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第72話 恋 その4

「徹には実は3歳上の姉がいたんです。とっても仲がよかった。下手をすると私達夫婦より姉を選ぶほど姉が大好きでした。だから、いつも遊ぶ時は一緒だったんです。ですけど、姉は徹が小学6年生の時に交通事故で……」

そこまで言うと、徹くんのお母さんは、下を向く。

思い出したくない事を思い出したのだろう。

「いえ。辛いんならもう話さなくても……」

私はそういったが、徹くんのお母さんは首を振る。

「あなたには、知っておいてもらいたいから」

そう言うと、話を続けた。

「それ以来、徹はすっかり大人しい子になってしまいました。はしゃぐ事もあまりなく、どちらかと言うと大人しい子になってしまいました。私達はすごく心配しましたが、本人は大丈夫だと一点張りで。結局それから5年が経ちました。そんなある日、徹はびっくりするほどの高いテンションでかえってきました。本当に驚くくらいに。まるで姉と一緒に遊んでいた時のように。私達はびっくりして理由を尋ねました。そしたら、徹は「天使」に出会ったと」

その言葉に私は真っ赤になる。

だって、その時の天使は私だからだ。

「そして、いろいろあったけども、話をして友達になったと言って来たのはこの前。実にうれしそうでした。まるで姉と一緒にいたときのような笑顔がそこにありました。だから、お願いします。付き合わなくてもいいです。ただ、友人としてでもいいので徹の傍にいて欲しいんです」

私の顔全体にあった熱気が一気に冷えていく。

自分の顔がこわばっていくのがわかる。

この母親は何を言っているのだろうか。

徹くんは、私を否定しなかった。

私を私として受け止めてくれた。

なのに、その母親は、死んでしまった姉の変わりに傍にいてくれと言う。

私自身を否定した。

つまり、姉の代わりの代役をしてくれればいい。

それも付き合わなくていいとまで言いやがった。

私の中で、何かが外れた音がした。

ゆっくりと母親を睨みつける。

そして私ははっきりと言う。

「何を言ってるんですか。絶対に嫌ですね。誰が徹くんの姉の代わりなんかするもんですかっ。私は、私です。私は、姉の代わりではなくて、私として徹くんの彼女になるんです。今は彼は高校三年生の大事な時期ですから、言いませんでしたけどね。私は間違いなく彼に魅かれてます。彼は私を私として見ていてくれるんです。誰でもない。星野美紀としての私を。こんないい人、誰が逃がすもんですかっ。だから、絶対にあなたの望むような事、絶対、絶対にするもんですかっ」

息を切らして一気にそう言い切った瞬間だった。

徹くんの母親は、ほっとした表情を見せた。

その表情は私の予想していたものでなく、私に対して深々と頭を下げる。

「ごめんなさい。星野さん……」

その急変に、私は戸惑った。

何が起こったのかわからなかった。

しかし、そんな私の戸惑い似関係なく、徹くんの母親が言葉を続ける。

「私、あなたを騙したの。徹に姉なんていません。今の話は全部嘘なんです……」

その言葉に、私は驚くと同時に疑問がわいた。

そして、自然とその疑問を口にする。

「じゃあ、なんであんな嘘を……」

その言葉に、徹くんの母親は、申し訳ないという表情をして答える。

「どうしても私があなたを試したかったから。だから、本当にごめんなさい」

そう言って、また頭を下げた。

本当に申し訳ない事をしてしまった。

それがわかっているからこその必死さがあった。

それがひしひしと感じられる。

だから、私は聞くことにした

「理由は教えてもらえるんでしょうね?」

私がそう聞くと、徹くんの母親は頭を下げたまま話し出す。

「私と夫は、それぞれの親や親戚からの反対を押し切って結婚した。もちろん、私達は、それぞれの家から縁を切られたわ。でも、それでも幸せだった。だけど、私、徹を生んだ後、病気で子宮を摘出してしまっていて子供が作れない身体になってしまった。だから、徹は夫と私の大切な唯一の宝なの。そんな徹が好きな人が出来たという。だから、私は嫌われるかもしれないと思ったけど、でも、どうしても、どうしても、徹が好きな人の徹に対する気持ちを知りたかったの。私と夫の大切な唯一の宝物を託せる人がどうか、それが知りたかったの。だから、あんなひどい事を言って試したの。謝ってすむとは思わないけど、本当に本当にごめんなさい」

その言葉には、彼女が夫と徹くんをとても愛していることが感じられた。

そして、とてもとてもその思いが重いことも。

だからこそ、この人は、知りたかったのだろう。

私の徹くんに対しての気持ちを。

でも、それがあったとしても今回のような事は許せることではない。

本当なら、ここで罵詈雑言をぶつけてもいいかもしれない。

叩いても、殴っても何も言われないだろう。

でも、私は感動していた。

この人は、徹くんの母親は、自分がどんなに嫌われようと、どんな事を言われようと、それでも私の徹くんの事を思っている事を知りたかったのだとわかってしまったから。

だから、私は頭を下げたまま、震える徹くんの母親に近づくと手を伸ばす。

肩に手が触れた瞬間、彼女の体がびくんと震えた。

殴られるとでも思ったのだろうか。

まぁ、人によってはそうなることもあるだろう。

でも、私はそんな事はしない。

肩に両手を置いて囁く。

「私は、貴方の試験に合格しましたか?」

その言葉に、徹くんの母親は下げていた頭を上げて私を見た。

彼女は泣いていたが、その目には驚きの色に染められている。

信じられないものを見たような表情だった。

だから、私はもう一度聞く。

もちろん、微笑んで。

「私は、合格でしょうか?お母様」

「ええ。私の大切なものを差し上げるに相応しい人でした。だから、だから、徹の事をよろしくお願いします」

徹くんの母親はそう言うとまた頭を下げる。

私は、そんな彼女の手を強く握って言った。

「はい。出来る限りがんばります」

私の言葉に、徹くんの母親は顔を上げて微笑んだ。


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