「よしっ。こんなもんかな」
出来上がった重箱三段重ねのお弁当を前に、私は我ながらよくやったと自分自身を褒めたい心境だった。
今朝は五時起きで前日の夜から仕込んでいた材料を使って調理する事三時間。
ふっふっふ……。
思わず腰に手を当てて含み笑いなんぞをしてしまう。
それほど悦にいっていた
一段目は、俵の形をしたおにぎりがぎっしり。
二段目は、定番のおかず中心。
そして、三段目には徹くんの希望したおかずを中心にしてある。
「あら、むおいしそうに出来たわね」
つぐねぇがひょいと台所に入り込んでお弁当を覗き込んでいる。
「でも何か足りないわ」
少し考え込むつぐねぇ。
そして思いついたのだろう。
ぽんと手を叩いた後、台所に立ってなにやらやり始める。
そして三段目のおかずの間にリンゴのウサギをひょいひょいと入れていく。
「これで赤い色が入ったからより鮮やかになったわ」
確かに三段目は揚げ物が多くて、茶色に近い色合いばかりだった。
その間に入り込む、白と赤のウサギ。
うーむ。侮りがたし。
つぐねぇの料理の腕に驚愕してしまう。
ほんの些細な事でここまで違うとは……。
思わずうなっていると「ねぇ、美紀ちゃん」と呼ばれる声で我に返った。
「えっと、何?」
「今日、私も出かけるけどシャワー先に使うけどいいの?」
はっとして時間を見る。
気がつくと九時に近い。
「ああああ……。ごめん、つぐねぇ。私先にシャワー使わせてっ」
慌ててお弁当を包み、皿と箸と一緒にバッグにつめると、慌てて私は浴室の方に向かったのだった。
うー、疲れた……。
ドタバタして家を出てきたから、なんかどっと疲れてしまった感じだ。
でも、時間には間に合うかな。
そんな事を思いつつ、そういえば少しのどが渇いたなと思ってバッグの中に手を突っ込もうとして思い出す。
私、お茶をバックに入れたっけ?
すーっと血の気が引く。
徹くんが汗をかくだろうと思って、スポーツドリンクをキンキンに冷やしていた分と温めのお茶を入れた分の水筒を二つ用意していた。
だが、バッグに入れた記憶がない……。
恐る恐るバックを開く。
するとお弁当とは別に2つの水筒があった。
そして、メモが一つ。
もちろんつぐねぇの筆跡だ。
『こらーっ、忘れ物だぞ。徹くんのために用意したんなら忘れない事!』
ああ。
つぐねぇ、ありがとう。
今度、この恩はきちんと返します。
歩きながらそう思っていたら、体育館についていた。
総合市立体育館。
結構大きな体育館で、外には、五十台以上停められる駐車場と野球場。それに多目的グランドがあり、いろんな行事や大会なんかが実施されている。
今日は日曜日と言うことで、いくつか大会が行われているらしく、駐車場は溢れんばかりでいっぱいだ。
えっと、確か体育館の方だったよね。
そう確認し、体育館の方に向う。
入口には、「高体連剣道地方大会」と大きく看板が立ってある。
しかし、まさか剣道だっとは……。
予想外の競技だった。
えっと、応援どうすればいいんだろう。
そんな迷いもあったが、ともかく中に入ることにした。
中に入ると、いやぁ、剣道着の男女がわらわらっと……。
圧倒されてしまう。
うーん、場違いなのかなぁ。
そんな事を思っていたら、いきなり大きな声で名前を呼ばれた。
その言葉に、周りの視線が声の方向に集まる。
「美紀さーーんっ」
もちろん、徹くんである。
やめてーっ。恥ずかしいからっ。
徹君に集まっていたみんなの視線が今度は私に集まっている。
そんな私の心境を知るはずもない徹くんは、まるでご主人様を見つけた子犬のように私の元に走ってきた。
多分、尻尾があったらさぞや千切れんばかりに振っていたに違いない。
「来てくれたんですね。ありがとうですっ」
「まぁ、約束だからね」
「来てくれないかもって思って落ち着かなかったです」
そんな事を言う徹くんに、思わず突っ込む。
「試合よりも私のことが心配とか、どういうつもりよ」
「だって、美紀さんは、僕の勝利の女神様ですからっ」
おいおい。私はいつ、人間から女神に二階級特進したんだろうか。
そう突っ込んでやろうかと思ったら、わーっと徹くんの近くにいた剣道着を着た一団に囲まれてしまった。
「な、なにっ?!」
「あ、剣道部の仲間ですっ」
いや、それはわかるんだけど、なんか私を見てみんないろんな事を言っている。
「うわーっ。徹のやつ彼女がいたんだーっ。ちっ。仲間と思ってたのに……」
「きれいな人だな。でも、あれ、絶対年上だよな……」
「うそーっ。あの徹くんに彼女がっ。ショックーっ」
「リア充爆発しろ!」
などなど……。
まぁ、ほとんどが徹くんに私のような彼女(まだ、仮採用中。友人以上、恋人未満)がいたのが信じられないといった事や、うらやましいとかやっかみがほとんどだったりする。
まぁ、やっかみと言ってもからかうとかそんな類で恨みつらみと言った感じではない。
さすがにうるさかったのか、大会関係者の「静かに」と言う声が響き、何とか落ち着いた。
「ねぇねぇ、応援どうすればいいの?」
徹くんに聞くと、二階に応援席があり、そこに関係者とか応援者や家族用の席があるらしい。
「じゃあ、そこで応援してるね」
私がそう言うと、図に乗ったのか「えっとですね、……勝利の女神のキスがあったら……」とか生意気な事をほざいたので、気合が入るように「勝利の背中叩き」をやってあげた。
徹くんの悲鳴が響いたが、あれはうれしくて上げたに違いない。
ふっふっふ……。南雲さんとか梶山さんから直伝の必殺技だ。
しっかりと味わいたまへ。
なんか、その瞬間、「ツンデレだ」とか言う人がいたが、ぎろりと睨むと静かになったので聞かなかったことにして二階に向った。
ぐるりと見渡すと、真ん中の板張りのところを囲むように応援席がセットしてあり、席は八割近くが埋まっている。
結構多いんだな。
そんな事を思いつつ、徹くんの高校の名前が書いてある場所に移動した。
先生や父兄と言った人たちだろうか。
結構年配の人が多く、私のような二十代とか十代の人はほとんどいない。
うーん……。
肩身が狭いかな。
そんな事を思いつつも、空いている席を探していると、四十代だろうか。
仲良さそうな夫婦が私に手招きをしている。
「こっち空いてますよ」
「あ、すみませんっ」
そう言って頭を下げつつ近づくと、夫婦の傍に一つ席が空いている。
そこに座ろうとしたら、夫婦の視線が私に集中している事に気がいた。
「えっと、何か?」
そう聞くと言うか言わないか迷いがあったが、男性が口を開いた。
「えっと、もしかして、……星野美紀さん?」
あれ?
なんで、私の名前が……。
知っている人だろうか。
そう思ってよく見るが記憶にない。
「すみません。えっと、どちら様でしょうか?」
恐る恐る聞いてみる。
「あ、これは失礼しました。間島徹の両親でございます」
二人は深々と頭を下げた。
私も釣られて頭を下げる。
そして呆然とした思考がやっと追いつく。
えっ、もしかして……徹くんのご両親?!
うそでしょーーーっ。
私は心の中で叫ぶしかなかった。