私はつぐねぇに料理を教えてって頼み込んでいた。
別に料理が出来ないわけではない。
一応人並みには出来る。
しかし、つぐねぇに比べると料理の腕なんて数段落ちるし、なによりせっかくだからおいしいものを食べさせたいって思ってしまった。
だから、無意識のうちにつぐねぇに料理を教えてっ言ってしまっていた。
私の言葉を聞いたつぐねぇは、にこりと笑い承諾してくれる。
なんか、全てを見透かされているような眼差しに、私は視線をずらした。
「徹くんに持っていくの?」
つぐねぇの鋭い突っ込みに私はおたおたしながら答える。
「そうなのよ。あいつ、今度試合あるから応援しに来てくれって言うのよね。そのうえ、私の手料理食べたいなんて言ってくるし。本当にずうずうしいんだから」
なんか素直になれないのは、何でだろうか。
それに、つぐねぇ、自分の事になると駄目なのに、何で私のことわかっちゃうんだろう。
やっぱり、姉妹だからなのかな。
そんな事を思っていたら、つぐねぇか私を見てくすくす笑っている。
なんか普段とは反対な立場で、やりずらい。
ともかく、なんとか作りたい料理を伝えて撤退する事にした。
そして、ドアを閉めかけていたときに思い出した。
少しぐらい反撃しておこう。
なんかやられっぱなしは性に合わない。
「あ、そうそう。この前彼が来た時に聞かれたから、つぐねぇの誕生日教えたからね。今度の日曜日、期待していいんじゃないかな」
そう言って今度は本当にドアを閉める。
ドアの前で呆然としているつぐねぇが簡単に想像できた。
ふっふっふっ、少しこれですっきりした。
さて、明日からがんばらなくちゃ。
そういえば、材料とかチェックしとくかな。
そう思った私は、自室に戻ると、インターネットの料理サイトにアクセスしていろいろチェックすることにしたのだった。