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第71話 恋 その3

「あ、これは失礼しました。間島徹の両親でございます」

二人は深々と頭を下げた。

私も釣られて頭を下げる。

そして、呆然とした思考がやっと追いつく。

えっ、もしかして徹くんのご両親?!

うそでしょーーーっ。

私は心の中で叫ぶ。

だって本当に叫んでいたら、私は変な人認定間違いないだろう。

しかし、なんて言ったらいいんだろうか。

徹君と彼氏彼女として付き合っている、いや違うなぁ。

しかし、正直に彼氏の仮採用期間中ですとか言えるわけもない。

少し落ち着け、私。

そう、まだ彼氏彼女の関係にはなっていないのだ。

正式には……。

だから、仕方ないから、無難な方にした。

「始めまして。星野美紀といいます。徹君とはよき友人としてお付き合いさせてもらってます」

そう言って、頭を下げる。

すると、少し残念そうな表情の徹くんのご両親。

えっと、その残念そうな表情は、どういうことなんでしょうか?

まさか、もしかして、私対応間違えちゃった?!

そんな時、徹くんの高校名が読み上げられる。

どうやら試合のようだ。

私はその場の雰囲気を何とかしたくて両親に話しかける。

「あっ。試合みたいですよ。応援しましょう」

「おおっ。そうですね。午前中は団体戦なんですよ。さてどこまでいけるか……」

「えっと、徹くんの高校、強いんですか?」

そう聞くとお父さんの方が苦笑しながら言う。

「残念ながら、中堅と言ったところでしょうか。最高でベスト4までいったんですけどね」

そんな事を話しつつ、徹くんの高校の試合を見る。

徹くんは一番目で、先鋒らしい。

徹くんは、落ち着いていて、普段のような雰囲気はない。

まるで別人のような気配だ。

試合が始まると、まるですれ違いざまに打ち込んだかのような一撃で一本を取る。

そして、小さくガッツポーズを取った。

その姿に、私は見入て思わずかっこいいと思ってしまい、普段とのギャップに痺れるような震えが身体中を走った。

心臓がドキドキと激しく跳ねる。

「よしっ。今日はいい感じだぞ」

徹くんのお父さんがうれしそうにそう言って徹くんと同じようなガッツポーズをとる。

まさに親子って感じだ。

そんな旦那さんを、徹くんのお母さんはニコニコして見ていて、それだけでいい夫婦関係が築けているのがわかる。

そんな様子に、私はうらやましいなと感じた。

私も結婚したならそんな夫婦になりたいと思っていた。


結局団体戦は、第三試合で負けしまい、ベスト4に残れなかった。

徹くんの父親いわく、一人強い人がいても駄目で、結局は相手チームのオーダーの読み合いと全体的な強さが必要なのだという。

今年は選手層も厚く、全体的なレベルはかなりいい感じではあったのだが、オーダーの読み合いに負けたという話だった。

その結果、十一時の時点で、何もすることがなくなった剣道部部員達は、午後の個人戦まで自由時間となっていた。

もちろん、食事をして体調を整えたり、気になる相手をチェックしておくといった感じの時間なのだが、徹くんはどうも違ったらしい。

自由時間になった途端、私にべったりで金魚の糞のようについて回る。

「美紀さん、見ました?カッコよかったでしょう?」

さっきから私にうるさいくらいにまとわりつく徹くん。

本当ならいい加減にしろって怒鳴って帰ろうかとも思ったが、いかんせんご両親の前ではそこまでは出来ない。

だから気分が乗らないながらも返事をするが、もちろん、気分が乗らないのでおざなりな返事になる。

そして、気分がますます乗らなくなる。

だから、ますますおざなりの返事になる。

まさに負のスパイラルである。

「はい。はい。かっこよかったわよ……」

「すっごい棒読みなんですけど……」

「キノセイデスヨ」

「ますますひどくなっているんですけど……」

「………」

終いにはしゃべる元気もなくなった。

「もういい加減にしなさい。星野さんがうんざりしてるでしょう?本当にすみません…」

徹くんの母親がそう言って頭を下げる。

「あ、いえいえ、大丈夫です」

何とかそう返事をするも、もう返りたい心境だったりする。

なんかもうね、辛い。辛すぎる。

お弁当を完成させたときの超高高度飛行だったテンションは、今や超低空飛行だ。

私の雰囲気を読んだのか、徹くんの父親が慌てたように提案した。

「少し早いけどご飯にしょうか」

そう言われ、私は思い出す。

しまった。

私、徹くんと自分の分しか作ってない。

「ふふふっ。星野さんもお弁当用意してくださったんですよね。よかったら少しご馳走になってもいいかしら?」

そう言いながら大き目のバッグをポンポンと叩く徹くんの母親。

どうやら、ご両親はご両親でお弁当を用意したらしい。

少しほっとする。

そして言われるまま、体育館のすぐ傍の公園で、四人でお弁当を開いた。

「あらすてきねぇ。こっちは徹の好きなものばかりじゃない」

そう言って、お弁当を見ていた視線を私に向ける徹くんの母親。

やめてーっ。恥ずかしすぎる。

しかし、徹くんの母親が作ってきたお弁当もおいしそうだった。

ただ、難を言えば煮物などが多くて、若い男の子が好みそうなものが少ない。

それに対して、私のお弁当は徹くんの好みを中心に作ってきたから、揚げ物など若い男の子が好みそうなものばかりだ。

「ありがとう。美紀さんっ。俺の好物ばかりだ」

早速皿に料理を盛って食べ始める徹くん。

「あのよかったら……」

そう言って徹くんの母親が自分のところのお弁当の料理を皿に盛って渡してくれる。

私もお返しに、自分のお弁当の料理を皿に盛って渡す。

もちろん、父親の分もである。

なんか徹くんが俺の分が減るなんて騒いでいたが、じろりと睨むと大人しくなった。

そんな私達をご夫婦は楽しそうに見ている。

なんか、すっごく恥ずかしいんですけど。

そんな事を思いつつ、渡された料理に手をつける。

あ、おいしい……。

味は少し甘辛いかなと思うものの、上品な味付けで、素材の味がよくわかる。

「すごく美味しいです。これ」

「よかったわ。気に入ってもらって。よかったらこっちも食べて」

そう言ってまだ食べてない料理の入った重箱をこっちに回す。

「では、遠慮なく……」

私はそう言って、自分の皿に、料理を移す。

そして、一つずつ口に入れていく。

あ、これも美味しい。

つぐねぇの料理も美味しいけど、それとは違う美味しさだ。

そこで気がつく。

これ、おばあちゃんが作ってくれたご飯のような味だと。

つまり、これが徹くんの家の母の味なのだろう。

私はしっかり味わって食べた。

そして気がつくと、私と徹くんの母親が持って来たお弁当は全て空になっていた。

「ごちそうさまでした」

私かそう言って手を合わせると、徹くんも慌てて手を合わせる。

「美紀さんっ。ご馳走様です」

そして、私に迫るかのように顔を近づけて言う。

「午後は個人戦だから、応援してください。絶対に勝ちますからっ」

そう言うと、「少し腹ごなししてきます」と言って体育館の方に走っていった。

えーーっ。勝手に一人で行かないでーーっ。

そう心の中で叫び途方にくれる。

この状態、どうすればいいのよ。

そう思っていたら、徹くんの父親が頭を下げる。

「本当に、申し訳ない」

「えっ?」

「どうも星野さんが来たから浮かれすぎているようだ。ちよっと活を入れてきますわ」

そう言うと、父親は徹くんが走った方向に走り出した。

その様子を唖然として見送る私。

すると今度は母親の方も頭を下げる。

「ごめんなさいね。うちの人、照れて何話していいかわからなくなってるみたいで」

そう言われ、「はぁ……」と私は返事をする。

どうすればいいのよ。

神様、答えを教えてください。

そんな心境だった。

そんな私を見て、母親は微笑む。

「まだ友人だという事だけど、私としては徹の事をしっかりお願いしたいと思っています。あの子があんなに浮かれてるのは久しぶりなんですよ」

そう言って、徹くんの母親は、徹くんの事を話し始めた。

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